第16話 返り討ちの返り討ち
僕とアヤカさんは、土手に駐車させた車内で投票の時を待つ。
サイドドアから夜空を映し出す川に浮かぶ月を眺めつつ、僕は緊張感を押し殺していた。
「…あと10秒よ」
「はい」
「…始まるわ」
「やるだけやってみましょう」
「ええ、お互いに、その時は頑張りましょ」
アヤカさんの声が響くと同時に、周囲の色が一点に集中していく。
やがて、周囲が真っ暗になると、だんだんと自分の手足の感覚が薄くなっていく。
この感覚…
やっぱり、慣れないな。
周囲が完全に暗闇で包まれると、肉体の感覚が完全になくなる。
魂が肉体から離れ、暗黒の中で、僕の意識だけが存在しているような気分だ。
たった10分弱で考えた作戦だけど、本当に上手くいくだろうか…
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手「ようこそ!魔王ゲームへ!」
手「私はメインゲームマスターの手と申します。あらためて、よろしくお願いします」
手「さて、皆さま、2ターン目の投票時間となりましたので、お話し合いのため、こうして時間を止めさせていただきました」
手「止まった時間は、感覚的には1時間となります。この1時間で誰を処刑するのか話し合っていただきます」
手「それでは、良い殺し合いを」
ケント「はーい!まずは俺が結果を発表しまーす!」
コウタ「いきなりだな」
サキ「トオルさん…シンジさん…名前が消えてますね」
コウタ「当たり前だ。トオルが襲撃されたことは知らされているだろう」
サキ「当たり前ってどういうことですか!?」
コウタ「襲撃と処刑で2人が消えているのは当然だろう。何かおかしいか?」
サキ「人が死んだんですよ!?」
コウタ「名前が消えているだけで死んだとは限らんだろう」
リン「いいえ、2人とも死んでいるわ」
コウタ「ふん、馬鹿馬鹿しい。調べてみたが、シンジもトオルも、今日の死亡者リストには入っていなかったぞ」
アヤカ「いいえ、仮死状態になっているから、公的機関の死亡者リストには載らないはずよ」
リン「…公的機関のリストを閲覧できるのね」
コウタ「とにかくだ。話を進めよう」
リン「でも、魔王は誰も現実で襲うことはしなかったのね」
アヤカ「リン、そうとも限らないわ…古谷市内で不自然な事件があったわ」
リン「え?」
ジーク「どのようなものだ?」
アヤカ「不自然な放火事件があったわ」
コウタ「ああ、そういえば、行きつけのラーメン屋が全焼していたな」
ケント「おい!聞けよ!結果だぞ!魔王が判明したんだぞ!!」
リン「不自然なの?」
アヤカ「ええ、出火元…つまり、どのように火がついたのかが判明していないそうよ」
ケント「おい!コウタさん!!アンタも話を進めようとか言ってたっすよね?」
アヤカ「ええ、そうね」
リン「確かに…不自然ね。魔王による犯行の可能性が高いわ」
ケント「もしもーし!」
コウタ「ケント、さっさと誰が魔王なのか言え」
ケント「えー!それじゃ発表しまーす!…なんと!!ユウタが魔王だと判明しました!!」
リン「そう、可能性はあると思っていたわ」
ジーク「うむ」
アヤカ「そうね」
コウタ「ああ、あまり話さんから怪しいとは思っていたぞ」
ケント「あらー…みなさん、意外と淡白な反応っすね」
ユウタ「僕は魔王じゃありません」
コウタ「ほう」
リン「魔王だと聖女に調べられているわ。言い逃れなんてできないわよ」
ジーク「残念だが、ユウタよ、今日の処刑は君で決まりだ」
アヤカ「そうね。残念だけれど、今日は死んでもらうしかないわ」
ユウタ「僕は…僕は死ぬわけにはいきません!!魔王でもありません!!」
ケント「てめぇ!結果は出てんだぞ!?シラを切るってのか!?」
ユウタ「僕は勇者です!」
サキ「嘘はやめてください!!」
ユウタ「え?」
サキ「私…ユウタさんを見ました!!昨日!!車で!!衝突したのに!!無事だったあの人!!ユウタさんですよね!?」
ユウタ「…待ってください!それ以上は…ダメですよ!サキさん!」
サキ「ダメ!?何がダメなんですか!?私、あの男子生徒が古谷北の制服を着ていたから調べました!!古谷北に下の名前がユウタの生徒は7名います…名簿で見ました!写真の中に、あの時、車に轢かれても平気だったユウタさんがいたんですよ!」
ユウタ「…僕は勇者だから、魔王と同じように肉体が強く強化されています。だから、僕が、車に轢かれても無事だったんですよ」
ジーク「うむ。確かに、勇者も車に轢かれたぐらいでは怪我すら負わない」
サキ「そ…それでも!ユウタさんは勇者じゃありません!!」
コウタ「サキ…まずは落ち着け」
サキ「なんで…ユウタさんは…魔王なのに!」
コウタ「おい、落ち着け。聖女であるケントが、ユウタを魔王だと言っているのだ。ユウタが魔王だと分かりきっている。奴の妄言に惑わされてどうする」
サキ「…そ、そうですよね」
リン「ええ、サキ、落ち着きなさい」
ユウタ「いえ!僕が勇者です。ケントさんが聖女ではありませんよ!」
リン「ユウタからすればそうかもしれないわね。あなたの主張は自分が勇者なのだから」
ジーク「ユウタ、残念だが、誰も君が勇者だと信じることはできない」
ケント「はははは!ざまぁ!!」
コウタ「ユウタ、悪く思うな」
アヤカ「投票は待ちなさい」
コウタ「む?」
リン「まだ何かあるのかしら?」
アヤカ「ええ、ケントが偽物で、本物の聖女は未だに隠れているのかもしれないわ」
リン「今更、そんな可能性を追うのかしら?変ね」
アヤカ「ケントとシンジが聖女だと名乗っていたのだから、どちらかが偽物で、どちらかが本物だと思うわね。それで、シンジが偽物だったのだから、ケントが本物だろうと考えるのは自然だと思うわ」
リン「アヤカ、疑念は二つよ。一つは、なぜ聖女が名乗り出ないのか。もう一つは、ケントが聖女ではないと思う根拠よ。その二つがしっかりと答えられないのなら、私たちの説得は無理よ」
アヤカ「いいえ、ケントが聖女ではないと説得したいわけじゃないわ」
リン「…何が目的なのかしら?」
アヤカ「ケントが本当に聖女なのか確認する時間がほしいわ。初心者が多いゲームだもの、丁寧に進めることに意味はあると思うけど」
リン「…意味がわからないわ。結局は、同じことよね」
コウタ「いや、ケントが本物の聖女であるか確認したいということだろう。疑っているのではなく、精度を高めたいという話なら、意図は理解できる」
リン「それって、本物の聖女が隠れていて、ケントも偽物だった可能性を考えていることになるわよね」
ジーク「私もアヤカの意図は理解できる」
サキ「何を言ってるのか分かりません!!ユウタさんは魔王です!勇者じゃありません!これは決定事項です!」
コウタ「サキ、何度も言わせるな。落ち着け」
ケント「サキのいう通りだぜ!!何を話すことがあるっていうんだよ!?」
サキ「早くユウタさんを処刑しましょう!」
リン「…何だか妙ね」
コウタ「話の切り口の問題だ。疑っているわけではないが、僅かな可能性を排除したい。そう考えるのは理解できるだろう」
アヤカ「ええ、確かに、話の持ち出し方が悪かったわね」
リン「…いいわ、ケントが本物の聖女なのか確認する時間を設けましょう」
ケント「ふざけんな!俺が聖女だ!」
アヤカ「…ケント、一つだけ質問するわ」
ケント「あん?」
アヤカ「聖女の能力でユウタを見た時に、魔王はどんな絵だったかしら?」
ケント「…魔王の…絵?」
アヤカ「そうよ…魔王だと結果が出た時、一緒にイラストも描かれていたでしょ」
ケント「そ、そんなこと、今は関係ねぇだろ!?」
リン「…いいえ、アヤカの質問は重要よ」
ジーク「うむ」
リン「私も聖女になって、魔王を当てたことがあるわ。確かに特徴的な絵で魔王が描かれていたわ」
アヤカ「ええ、私もリンと同じよ。ケントが本物の聖女で、今回が初参加だとしても、ユウタが魔王だと確認できたのなら、魔王がどんなイラストだったのかわかるでしょ」
コウタ「ケント、どうなのだ?」
リン「…ケント?」
ユウタ「ケントさん、答えてください。僕がどんな絵で魔王と出ていたんですか?」
ケント「ユウタ!!調子に乗ってんじゃねぇぞ!!てめぇ!!!」
コウタ「答えろ、ケント」
ジーク「…どうやら、アヤカの考えは正しかったようだな」
リン「ええ、さっきは疑ってごめんなさい」
アヤカ「いいえ、分かってくれて嬉しかったわ。ありがとう」
ケント「待てよ!!何で!?ユウタが魔王だぞ!!」
コウタ「その絵とやらを答えられないお前を、俺達が聖女だと信じると思うか?」
ケント「待てよ!絵は言えねぇ!!これはな!!俺の作戦なんだよ!!」
リン「…無茶苦茶ね」
アヤカ「それなら、魔王の絵を答えられない理由を教えて」
ケント「その理由が言えないってもの作戦だ!」
コウタ「話にならない」
ジーク「待て、疑念が一つ残っているぞ」
コウタ「疑念?」
ジーク「ああ、先ほど、リンが話していたことだ」
リン「…そうね。ケントとシンジが偽物なら、本物の聖女は誰なのかしら?」
ケント「おらぁ!!そうだぜ!!俺が偽物っていうなら!!本物の聖女は誰なんだよ!?」
ユウタ「それを言うならですよ!僕が偽物だって言うなら、本物の勇者は誰なんですか!?」
ケント「ユウタ!!てめえ!!勇者が誰なのか知りたいだけだろ!?」
ユウタ「こっちのセリフです!聖女が誰なのかはっきりさせて、殺すつもりですよね!?」
アヤカ「確かに、本物の聖女が名乗り出ないのなら、あえて探り当てる必要はないわ」
リン「それも…そうかもしれないわね」
ジーク「しかし、問題はだ。魔族がシンジだったのであれば、ユウタかケントのいずれかが魔王である可能性が高いな」
コウタ「なるほど、市民が勇者や聖女を名乗り出るのはデメリットしかないからな」
ジーク「コウタ、その通りだ」
コウタ「ならば、ケントは魔王か」
ケント「ふざけんな!俺は聖女だ!」
コウタ「お前のあの言い訳で騙せると思うのか?」
ケント「何も分かってねぇな!!」
コウタ「今日の処刑はケントでいいだろう」
アヤカ「ええ、私もケントに投票するわ」
ユウタ「僕ももちろんです!」
ジーク「待て」
アヤカ「何かしら?」
ジーク「ケントの言い分は確かに滅茶苦茶だが、本物の聖女が潜んでいる意味はないぞ」
リン「そこを掘り下げる意味もないわ。さっきも言ったけど、聖女が自分の意思で隠れているのなら、隠れていることに意味を見出しているのよね。だとすれば、探し出すような真似はしないほうが賢明だわ」
ジーク「しかし、ケントが本物である可能性も残されているだろう」
アヤカ「やたらとケントを庇うわね」
リン「ハッキリと言うわ。今日、ユウタが襲撃されるはずよ。そうなれば、本物の聖女にはこのまま隠れていてもらったほうが勝機があるわ」
コウタ「なるほど…確かに、ユウタが勇者だと魔王にもバレているわけだな」
アヤカ「ええ、勇者が襲撃されれば、次に狙うのは聖女になるわ」
リン「そうね。本物の聖女がケントの相方を見つけた時に、名乗り出て貰えばいいと思うわ」
ジーク「しかし、魔王が自分は聖女だったと名乗り出て、ただの市民を魔王に仕立てる可能性があるぞ」
アヤカ「その時は、ケントへ言った質問を行えばいいわ」
ジーク「だが、経験者である私達は、魔王のイラストを答えることができるぞ」
リン「ちなみに、私は市民よ」
アヤカ「ええ、リンに同じく、私も市民よ」
ジーク「…」
アヤカ「仮にだけど、私かリンのどちらかが魔王でも、これで聖女を騙ることはできないわ」
ジーク「しかし、残りのサキとコウタが初心者である証拠はないぞ」
アヤカ「2人にも役職を答えてもらえば良いと思うわ」
コウタ「俺は市民だ。これで満足か?」
ケント「俺は聖女だ!!!」
ユウタ「僕は勇者です」
ケント「てめぇ!ユウタ!嘘ついてんじゃねぇ!!」
リン「その2人は良いわ…で、サキ、貴方は?」
アヤカ「サキ?」
サキ「…私が本当の勇者です!!!!」
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