間話 『古谷市』×『勇者』

第21話 心霊現象




「…」


「あのー!大丈夫ですかー!?」

「バウバウ!!」


 私は飼い犬のペコに引っ張られて土手の橋の下へ来ていた。そこには銀色の髪をした筋骨隆々とした男性が横たわっている。


 輝く茶色の毛並みをした大型犬のペコが、その男性の脇腹を頭で小突く。



「やめなさい!ペコ!」


 私が手綱を引っ張って止めようとするが、ペコは男性の脇腹を小突くのをやめない。


 死んでいるのか生きているのか。

 いずれにしても、地面に倒れている男性なんて事件の匂いしかしない。


 この場を離れるわけにもいかないし…


 あ、えっと!

 救急車!!




「うぅ…」

「っ!?」


 救急車を呼ぼうとスマホを取り出した時、男性からうめき声が聞こえる。

 私は思わず息を飲むのだが、ペコは嬉しそうに鳴いていた。



「バウバウ!!」


 

 倒れている男性は顔を上げる。

 彼は明らかに日本人離れした容姿をしており、外国人であることは明らかだ。


 いや、その澄んだエメラルドのような瞳、透けるような銀色の髪、外国どころか、まるで別世界からやってきた人のような印象があった。




「…俺に…近寄る…な」



 彼は私を睨むと、そう一言だけ告げて拒絶する。

 絶対に訳ありだ。


 関わってはいけない。




「バウ!」

「そういうわけには…いきません」



 そう言われても、倒れている男性を放ってはおけない。




「今!救急車を呼びますから!」



 救急車を呼ぼうとスマホのロック画面を解除する。

 しかし、銀色の髪の男性が少し大きな声で私を制止させてくる。



「や…めろ!」

「っ!?」


「俺に関わるんじゃない」

「でも!ものすごく具合が悪そうですよ!?」


 銀色の髪の男性の顔色は悪く、地面に倒れたままで立ちあがろうともしない。


 どこか怪我をしているのだろうか。

 なにか病気に罹っているのだろうか。



 こんなところで倒れているのだから、元気なはずはない。




「…どこも悪くなどない」

「でも!!」


「俺は平気だ。構うな!」

「顔色がすごく悪…」



ギュルルルルルルル!!!




「…」

「…」



 突然、何かが鳴った。

 音がしたのは銀色の髪の男性からだ。


 お腹が鳴ったかのような音に聞こえたけれど、気のせいかな?



「…」

「…」



 銀色の髪の男性は私からスッと目を逸らす。

 真顔なのだが、どこか気恥ずかしそうにしていた。




「もしかして、お腹が空いてませんか?」





ーーーーーーーーーーーー



 銀色の髪の男性は、サンドイッチを美味しそうに平らげる。

 ケンちゃんとのお昼に持ってきたものだけど、仕方ないよね。



「…すまん。この恩は忘れない」


 銀色の髪の男性は頭を深々と下げてお礼を言う。



「いいえ!」

「バウバウ!!」



 そんな仰々しい態度に私は畏まってしまう。

 慌てて両手を左右に振って、そこまでのことじゃないと答えた。



「…よければ、キミの名前を教えてくれないか?」


 銀色の男性は正座に姿勢を正すと、真正面から私へ名前を尋ねてくる。すごく畏まった様子だ。



「あ、わ、私はサキ!スミサカ サキです」

「バウバウ!」


「この子はペコ!」



 私は、自分とペコの名前を伝えると、男性はゆっくりと頷いてから言う。



「サキとペコか。俺はジーク…食べ物の恩は大きい。この恩は必ず返す…」



 ジークと名乗る男性はスッと立ち上がる。


 消化が早いのか、既に血色は良くなっており、先ほどまでの弱々しい印象はなくなっていた。

 

 それどころか、歴戦を思わせるような戦士の風貌をしており、まさに戦いへ赴こうとしているような、そんな表情をしている。



「…サキ」

「は、はい!」


「お前が困ったときは、俺が必ず駆けつける」

「え?」

「すまん。急いで行かなければならない場所がある」



 ジークさんはそう言うと、すぐにピョンっと跳ね上がる。

 ここからは3階建ての建物ぐらいの高さはあろう橋の上にまで飛び上がっており、彼は橋の手すりに着地した。

 

 そして、再び飛び上がって、何処かへと消えていくと、彼の姿はここからでは追えなくなってしまった。





「…忍者みたい」





ーーーーーーーーーーーー




「心霊スポット?」

「そう!行ってみようぜ!」



 ケンちゃんはそう言って笑う。

 デートの待ち合わせ場所は、行きつけの喫茶店だ。


 お婆ちゃんが1人でやっているような小じんまりとした店内に、お客さんは私とケンちゃんだけであった。



「でも…ちょっと怖いよ」



 ここ最近、心霊現象のようなものが古谷市を騒がせている。

 市内だけではなく、県内外からも、心霊スポットを求めて人が来るようになり出したほどだ。


 廃墟や山奥のトンネルといった分かりやすい場所ではなく、まだまだ営業中のホームセンターやコンビニなど、人が多く集まる明るい場所で心霊現象が起きていた。


 ポルターガイストや発火現象、心霊写真などありとあらゆる怪奇現象が発生しており、営業停止になってしまうお店まで出てきているほどだ。




「任せろ!俺が守るから!」


「…うん」


 私が不安そうに頷いたのが気になったのか、ケンちゃんは眉間にシワを寄せていた。


 これは何か考えている時の仕草だ。



「それなら…ダブルデートにしないか?」

「え?」


「サイトウも心霊スポットに行ってみたいって言っててな。あの、例の1週間だけ営業停止しているボンギなんだけど…」


「勝手に入って大丈夫なの?」


「サイトウのおじさんが、あそこの店長みたいで、許可はもらえるって」

「えー…」


「ま、従業員さんは普通にいるみたいだから、完全に4人だけってわけじゃないけどさ」



「…それなら…行ってみたいかも」



 正直、私も心霊スポットには興味があった。

 ボンギの古谷店は、ポルターガイスト騒ぎで営業停止しており、従業員や常連のお客さんが呪われてしまったなんて話まで聞く。




ーーーーーーーーーー



「よぉ!ケント!」



 メガネをかけた男子高校生が手を振りながらやってくる。

 その後ろには、ややギャルっぽい女子が自転車を押しながらやってきていた。


 メガネの男子がサイトウくんかな?

 彼は笑顔で楽しそうなのだが、その後ろにいる女の子はどこか不機嫌そうだ。


 あの子はマイさんかな?

 サイトウくんの彼女さんらしい。



「おーう!サイトウ!」


 ケンちゃんも楽しそうにサイトウくんへ手を振りかえす。

 2人は互いに手の届く範囲まで歩み寄ると、拳と拳を打ち付けてニカっと無邪気に笑い合う。


 まるで小学生みたいな印象だ。

 この感じは、男の子同士にしか出せないから、ちょっと羨ましい。



「マイちゃんもおっすー!」

「…ちーっす」



 ケンちゃんはマイさんにも挨拶を交わす。

 不機嫌そうながらも挨拶は返してくれるようだ。



「…お!その子がサキさんか!」

「お、おう!」


「お前が自慢するだけあるなぁ!めっちゃ可愛い!!」



 サイトウくんが急に褒めてきた。

 私は思わず顔を伏せてしまう。



「そ、そんなことないです…!」

「照れてる!かわいい!」


「おい!サキは人見知りなとこあるから!」

「あ、ごめん!」



 私は顔が紅葉するのを感じながらも面を上げると、サイトウくんの少し後ろにいるマイさんが私を睨んでいるように見えた。



「…なによ?」

「あ、い、いえ!なんでも!」


 私の視線に気付いたマイさんが、ギロリと私を睨んできた。どうやら、出だしから嫌われてしまったようだ。



「お、おい!マイ!お前!感じ悪いぞ!」

「なによ…デレデレしちゃってさ!」


「してませーん!」

「ウソ!してるでしょ!?」

「なんだよ!?お前っ!嫉妬してんの!?」

「はぁ!?」



「あわわわ…」



 剣呑な雰囲気になるサイトウくんとマイさん

 私はどうすれば良いかとオロオロしてしまうが、颯爽とケンちゃんが2人の間へ割って入る。



「はーい!そこまでー!」


 ケンちゃんが割って入ると、サイトウくんとマイさんは言い合いをやめて黙り込む。


 すると…



「サイトウ!お前!俺のマイの方が可愛いとか言ってたけど、やっぱり、サキの方が可愛いだろ?」

「は!?マイの方が可愛いに決まってんだろ!?」


 サイトウくんは激昂してケンちゃんへ掴みかかろうとする。

 すると、サイトウくんがハッとして



「…いや、こ、これは…ちげーから!」

「バカ」



 照れ臭そうにするサイトウくんに、マイさんは満更でもなさそうな顔をしていた。

 気付けば、すっかり剣呑な雰囲気はどこかへ行ってた。




ーーーーーーーーーー



「なーんだか、ただの買い物みたいね」

「うん」

「ね!サキはどんな化粧品使ってるの?」


「私は…」



 営業停止中でガラリとした店内

 様々な雑貨を扱う大型の店舗であり、普段は大勢の人で賑わっている印象があっただけに、これだけ静かな店内は新鮮だ。


 私とマイさんは、まったく心霊現象に合わないため、途中からただのショッピングへと切り替えていた。


 営業停止中でも、常駐している店員さんとサイトウさんのおじさんはいるため、欲しいものがあれば社員価格で買えるそうだ。



「おーい!ケント!この帽子!かっこよくね!?」

「お!ザイザじゃん!めっちゃ懐かしい!」

「おいおい!見ろよ!」

「わははははは!!おい!サイトウ!それはヤバい!」



 化粧品売り場の奥にある雑貨コーナーからはケンちゃんとサイトウくんの楽しそうな声が響いてくる。



「えー!サキ!めっちゃ肌綺麗!」

「マイさんも…すごく綺麗!」

「そうかな?」

「うん」



 最初は嫌われているかもと思ったマイさんだったが、店内を散策している内に、次第に打ち解けることができてきた。

 人見知りの私がこんなにも早く打ち解けられるのも、マイさんが明るいからだろうか。




「ね!サキ、ケントが呼んでるみたいだよ」

「え?」

「ほら、行こう!」

「う、うん!」



「おい!マイ!サキ!こっち!こっち!!すげぇのあるぞ!」

「おーい!」



 ケンちゃんとサイトウくんは、いつの間にか雑貨コーナーからスマホコーナーへ移動していた。



 スマホコーナーには各キャリアの各メーカーの最新機種の模型がズラリと並んでおり、その一角には、何故かお地蔵さんが置いてあった。



「…スマホコーナーにお地蔵さん?」

「でも、こんな変な場所に置いたら邪魔だよな?」


 ケンちゃんとサイトウくんが首を傾げている通り、最新機種の実機が飾られている場所のすぐ前に、まるでお客さんかのような印象で、お地蔵さんが置いてあった。

 その顔の向きは世界的シェアを誇るメーカーのスマホの実機の画面へと向けられている。



「…邪魔になるし、傍に寄せてやろ」

「え?勝手に動かして大丈夫なのかよ?」


「いや、明らかに、ここに置いてあったら邪魔だろ」

「…うーん」



 サイトウくんは、自分のおじさんがここの店長だからか、お手伝いをする気分で、その邪魔な場所に置いてあるお地蔵さんへ腕を回す。



「よっと…」



 サイトウくんがお地蔵さんを持ち上げると…



「あ!おい!」

「え?」


「首!落ちたよ!!」



 サイトウくんがお地蔵さんを持ち上げると、その衝撃でお地蔵さんの首がポロリと床へ落ちると、そのままスマホの実機が置いてある棚の下へと転がって入り込んでしまう。



「わー!」

「何やってんだよ!」



 慌ててサイトウくんが頭部を失ったお地蔵さんを床に置く。

 そして、ケンちゃんとサイトウくんは、棚の下を覗き込んでいた。



「ないぞ!」

「あれ…どこだよ!」

「あ!スマホのライト使おうぜ!」

「ナイスアイデア!」


「…やっぱ、ねーな!」

「あれ…そんなに見失うほど小さくないんだけどな」

「うーん」



 私とマイさんは見ていられないと言わんばかりに、2人へと近づいていく。



「何してんの?」

「あ、ああ…そこのおじ…あれ?」

「ん?」



 ケンちゃんとサイトウくんが棚の下から視線を私達へ移す。

 すると、2人は怪訝な顔をしていた。



「どうしたの?」

「…お地蔵さんが…いない」

「え?」


 私はハッとして背後を振り返る。

 そこには、確かに、サイトウくんが動かそうとしていたお地蔵さんがあったはずだ。




「…ヤバくね?」

「…うん」



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