第13話 逆襲撃
「てめぇ…ユウタ…良い度胸してんな」
僕の手に自分のスマホが握られていることに気付いたケントの取り巻きA
彼は、僕をキッと睨むと、その腕を伸ばして僕の胸ぐらを掴む。
正直、痛みも恐怖も何も感じないのだが、僕は取り繕うように、いつもの僕を演じていた。
「ぎゃはははは!!簡単に盗られてやんの!」
「うるせぇ!」
「ユウタ相手に何やってんだよ!」
ケントの取り巻きBにバカにされたのが癇に障ったのか、その怒りを僕へぶつけてくる。
僕は、まったく怯えてなどいないのだが、いつもの自分を演じる。
「ビビってんじゃねぇぞ!ユウタ!」
「ふん!生意気なことしてんじゃねぇぞ」
僕の胸ぐらを掴んだ手を引き寄せて、顔と顔を近づかせる取り巻きA
彼のタバコ臭い息が不快だ。
今まで、こんな目に遭っている時に、彼の息がタバコ臭いことにすら気付けなかった。
そんな余裕なんてなかった。
「…キリュウインさんが…嫌がってる」
「あん?何だ?お前?」
「写真…女の子を無理やり…撮るのは良くない」
「あん?てめぇが俺に口答えか?ああん?」
胸ぐらを掴んでいる腕とは反対の腕を振り上げる取り巻きA
拳を硬く握りしめ、僕を殴りつける寸前にまで、彼のボルテージは高まっているようだ。
「やめてください!」
キリュウインさんが、取り巻きAの腕を弱々しく掴んで、目に涙を浮かべて訴えかけていた。
僕に彼が暴力を振るうのを止めようとしてくれているようだ。
「うるせぇ…ブス!」
「…っ!」
ブスと言われて、彼女の目元はさらに潤いを見せる。
正直、まったくブスには見えないのだけど、ブスと言われて傷付かない女子はいないだろう。
「…おい、ゲンタ、ヤバいぞ」
「あん?」
突然、取り巻きBがAが振り上げている拳を下ろさせる。
すると、裏庭の校舎に通じる扉から人が出てくる。
「…サイトウ、シムラ、ちょっと来い」
出てきたのは体格の良い先生だ。
昔、柔道で鍛えていたそうだが、担当は社会であり、体育ではない。
僕ですら気付けなかった先生の気配に、彼らがどうやって気付いたのだろう。
長年の経験だろうか。
だとすると、碌でもない経験値だ。
「どうしたんですか?」
「え、俺らですか?」
平然と、一般的な生徒を演じ始める2人
先ほどまでのチンピラのような態度はなりを潜めていた。
「ああ…ケントの家のことでな。お前らからも話を聞きたいそうだ」
「えー!?」
「何で!?」
先生の申し出に、怪訝そうな顔で抵抗を示す取り巻き達
確かに、ケントの家が燃えたことと、2人が関係しそうにはないのだが。
「昨日の夜、お前らとケントは一緒にいただろ」
「はい」
「そうっすね。え、それで、俺らも疑われるんですか?」
「…念のためだそうだ。お前らを疑っているわけではない」
「やー!警察…こわっ!」
「俺らを疑っていない…まさかですけど、ケントがやったとか、そういうの疑ってます?」
「…サイトウ、お前の家に泊まらせてくれと、ケントが必死に頼んでいたそうだな」
「必死っていうほどでもなかったですけど…それがどうしたんですか?」
「それを見た生徒が、どこか不信感を抱いていたそうだ」
「…なるほど、アリバイ作りだったって、変に考えた奴がいたんですね」
「うわー!うぜぇ!」
「…分かりました。ケントが無実だってこと…ちゃんと真実を話しますよ」
泊まらせてくれと…
必死に頼み込んでいた?
それじゃ、まるで…ケントが僕達が来ることを知っていたみたいな…
そんな反応じゃないか?
…先生に取り巻き達が連れて行かれるのを見送ると、キリュウインさんが倒れそうになる。
「大丈夫!?」
「ご、ごめんな…さい…目眩が…」
初めて触れる女子の感触に、良い香りがするだとか、柔らかいなどといった感想が浮かんでくる。
しかし、今は彼女の容体だ。
「顔色がすごく悪い…」
「ごめん…なさい」
僕はキリュウインさんに肩を貸すようにして支える。
制服が汚れてしまうといけないと考えて、校舎まで数歩だけ進むと、段差になっている箇所へ彼女を座らせる。
「…ありがとう」
「ううん…それよりも、何か飲み物を買ってこようか?」
「大丈夫…少し休めば…大丈夫」
「…さっきはありがとう」
「え?」
「止めてくれて」
「ううん…私の方こそ…庇ってくれて…ありがとう」
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「…」
最後の授業が終わると同時に、ゾロゾロと教室から生徒達が出ていく。
その中には、ケント達の姿もあった。
「…さてと」
教室で僕が1人になると、ポケットからスマホを取り出して、アヤカさんと連絡を取ることにした。
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→ユウタ「アヤカさん、放課後になりました」
→アヤカ「そう、それじゃ、今から学校に行くわ」
ユウタ「え、大丈夫なんですか?」
アヤカ「ええ、まずは合流しましょう」
ユウタ「でも、合流して…どうします?」
アヤカ「何を言ってるの?ケントを殺さないとダメよ」
ユウタ「そうでしたね」
アヤカ「ケントはまだ学校にいるの?」
ユウタ「はい。生徒会の活動にも顔を出すみたいです」
アヤカ「…昨日、あんなことがあったのに、元気があるのね」
ユウタ「何かに夢中になって忘れたいんじゃないか、そう先生が話してました」
アヤカ「ま、いいわ…彼の下校中に狙うわ。あまり人の多いところで事を起こしたくないもの」
ユウタ「分かりました…学校で待ってます」
アヤカ「古谷北よね」
ユウタ「はい」
アヤカ「10分ぐらいで行けるわ」
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僕はアヤカさんとの連絡を終えると、そのままスマホをポケットへと仕舞い込む。
そして、机にかけてあった鞄を手に取り、席を立とうとすると
「…あれ」
教室の空いていた窓、そこには黒猫が縁に立っていた。
真っ黒な毛並みにくりくりとした目があり、その可愛らしい目は何かを訴えかけるように僕を見つめている。
「…逃げろ?」
猫が何を僕へ伝えたいのか。
それが言葉を介さすとも伝わってくる。
そんな気がした。
「にゃー!」
気の所為かとも思えるような感覚だ。
しかし、僕が「逃げろ」と言葉にすると、まるでそれを肯定するように黒猫は短く鳴く。
「逃げろって…何から?」
「にゃう」
「危ない気配?僕を狙ってる?」
「にゃー!」
「…」
黒猫は焦った様子で大きく鳴く。
まるで、その危ない気配がすぐそこにまで迫っているような印象だ。
「っ!?」
怪訝な顔で黒猫を見つめていると、不意に、その猫が窓から飛び降りる。
ここは3階だ。
いくら猫でも大丈夫かと思って窓から下を覗くと、そこには無事に着地している黒猫の姿があった。
「にゃー!」
毛を逆立てて尻尾を太くさせながら黒猫は「早く逃げろ!」と鳴いていた。
「…分かった。言う通りにする」
僕は教室から出るのに扉ではなく窓を使って出ることにした。
窓の縁に手を当てて、そのまま身を乗り出し、地面へ向かって飛び降りる。
猫が懸命に僕へ訴えかけてくるのが、僕にそうさせた理由かもしれない。
「…っ」
地面に着地すると、何ごともなかったように僕は立ち上がる。
車に轢かれても平気なほどだ。
3階程度の高さから飛び降りても、何の異変も僕の体には生じない。
僕が着地した場所のすぐ隣で、黒猫は毛を逆立てて尻尾を太くさせたまま、僕がいた教室を睨むように見上げていた。
釣られて僕も教室を見上げる。
一体、この猫は、そんな風にしてまで、何を警戒しているのだろうか。
「…っ!?」
見上げる教室の窓越しに、一瞬だけキョロキョロと何かを探すような素振りのケントが見えた。
1階にいる僕には気付く様子もなく、その後ろにいる誰かに声をかけるのが聞こえてくる。
「いない!?」
「ちっ!教室から逃げやがったな!」
「まだ近くにいると…思う」
「ああ…絶対に俺を狙って来やがるはずだ!」
「うん…」
女の子の声?
この声…どこかで…
「にゃー!」
「…あ、うん!」
黒猫が僕を急かすように鳴く。
確かに、この場は離れた方が得策だろう。
僕は校舎をグルリと迂回して裏庭へと出る。
学校には部活動や委員会活に勤しむ生徒達がいるのだが、裏庭に人の気配はなかった。
僕はすぐに色とりどりの花が咲く花壇に囲まれた1本の木を目指して駆けると、そのまま地面を蹴り上げて、木の太い枝を掴むと、身を翻して、木の枝の上に乗る。
「…」
僕はすぐにスマホを取り出すと、アヤカさんへ「学校へ来てはダメだ」と短く連絡を打つ。
「…落ち着け、整理しろ…」
ケントは少なくとも2人組で行動している。
ケントともう1人は僕が魔王だと把握している可能性が高い。
ケントは僕が魔王だと知りつつも、僕のいる学校へと来ていた。
「…罠だ。間違いなく…罠だ」
ケントと一緒に行動している人は、十中八九、勇者である可能性が高い。
勇者を味方にしているケントが、僕を殺さずに、こうして放課後まで生かしていた。
勇者も魔王に自分の正体が知られないように、こうして放課後を狙って行動に移したのか?
いや、違う…
「もう1人の魔王が誰なのか、僕を観察して確認しようとしている…そう考えて行動した方が良い」
僕は迂闊に学校から帰るわけにはいかないと、まずは裏庭に身を隠すことにした。
あのタイミングと、あの口ぶり。
僕が教室から飛び降りたから、それで慌てて駆け込んで来たように感じる。
アヤカさんも言っていたけれど、勇者は魔王の気配をある程度は探知できるようだ。
その精度は、非常に正確に探知できるわけではないが、誤差が大きいわけでもなさそうだ。
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