第12話 花壇



 昼休憩の校舎は賑わっている。


 校庭ではサッカーをする男子がいる。

 校舎のあちこちで会話を弾ませる生徒たちがいる。

 体育館を覗けば、そこにはバスケをしている男子生徒がいた。


 離れ校舎にですら、楽器の練習をする生徒もおり、どこもかしこも人の気配があった。





「ここでいいかな」


 僕は学校の駐車場で、車と車の間の全方向から死角となる場所で座り込む。


 校舎を歩き回ったが、落ち着けそうな場所は他になさそうだ。



 あまり長居は出来なさそうだが、スマホを見るだけだ。

 そこまで不審では…ないと思う。



 魔王ゲームのこともあり、アヤカさんと連絡を取るには、誰にもスマホを覗き込まれない場所まで移動することにした。


 周囲は昼休憩ということもあり、ザワザワとしているが、誰もこんなところにまで足は運ばないだろう。





==============



アヤカ「無事かしら?」


ユウタ「はい」


アヤカ「良かったわ。そうなると、勇者はトオルだったことになるわね」


→ユウタ「いえ、勇者はトオルさんじゃなかったみたいです」




==============




 僕は返信を打ち終えると一息ついた。


 昨日の夜、僕のところへ勇者であろう人物は誰も来なかった。

 だからこそ、こうして生きて朝を迎えているわけだけど…



「…生きてる…か…」


 見上げると青く澄んだ空が広がっていた。

 ただの青空だが、見上げていると生きているという実感が湧いてくる。



「はは…ははは…人を殺した次の日なのに…なんでこんな穏やかな気持ちなんだろう」



 空を見上げてまったりとしている自分に呆れていると、不意に通知音が携帯から鳴り響く。



「ん?」



 アヤカさんの返事が早いな。

 そっか、昼時だから合わせてくれてるのかな。




==============



アヤカ「勇者はトオルじゃない?どういうことかしら?」


ユウタ「はい。確かに、僕のところへ勇者は来ませんでした」


アヤカ「なら、トオルが勇者だったんでしょ」


ユウタ「いえ、動きはあったようですね」


アヤカ「動き?何よそれ?」


ユウタ「企業秘密です」


アヤカ「教えなさいよ!」


ユウタ「僕を生贄にして、代わりに情報を得ようとしていた人に、僕が手の内を晒すわけないですよ」


アヤカ「…ユウタが無茶を言い出すからでしょ」


ユウタ「水掛論になりそうですね」


アヤカ「でも、勇者が別にいるなら、どうしてユウタくんを殺しに来なかったのかしら?」


ユウタ「まず、勇者視点で気持ちを考えてみてください」


アヤカ「勇者視点で?」


ユウタ「そうですね。勇者は自分で自分を護衛できません。つまり、魔王に正体を知られるのを警戒しています」


アヤカ「そんなことは分かっているわよ!」


ユウタ「いきなり家を燃やして、自ら居場所を晒す真似をする。それを罠ではないと、勇者がそうは考えないでしょうか?」


アヤカ「それは…」


ユウタ「しかも、その場には1人だけしか魔王がおらず。もしかすれば、どこかに片方の魔王が潜んでいるのかもしれない…そうなると、罠だと考えるのではないですか?」


アヤカ「確かにそうね。でも、確証があるのかしら?」


ユウタ「…はい、さっきの動きについてですが、勇者の気配は野良猫が教えてくれました」


アヤカ「野良猫?」


ユウタ「はい…どうやら勇者は動物が嫌う臭いを発するようですね」


アヤカ「…そんなこと初耳だわ…そもそも、野良猫と話せるのはどうしてかしら?」


ユウタ「僕の魔法ですよ」


アヤカ「魔法?」


ユウタ「はい。魔法です」


アヤカ「誤魔化さないで」


ユウタ「いいえ、事実ですよ」


アヤカ「そう…いいわ。まずは様子を見ましょう」


ユウタ「分かりました」


アヤカ「学校が終わったら連絡して」


ユウタ「はい」



==============




 僕は、アヤカさんとの連絡を終えると、すぐにスマホをポケットへ仕舞い込む。

 周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、スッと立ち上がった。


 


 僕が周囲を異様に警戒しているのは、勇者が僕を見張っているのではないかという不安が払拭できないからだ。



 昨晩、アヤカさんに話した通り、勇者の動きは確かにあった。

 野良猫のミーちゃんが、僕にそう教えてくれた。


 だが、僕の気配に気付きながらも、僕を殺そうと動かなかったのは、勇者が殺人に臆したからだと考えるのは楽観的すぎる。

 僕の相方が誰なのか特定しようとしているとまで考えても損はないはずだ。




 


「さて…水をあげてから教室へ戻ろう」



 ここで、これ以上を考えても仕方がない。

 それに、そろそろ昼休みも終わる。


 日課となっている花壇に水やりをしてから教室へ戻ろうと考えた僕は、裏庭を目指して進み始める。

 校舎と体育館の隙間を通って抜けると、すぐに裏庭が見えて来るのだが、そこには1人の女子生徒の姿があった。




「…キリュウインさん?」

「っ!?」



 僕が背後から呼びかけたせいか、キリュウインさんはビクリと肩を震わせて驚きを見せていた。

 そして、おそるおそる背後を振り返る彼女は、僕の顔を見ると、不安そうな表情を一転させて笑顔を見せてくれた。


 その反応が、僕は少し嬉しく感じていた。




「…水やりしてくれたんだ」

「はい…」



 キリュウインさんの手には青いプラスチック製のジョウロがある。

 その先端から微かに水が滴っていることや、花壇の土が湿っていることから、彼女が先ほどまで水やりをしてくれていたことはすぐに分かった。



「ありがとう。助かったよ」



 僕がお礼を告げると、キリュウインさんは慌てて、顔の前で両手を振る。

 微かに頬が赤く、かなり照れているようだ。




「いいえ!」


「でも…担当じゃないのに…どうして?」

「そ、それは…スズキくんも…同じだよ…」



 緑化委員会の僕が水やり当番になっていた。

 ちなみに、僕以外の委員会の生徒がサボっているため、ほぼ毎日、僕が水やりをしている。

 本来であれば、今日は僕が当番の日ではなかった。



「…僕しか水やりをしていないこと、気付いていたんだ」

「…」




 僕がそう言うと、キリュウインさんは暗い表情になって俯く。


 同じクラスの同じ緑化委員会の女子もいるのだが、彼女は一度たりとも、花壇に水やりをしたことがない。おそらくだけど、彼女が僕へ押し付ければ良いと言っていたのを、どこかで耳に入ったのかもしれない。



「お花…好きなの?」



 僕は話題を変えることにした。

 彼女がわざわざ水やりをしてくれていたのは、僕のためというよりも、彼女がお花を好きだからだろう。



「…はい…この花壇、いつもすごく綺麗で…」



 キリュウインさんは笑顔で花壇の色とりどりの花を見つめる。

 言葉通り、彼女はお花が好きなようだ。


 相思相愛だ。

 花もキリュウインさんのことを好きなようだ。

 植物は言葉を話さないけれど、何となく、そういうのが伝わってくる。




「そっか、何だか、そう言って貰えると…押し付けられた仕事でもやり甲斐が出てくるよ」


 僕は少し照れ臭そうに頭を掻きながら言う。

 最初は、花壇の世話なんて面倒だと思っていたけれど、やってみると意外と愛着が湧いてしまうものだ。



「ふふ…」

「え?」


 キリュウインさんが不意に笑う。



「やっぱり…スズキくんは優しい…ね」

「どうして?」


「…この花壇…手入れが行き届いているとは…言えないけど…」



「余計なお世話だよ!」



 急にディスってくるキリュウインさんに、思わず、僕はツッコミを入れる。

 何故だろうか。

 キリュウインさんとは、家族と同じように話すことができる。




「ご、ごめんなさい!」


 目を潤わせて頭を下げるキリュウインさん

 僕は慌てて補足する。



「あ、そんなに怒ってないよ」

「…えっと…伝えたかったのは…その!」


「うん」

「それでも、お花がすごく喜んでいるように見えたから…きっと…スズキくんが愛情を持って育ててくれているんだな…って…そう思ったの」


「そっか…」

「うん」



 僕とキリュウインさんは微笑みあっていた。

 彼女といると、僕は心が本当の意味で落ち着く。




「おほっ!こんなところでデートですか?」

「陰キャ同士で何やってるんですかー?」



 そんな平穏を感じていた僕を現実に戻すような声がする。

 声のする方向を見ると、そこにはケントの取り巻きである2人の男子生徒がいた。



「…」


 僕は無言でキリュウインさんの前に躍り出る。

 まるで、僕は彼女を庇うような仕草に見えただろう。



「うわっ!キモっ!」

「なになに!?そういう関係!?」



 案の定、僕がキリュウインさんを庇うような仕草を見せたため、2人の男子生徒はおもちゃを見つけたような笑顔ではしゃぎ始める。



「うわー!お似合い!」

「クラスのダブル陰キャ同士が結ばれましたー!」


「おい!レインでみんなに送ろうぜ!」

「写真!写真!」


 男子生徒の1人が僕とキリュウインさんにスマホを向けてくる。



「きゃっ!やめてください!」

「ブスが!何を照れてんだよ!?」

「おい!こっち向け!」



 嫌がるキリュウインさんの声が聞こえると、思わず、スッと手が出てしまった。



「あん?」



 男子生徒の手からスッとスマホを抜き取る。

 今の僕に殺意がないからなのか、彼を殺すことはしなかった。

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