第15話 勇者の正体
僕はアヤカさんと車の中にいた。
アヤカさんが運転席で、僕が後部座席だ。
勇者に追われている可能性があるため、家に帰ることもできず、下手に動き回れば返って勇者に再び捕捉されることになる。
そのため、学校からかなり離れた場所にある過疎化している道の駅で合流することにしていた。
そして、車の中、僕はアヤカさんへこれまでの経緯を話し終える。
学校で勇者に狙われたこと。
聖女であるケントが間違いなく勇者と結託できていること。
聖木さんのことは伏せておいた。
そして、ケントがまるで僕達の動きを察知していたように、友達の家に泊めてくれと頼み込んでいる姿を目撃した生徒がいることを、アヤカさんへ説明した。
「…なるほど」
僕のうまく説明できただろうかという不安とは裏腹に、アヤカさんは顎に手を当てながら深く考え込んでいた。
どうやら、ケントの行動に対して違和感を覚えることは同じ様子だ。
「当日、帰る直前に、サイトウという名の生徒に頼み込んでいたみたいです」
「…確かに、急すぎるわね…何か理由は言っていたのかしら?」
「そこまでは…」
「そう…」
聖女であるケントへ、誰かが、おそらく勇者が逃げるように指示をした。
そう仮定したとしても、違和感がある。
放課後の話は、具体的な時間にすると18時前のことであり、投票時間である19時前だ。
話し合いをする前であり、誰もケントが聖女であったことなど知らないはずだ。
「…投票時間の前に、誰かがケントの正体を聖女だと知ったと考えるのが良いわね」
「つまり、ケントが勇者と結託したのは、今日のことではなく、昨日からの出来事だったわけですね」
「ええ、その可能性が高いわね」
ケントが誰かとコンタクトを取っていた?
しかし、日中は学校だ。
放課後まで学校を抜け出した素振りもないし…
スマホで誰かと連絡を取り合っていた?
いや、それよりも…
「でも…どうして?」
僕は、心の声がふと漏れ出してしまう。
その声を、アヤカさんが聞き逃すことはしなかった。
「どうして?」
「あ、えっと、ケントが自分だけ逃げたのはどうしてなんだろうって思いました」
僕の言葉に、アヤカさんは息を吐いて考え込むような反応を示した。
「…確かに、家族に対しては愛情が深いように感じたわ」
「はい…」
ケントは、少なくとも、妹からは慕われている印象があった。
もし、僕が市民で、魔王が襲って来ることを知っていたとすれば、父さんや母さん、ミスズにも逃げるように説得するだろう。
巻き込むたくないし、死んでほしくない。
それは、ケントも同じはずだ。
自分だけ逃げる…
いや、どれだけ性根が腐っても、そんなことをするような奴じゃない…はずだ。
「ユウタくん?」
「…もしかすると、僕達は、何か思い違いがあるかもしれません」
「思い違い?」
「ええ…突拍子もないですが…」
僕は言い淀むと、アヤカさんが焦ったそうに言う。
「いいから、続けて」
「はい…もしかすると、ケントは聖女じゃないのかもしれません」
「どういうことかしら?」
「…まずは、そう思う、相手の目的というか意図からなんですけど」
「ええ、聞かせてほしいわ」
「はい、魔王が聖女だと思って襲った相手が、実は勇者だった場合、魔王はかなりピンチになりませんか?」
「なるほど…ケントくんが聖女を騙っていて、実は勇者だったと言いたいのね」
「はい。本物の聖女と結託して、自分を囮として使ったのかもしれません」
「確かに、整合性は一部あるわね。突拍子もないのは確かだけれど」
アヤカさんは、僕の話も仮定の一つとして受け取ってくれたようだ。
しかし、まだ疑問は残されている。
「…でも、昨晩、自分の家から逃げたのはどうしてかしら?襲ってくるのを待ち構えておいて、返り討ちにすれば良いと思うわ」
「逆です」
「逆?」
「はい、家族を巻き込まないため、自分が別の場所に移動したんです」
「それはわかる話だわ…でも、巻き込まないようにするのに、なんで友達の家に?」
「ケントは、あの2人を友達だとは思っていませんよ」
「…」
「もし、ケントが聖女なら、家から飛び出して、友達の家にも行かず、どこかで隠れているでしょう。勇者の近くにいても良いかもしれません。でも、行方が知られそうな取り巻きの家で過ごしていた…まるで僕達を返り討ちにするのが目的のように感じる行動です」
「…確かにそうね。私達も友達の家に行ったと予測はしてたもの」
「家族を巻き込まないようにしつつ、返り討ちにするため、取り巻きを利用した。そんな印象があります」
「…かなり割り切った考え方ね」
「ええ、それと…今日の学校で、ケントの単独行動が目立ちました」
「単独行動?」
「はい、そもそもですが、ケントは僕を魔王と知りながら、学校へ来ていました。始業開始からです」
「確かに…ユウタくんが魔王と知っていて、学校にノコノコとやってくるのは妙ね。でも、ユウタくんの話では、勇者は同じ学校の別の生徒の可能性もあるわよね?ケントくんからすれば、勇者が近くにいるから安心していたってことは考えられるわよ」
「他にも、今日の放課後、ケントは間違いなく僕を探し回っていました。その時も、1人で行動することが多かったです。魔王を探すなら、聖女なら、勇者と常に一緒で行動すると思います」
「なるほど…確かに、現実で魔王を探す聖女像としては違和感があるわね」
「はい、もし、ケント自身が勇者だとすれば、その単独行動にも理解できます」
「…なるほど」
僕の言葉を咀嚼するように頷くアヤカさんは、少し間を空けてから言う。
「…だけど、自分を聖女だと偽って囮にするなんて作戦、魔王が勇者の位置を特定できると思い込んでいる話になるわね」
そこが曖昧で根拠に乏しいところだ。
魔王に自分の位置を知ってもらわなければ、待ち構えて返り討ちにする作戦など台無しになってしまう。
しかし、ケントの行動に、自分の位置を僕達へ知らしめるようなものはなかった。
いや、深く考えすぎかもしれない。
もう少し…シンプルに…考えてみるか。
「実際には、僕が動物と通じ合えなければ、魔王が勇者の気配なんて探れません」
「そうね」
「でも、勇者は魔王の気配をある程度は察知できる」
「ええ、そうよ」
「そうなると、ケントが、魔王も自分の気配を察知できると勘違いする可能性はありませんか?」
「それは…確かに…たまに思い込んでしまう人はいるわね」
アヤカさんはあまり納得していないような表情を浮かべる。
可能性を否定できないが、その可能性が高いとも言えない。
そんな微妙な根拠なのは自覚している。
「ケントが勇者だと思う根拠はもう一つあります」
「何かしら?」
「僕は…昨日、ケントに背中を蹴られました。その衝撃で前のめりに倒れたんです」
「…魔王であるユウタくんを…蹴り倒した…」
「今、思えば、車に轢かれても平然としている僕を蹴り倒す…勇者でなければ不可能ですよ」
「…」
僕は、昨日の昼休み、裏庭でケントに背後から蹴り倒されたことを思い出す。
車に轢かれても何ともない僕を蹴り倒せるのは、戦闘力に補正の入っている勇者でなければできないはずだ。
だけど、僕は、何かを見落としている気がする。
そんな僕の言葉にアヤカさんは無言で答える。
どうやら、彼女の中で、僕の意見を取り入れた上で、色々と考えてくれているようだ。
僕は、その無言を邪魔してはいけないと、同じく黙ることにしていた。
しかし…
「…アヤカさん、移動しましょう」
「急にどうしたの?」
「…猫が騒いでいます…勇者が近づいているみたいです」
「え!?」
「行きましょう」
「…分かったわ」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「…逃げられたな」
「うん」
「魔王は勇者の気配に気付けないんじゃないのか!?」
「そう憤るな」
「話が違うぞ!!気付けるなら、どうして俺達を狙って来なかった!?」
「俺に言うな」
「くそ!!」
「…ここまで来ると、偶然ではなく、何かの能力だな」
「能力?」
「ああ、与えられた役職との適合性が高ければ高いほど、特殊な能力に目覚めることがある」
「…あいつが俺達の気配に気付いたのも、そういう理屈か?」
「これで3度目だ。そう考えるのが妥当だろう」
「で、どんな能力だよ、それ」
「…わからん」
「ふざけろ、話になんねーぞ!」
「仕方ない。相方を探すのは別の方法にしよう」
「別の方法!?…まさか!?あいつらを巻き込むのは許さねぇぞ!」
「安心しろ。手段は別にもある」
「ん…それじゃ、先にユウタから始末するのか?」
「いや、ユウタを殺せても、その相方に勇者が誰か知られる恐れがある。順当に処刑で殺そう」
「処刑で?」
「そうだ。お前は聖女だと思われている。ユウタが魔王であったと、そう結果が出たことを告げろ」
「…なるほど!そうなりゃ、あいつが自然と処刑されるわけだな!」
ーーーーーーーーーーーーーー
土手から大きな川を見下ろすのは僕とアヤカさんだ。
道の駅からここまで車で逃げてきた。
自分達の足で早く走ってしまうと、誰かに目撃されてしまう可能性があるためだ。
「…」
「気配はどうかしら?」
この時間でも、土手にはチラホラと人の姿が見える。
しかし、その人々の中に、勇者と思われる気配はないようだ。
「…追ってはこないみたいです」
「そう…でも、どうやって気配を察知しているの?」
「…野良猫が教えてくれるんですよ」
「そんな話を間に受けると思う?」
「うーん…事実なんですけど」
「ま、いいわ」
「意外ですね」
「何が?」
「僕が勇者の気配を察知できること自体は疑わないんですね」
「ええ、そうでなければ、貴方は昨日の夜、今日の放課後、勇者に殺されているでしょ」
「うーん…ま、確かにそうですね」
そんな他愛のない会話をしていると、アヤカさんは不意にスマホを取り出す。
「それよりも、もう時間がないわ」
「え?」
僕はアヤカさんに言われて、自分のスマホをスマホを覗き込む。
時刻は「18:51」だ。
「もう…10分もないですね」
「ええ、聖女に魔王だと言われないように祈りましょう」
「…もし、魔王だと聖女が告げたらどうしましょう?」
「そうね…後は任せるか、任せて」
「…それって、やっぱり、魔王だと言われた方が処刑されますよね?」
「ええ、そうね」
「軽く言わないでくださいよ…」
「少しだけ希望はあるわ。ユウタくんの考察が正しければ、聖女は名乗り出ない可能性が高いわね」
「そっか、勇者のケントを聖女に仕立てて、魔王への罠にしようと考えているから、本物の聖女はなかなか名乗り出れないですね」
「あ、でも、ケントへ結果を伝えて、彼に言わせれば良いのよね」
ケントが勇者であれば、裏で聖女と通じている可能性が高い。
そうなれば、聖女が出した結果を、ケントが代わりに周知すれば良いだけだ。
「…ダメですね」
「そうね…やっぱり、祈りましょ」
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