第14話 木の恩返し



「…」



 僕は木の枝から校舎を見つめる。

 2階の窓の一つが開いており、そこにはケントの姿があった。

 彼はまるで誰かを探すようにして、誰もいない裏庭を見渡していた。



「…」



 誰もいないことに怪訝そうな顔をしているケント

 その表情は、まるで裏庭に僕がいるはずだという確信があるが、現実は裏庭に誰もいない。


 それがおかしいといったような表情に思える。

 つまり、彼は僕のいる位置を情報として知っているということだろう。




 学校の校舎の中、僕が裏庭にいるであろうことまでは補足できる精度のようだ。

 いや、教室から離れたことをすぐに察知したのだから、そのぐらいの精度はあるのかもしれない。




「…行ったか」



 ケントは怪訝な顔をしつつも、2階の窓を閉めて、奥の教室へと消えていく。

 その教室の扉も閉めてしまっているため、その教室の中、他に誰がいるのかは見えてこない。


 おそらく、あの教室で一緒にいるのが勇者なのだろう。

 まさか、同じ学校に、ゲームの参加者が3人もいるなんて…



 いや、同じ学校なら、最初から僕が魔王だと気付いている筈だ。

 だけど、昨日の投票時間では、誰もそのことを言葉にしなかった。



 もしかすると、勇者は同じ学校の生徒ではない?

 いや、僕が魔王だと打ち明けても、周りを説得できないと考えたのか?


 打ち明けて失敗すれば、勇者が襲撃の対象になる諸刃の剣だ。慎重にはなるか。





 このまま、ジッと教室を覗いたところで、考えたところで、答えなど分からないままだ。

 僕に透視能力があるわけではないため、閉まった教室を見つめていても、無意味に時間を過ごすだけになる。




「まずは…アヤカさんと連絡を取らないと」




 僕は木の枝に見事なバランスで立ちながら、ポケットからスマホを取り出す。

 すると、アヤカさんから返信が来ているようだ。




==========



→アヤカ「古谷北のゲムの駐車場にいるわ。何があったの?」



==========





 まずい…あそこのゲムか…

 学校のすぐ近くだ。




 この学校から近くのゲムまでは1km〜2kmぐらいの距離だ。

 勇者が魔王を捕捉できる範囲がどの程度かは分からないが、心許ない距離ではある。




===============


→ユウタ「学校に勇者が来ているかもしれません」


→ユウタ「学校からゲムまでの距離なら、勇者に捕捉されることはありませんか?」



→アヤカ「事情は詳しく聞かないわ。この距離だと微妙ね。私はすぐに引き返すわ」


ユウタ「その方がいいと思います。未だに本腰を入れて僕を殺しに来ないのは、勇者が僕とアヤカさんが合流する時を待っているからだと思います」


アヤカ「ええ、その読みは正しいと思うわ…どうか逃げ切ってね」


ユウタ「はい…」




===============





 僕はスマホからすぐに2階の教室へ目を移す。

 未だに、教室は閉まったままであり、中から誰かが出てきたような様子もない。




「…アヤカさんは捕捉されていないのかな?」




 もし、アヤカさんの気配を勇者が探知していれば、彼らの目的の半分は達成されたことになる。

 気配を探知しただけで、誰が魔王なのか特定できるわけではないが、その気配を追いかければ良いのだ。


 アヤカさんは車に乗っているが、この時間帯の道路は混み合う。

 勇者の足であれば、アヤカさんに追いつくことは可能だろう。



「どうする…僕が囮になるか…アヤカさんだけでも助かってもらわないと、このゲーム、負ける可能性が高くなっちゃう」




『ユウタ様』

「っ!?」


『急に話しかけてしまい申し訳ありません。きっと驚かれましたよね』

「だ、誰ですか?」


『貴方が身を寄せている木です』

「…木?」


『はい、私は聖木…まだまだ幼いですが、世界樹の一種です』

「世界樹!?確かに…不思議な木だとは思っていたけど…」



 裏庭にポツリと立っている木は、冬でも葉を枯らすことがなく、学校の先生も何の品種かわからないと笑っているようなものであった。


 変な木だとはみんなが思っていたし、僕もそう思っていた。

 しかし、まさか世界樹だとは思わなかった。


 そういえば、数年前にテレビで特集されたことや、たまに何かの宗教の信者さんが木を見るためにやってくることもあるなんて、変な噂もあったな。


 その何かの宗教と学校側でいざこざもあったとかなかったとか。他にも、古谷市を騒がせている怪奇現象の大きな要因になっているとかいないとか、そんな眉唾な話だ。




『ユウタ様、勝手ながら、お二人の気配は私が隠してあります』

「え?」


『はい、この世界の勇者様がユウタ様を狙っているのだと察しました。勝手が過ぎると思いましたが、こうして私に身を寄せて隠れていらっしゃるようだったので…少しでもお力になれればと』


「気配を…消すことができるの?」

『はい、この距離であれば、勇者様がユウタ様を見失うほどには気配を薄くすることができます』


「距離が離れるとダメなんだね」

『お力が及ばず申し訳ございません。魔王であるユウタ様の気配は濃密です。幼い私では、この学校の中が限界です』


「アヤカさんとは距離がかなり離れているけど、そっちの気配は大丈夫なんですか?」

『はい、そのアヤカ様から学校内へ漂ってきていた気配を、勇者様が探知する前に中和しました。直接的に気配を消したわけではございません』

「あー…なるほど」



『勝手が過ぎましたでしょうか?』

「いえ!ありがとうございます!助かりました!!」


『先日は我が配下を助けていただき、こちらこそ御礼を申し上げます』


「配下?」

『はい、我が下僕であるシュラントラスンスと、そちらの花々達にございます』


「あ、え、えっと…?」



 花はいつも世話しているからだろう。

 だけど、そのシュ何とかは分からない。

 聞いたことも見たこともない。



『申し訳ありません。シュラントラスンスは、虫龍でございます。この世界ではムカデと酷似しておりますね』


「あ、あの虫!?」



 昨日の昼、弁当箱に入れられていた虫だ。

 ここへ戻したことが助けたことになっていたんだね。




『はい、私と同じく、まだ幼い身分ではございます故、シュラントラスンスを龍とご認識されないのも当然かと』


「あ、あのシュ何とかさんは、龍だったんですね」

『はい。龍とはいえ、まだ未熟です。魔王である勇者様に直接のお礼を申し上げるのは無礼かと考え、代わりに私から感謝を申し上げさせていただければと思います』


「あ、えっと…そこまで畏まらなくても大丈夫ですよ…あはははは…あ、えっと、聖なる木なのに、魔王の僕に力を貸しても大丈夫なんですか?」


『いいえ、本来は、魔に属するユウタ様に、聖に位置する私が助力を行うことは理に反します』

「えええええ!?」


『しかし…何故かは分かりませんが、ユウタ様にはその理が通じないご様子です』

「理が通じない?」


『はい、ユウタ様は、勇者や魔王、聖と魔、陰陽の理の外にいらっしゃる方だと存じております』

「…理の外?それはいったいどういうことなんですか?」


『申し訳ありません。私の知識では、ユウタ様の疑問に対して、明確に答えきることは敵いません』

「そんな…僕はいったい…何なんだろ…」



 自分が変な存在だということは理解していた。

 そもそも、動物と会話していたし、いや、それは魔王になったからか。


 でも、魔王になる前から、猛獣達が僕を前に大人しくなることもあったし、変な体質があるのは事実だ。それと、聖なる木さんが話していることは関係があるのかもしれない。




『ユウタ様』

「はい?」


『もし、異世界へ訪れることがありましたら、我が母であり父でもあるユグドラシルをお訪ねください。ユグドラシルであれば、悠久の時を生きた大世界樹であれば、ユウタ様の疑問にお答えすることもできるでしょう』


「異世界…」

『魔王ゲーム、神々の戯れとされる遊戯の存在は聞いております』

「っ!?」


『その参加者であるユウタ様ならば、いずれ、ユグドラシルの存在する世界へ足を踏み入れることもあるかもしれません』

「…でも、そんな誰もが聞いたことのあるような世界樹が、僕の質問に答えてくれるかな?」


『これは…私の推測…肌で感じたものではありますが』

「はい?」


『きっと、大世界樹であるユグドラシルも、ユウタ様のお力になるべく、全身全霊にて答えることでしょう』

「…分かりました。そうなる前に、僕は魔王ゲームから離脱したいと考えていますが」


『ええ、そうなるよう、我らもユウタ様のご武運をお祈りしております。それではユウタ様、どうやら勇者様はこの学校を離れたご様子、今がご帰宅の機会かと存じます』



「…ありがとうございました!」

『いいえ、こちらこそ、日々、感謝の念に絶えません。このぐらいで、その感謝を返し切れたとは考えておりません。ユウタ様がお困りのことがあれば、我らは全身全霊でお力になる所存です』

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