第22話 終着点




「うーん…この時間だよね?」

「はい!そうです!」



 テレビモニターがズラリと並んでいる部屋がある。

 その画面には、スマホコーナーに私たちがいる姿が映し出されている。


 モニターの前には恰幅の良い男性がパソコンを操作していた。

 その男性がサイトウくんのおじさんであり、ボンキの店長さんだ。




「…お地蔵さんが確かにあったはずです!」

「お、俺も見ました!」

「わ、私もです!」



 サイトウさんのおじさんである店長さんに、私たちは素直にスマホコーナーに置いてあったお地蔵さんが何処かへ行ってしまったことを報告していた。

 しかし、店長さんは、そんなものを置くはずがないと怪訝な顔をしており、売り場の担当者にも確認してもらったが、やはり答えは同じであった。



「…うーん、でも、最初からお地蔵さんなんてないよ?」



 監視カメラのモニターには、変な動きをするサイトウくんの姿は映っているのだが、肝心のお地蔵さんの姿はどこにもなかった。



「…やっぱ、ヤバいよね?」

「…うん」


 私はどこか寒気を感じながら、マイさんと頷き合っていた。

 怪奇現象なんて半ば冗談だと思っていたが、良くて心霊写真が撮れるかもぐらいの認識であった。


 しかし、まさか、ここまで悍ましいものだとは思わなかった。




「…不安にさせたら悪いんだけど」



 店長さんが頭を掻きながら私達へ言う。



「お客様でもね。例の心霊現象…えっと…ポンタールンター?」

「ポルターガイストですか?」

「そう、それ!それで…しばらく不幸が続いてね」


「…不幸?」


「ああ…階段から落ちるわ…車に轢かれるわ…財布は落とすわで…散々だったようだよ」



「…」


 店長さんの言葉に、私たちは無言で顔を見合わせる。

 普段であれば鼻で笑ってしまうような話だが、あのお地蔵さんを見た後では、笑うどころか鳩尾のあたりが冷たくなるような感触がする話だ。



「…でね…ここ!この神社に有名な霊媒師がいるって言うから、ちょっと行ってみたら」



 店長さんは広告を渡してくる。

 そこには、古谷市でも有名な、胡散臭い神社の地図が載っていた。



「…」

「もしかして…おじさん…グルだったりします?」



 サイトウくんがジト目で店長さんへそう尋ねる。

 すると、店長さんは顔を険しくさせて少し大きな声で言う。



「なーにを言うんだい!!」



 その店長さんのひょうきんな声で、私達を覆っていた不吉な空気は一気に晴れる。

 おそらく、店長さんと神社はグルなのかもしれない。

 こうして、心霊現象でお客さんを誘導しているのだろう。




「…」

「ふーん」



 ケンちゃんもマイさんも、ジト目で店長さんを見つめていた。




「この神社にいる霊媒師さん!お金をとったりしないよ!ま、お賽銭ぐらいはしたほうがいいけれどね!」


「…どうする?」

「行ってみる?」


「ま、元々、心霊現象を見に来たんだし、その神社にまで行ってみるのを楽しいかもね。サキはどう思う?」

「うん、神社…行ってみたい」



「決まりだな」

「ま、行ってみるか」




ーーーーーーーーーーー





 新居が目立つ住宅街を進んでいくと、やがて竹林が見えてくる。

 その竹林を迂回するように道を進んでいくと、竹林の中へと続く細い坂道が見えてきた。


 その坂道の上には、私達が店長さんからおすすめされた霊媒師のいる神社があるそうだ。




「何だか趣だけはありそう」


 マイさんがそう呟いた通り、趣だけは確かにあった。

 何と言うか、ここだけを切り取ってきれば、平安時代にでもタイムスリップしたような景色に見える。



「うーん…」


「何か、ここも出そうだぜ」



 ケンちゃんとサイトウくんはどこか怖がっている様子だ。

 そんな2人をだらしないと思ったのか、マイさんが2人の背中を押しながら進み始める。



「おわ!」

「ほら!いくよー!」


「あ、歩けるよ!」

「お、押すなよ!」



「ビビってないで行くよー!」

「ビビってねーよ!」



 そんな風に竹林に囲まれた坂道を進んでいく。

 周囲の竹林はざわざわと風で騒めいている。

 坂道は舗装されておらず、砂利道となっていた。



 ジャリジャリと足音を鳴らしながら坂道を進むと、すぐに建物が見えてくる。

 真っ赤な鳥居の向こう側には白い石畳が広がっており、その奥には神社の社殿が見える。




「…ん?すげぇ!銀髪の外人さんがいるぞ!」

「わー!超イケメン!渋おじ!!」

「おい!マイ!?」



「あの人は…」



 私達が境内に入ろうとすると、その入り口である鳥居にはジークさんが立っていた。

 銀色の髪に翠の瞳であり、どこの国の人か分からないほど、神秘的な容姿の男性であった。



 ジークさんは私たちの気配に気づくと、スッと鳥居から離れて、こちらへと歩いてくる。




「…サキ、恩を返しに来た」


 私の前で立ち止まったジークさんは開口一番にそう告げる。

 すると、ジークさんの前に颯爽とケンちゃんが割って入る。



「あの…サキと知り合いですか?」



 ケンちゃんがムッとした様子でジークさんへ尋ねる。

 もしかしたら、何か誤解させてないかな…




「知り合いではないが…サキは俺の命の恩人だ」

「命の恩人!?」


「えー!サキちゃん!すごい!」

「命の恩人ってリアルで初めて聞いたぜ」



 ジークさんはケンちゃんの質問に真顔でそう答える。

 あまりにも真っ直ぐに答えるものだから、ケンちゃんは半信半疑で私へ振り返る。



「…何をしたんだよ?サキ」


「あ、えっと…倒れていたので…サンドイッチをあげたの」

「倒れてた!?」


「ああ、この世界に来てから、何も食べずにいたからな」


 ジークさんはまたもや真顔でそう答える。



「…この世界?」

「この外人さん、日本語が流暢だけど、どこかおかしいわね」



 サイトウくんとマイさんは、ジークさんを怪しそうに見ていた。

 命の恩人の次は、この世界と来れば、誰だって変な人だとは思うよね。




「あ、あの…恩を返しにって…どういうことですか?」



 ジークさんの言う恩返しと、ボンギで見たお地蔵さんが、私の中で連想されて紐付いて仕方なかった。

 あのお地蔵さんは悪戯とかそういう類のものではないような気がする。


 だからこそ、私は恩返しの中身を詳しく聞いてみることにした。




「この先へ進むな」



「この神社の人ですか?」

「違う」


「じゃ、アンタには関係ないっすね」



「待て、お前らが中に入るのは危険だ」

「何でっすか?」

「お前達は寄生されている」


「寄生!?」

「待って!1から説明してください!」



 ケンちゃん達がジークさんの言葉に驚きを隠せない様子だ。

 馬鹿にしたり、鼻で笑って払い除けたりしないのは、やはり、みんなもボンギでの出来事がどこか引っ掛かっているからかもしれない。



「ここには大型の魔のモノが住み着いている。マンイーターの一種だろう。各地に根を張り、人を惑わし、本体のいるこの神社へ誘うのだ」



「魔のモノ?」

「そうだ…」


「えっと、何で、そんなものがいるんですか?」

「近々、魔の王が誕生する兆しがある。その覚醒の前触れか、異界から魔のモノがこの地に降り立ち始めているのだ」




 ジークさんがそう言い切ると、私たちは円陣を組み、ひそひそと何かを話し始める。



「魔の王?」

「魔王ってことか?」

「ドラポエみたいだな!」


「…本気で言ってんのか?」

「いや、アニメブームで日本に来た外人さんなんだろ?成り切ってんじゃね?」

「でもでも!あのお地蔵さん!確かに変だし!ここへ誘導されたといえばされているわよ!?」


「確かに…ジークさんは、ボンギでの出来事なんて知らないわよね」



 急にマイさんがサイトウくんをジッと見つめる。

 まるで何かを急かすような、どこか呆れたような、そんな表情だ。




「何だよ?」


 マイさんの微妙な表情を受けて、サイトウくんは怪訝な顔を向ける。




「…ね!もうタネ明かししたら?」

「あん!?タネ明かし?」


「そう、私たちを楽しませるために、おじさんと結託していたんじゃないの?」

「そんなことしてねーよ!」


「サイトウ…お前!いいやつすぎるだろ!?」

「ちげーよ!ケント!本当に!俺は何にもしちゃいねー!」


「もういいって!ここまで仕込んでくれてありがとうな!」

「楽しめたわ」

「だーかーらー!」



 私たちがそんな風に円陣を組んでヒソヒソと話していると、ジークさんが語りかけてくる。




「…いずれにせよ、サキ」


「は、はい!」


 急にジークさんから名前を呼ばれて、私はびくりと跳ね上がるように振り返る。


 そこには神妙な顔をしたジークさんがいた。



「この神社には入るな」


「あの!俺達は寄生されているんっすよね!?」

「そうだ」


「神社に行かなくても、そっちは大丈夫なんっすか?」



 ケンちゃんがやや半笑いで尋ねる。

 質問を受けたジークさんは神妙な顔のままなのだが、ケンちゃんが半笑いのため、どこか抜けているような雰囲気が漂い始める。



「ああ、植え付けられているタネは、君達に魔力がないおかげか、そのままにしていれば芽吹くことなく消滅する」



「タネ…?」


「そんなもの植え付けられたか?」

「いんや?」

「ないわよね?」


 私達は自分の体を調べてみる。

 どこにもタネと呼べるものが植え付けられているようには見えなかった。



「魔力的なものだ。肉眼で捉えられるものではない」



 ジークさんがそう言うと、ケンちゃん達は急に冷めたような表情を見せる。



「あー!わかりました。えっと、そうですね!はい!帰ります」


 ケンちゃんはそう言って踵を返して、坂道を降り始めていく。


 続いてマイさんがサイトウくんの肩を叩く。



「十分に楽しめたよ。今日はありがと」

「お、おい!だから!俺は何も仕込んでねぇってば!」



 そう言ってマイさんとサイトウくんも坂道を降りていく。

 でも、私は…




「…」



 私達が帰ることで、ジークさんの顔がどこかホッとしたように見えた。


 次に、ジークさんの後ろにある社殿を覗く。

 真っ赤な屋根の典型的な神社という印象なのだが、どこか愛おしくて堪らないようにも感じる。


 その愛おしさが、まるで誰かに誘われているような、そんな違和感があった。




「おーい!帰ろうぜ、サキ」

「っ!?」



 背後からケンちゃんの声が聞こえる。

 その声にハッとして気が付いた時には、すでに神社へ向かって数歩は踏み出していた。


 気が付けば、無意識の内に神社へ向かって歩いていたようだ。これから帰ろうというのに、なぜか逆方向に私は進んでいた。


 そして、目の前には、険しい顔をしたジークさんがいた。

 あのまま神社へ向かって私が進むようなら、体を張ってでも止めようと言う意志をジークさんから感じるほどだ。




「どうした?」



 私は、背中からケンちゃんに呼ばれてびくりとする。



「大丈夫か?」



 自分でも驚くほどびっくりしたのか、心配そうに私の顔を覗き込むのケンちゃん



「う、うん…大丈夫」

「そうか?ま、サイトウの奴、演出がやり過ぎてると思うけどな」



 ケンちゃんは私が不安そうな顔をしていたからか、元気付けようとする。



「演出?」


「ああ、そうだろ?あのお地蔵さんだったり、この神社だったり、なかなか本気にしちゃったぜ」

「…そ、そうだね」


「な、スババでも行こうぜ」

「そ、そうだね…」



「賛成ー!何か喉が渇いちゃった!」


「ほら!サキ!行こうぜ!」

「あ、うん!」




 私はみんなに連れられて坂道を降りていく。



 坂道の途中で立ち止まり、背後を振り返り、見送っているジークさんへペコリと頭を下げる。


 すると、ジークさんがどこか無表情ながらも、安心しているようにも見えた。





 

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