第8話 軽い決心




 僕は家に恐るおそる帰ってみたが、家に学校や警察から連絡が入ってはいないようだ。

 父も母も、僕に帰りが少し遅いことだけを注意していた。


 破れた制服や割れたスマホは自然に元通りとなっており、まるで夢を見ているような、そんな気分になってしまう。

 しかし、スマホの画面には、確かに投票時間で参加者の人達と話した履歴のようなものがしっかりと残っていた。




 僕は机の上にある時計を見つめる。

 時刻は「20:48」と刻んでいた。



「能力使用は…21時から…」



 あれが夢でないとすれば、投票時間の次に待ち受けているのは「襲撃」だ。

 つまり、僕とアヤカさんで、参加者の中から誰を襲撃するのか決める時間がやってくるはずだ。


 どんな風に連絡するのか…

 さっきのように、このスマホの画面にチャットのようなものが浮かんでくるのだろうか…




「…そういえば」


 僕は横へ目線を向ける。

 そこにはテレビに繋がったケーブルがあり、そのケーブルの反対側は接続端子が剥き出しのまま床に落ちていた。



「ゲーム機、取り返せなかったな」



 学校のことを思い出すと億劫になる。

 

 ゲーム機を取り返さないといけないことだけじゃない。

 明日、学校に行けば、間違いなく騒ぎになっているだろう。

 

 生活指導の先生の腕を折ってしまった。

 でも、僕が折ったと分かっていないから…家に連絡が来ていないのかな?


 冷静に考えれば、僕みたいな奴が、あの先生の腕を折れると思わないのかな?

 勝手に怪我したと考えたのかな?




 僕は不安を振り払うように、スマホを手に取ると、友人からの連絡を再び確認する。



「ルシファーさんは相変わらず優しいや」



 僕はスマホの画面をタッチする。

 緑のアイコンのアプリを操作すると、すぐにルシファーさんとの連絡履歴が表示された。


 そこには「早く元気になれよ」や「お前が元気ないと俺も元気が出ないぜ」とルシファーさんからの連絡が入っており、僕を本気で心配してくれているようだ。



「ごめん…と」



 僕はスタンプと呼ばれる絵文字のようなもので返信をした。




『ね、聞こえるかしら?』

『っ!?』



 僕は、急に脳内から女性の声が響き、慌てて椅子から転げ落ちそうになってしまう。



『こんばんは』

『あ、あの!!』


『魔王ゲームに初参加だったわよね?』

『は、はい!!』



 僕は起きあがろうと腕に力を込めるが、その腕の感覚がなくなっていることに気付く。



 あれ?



 気付くと周囲が再び暗黒に包まれていることに気付く。

 投票時間のように、まさしく時間を含めた全てが止まっている光景だ。




『能力使用時間も、投票時間と同じように時間が止まるわ…大丈夫?』

『は、はい!』


『そう…時間が止まっていると言っても、ずっとではないわ。感覚にすると1時間よ』

『1時間?』


『ええ、この時間で、私達は誰を襲撃するのか決めるだけではなく、情報交換なんかも必要ね』

『情報交換?』


『ゲーム内でも話したけど、私たちにとって最も邪魔な役職は2つあるわ』

『…勇者と聖女ですか?』


『物分かりが早くて助かるわ』

『そ、そんなことはないですけど』


『誰が勇者で、誰が聖女なのか…ま、聖女はケントって奴だと分かったけど、勇者が誰なのかを2人で予測しないといけないわね』

『勇者を見つけて…それで…襲撃するんですか?』


『現実世界で対峙したら魔王が勇者には勝てないわ。だからこそ、襲撃で排除しないとダメね』

『襲撃ってことは…殺すってことですよね?』


『ええ、そうよ。先に勇者を殺してしまえば、現実世界で誰かに殺されることは基本的になくなるし、聖女を何の気兼ねもなく殺せるわね』


『そういうことじゃないです!殺すって…どうしてそんな簡単に言えるんですか!?』

『ゲーム内でも言ったでしょ?私達が勝つには参加者をどんどん減らしていかないと行けないのよ』


『でも…』

『でも?…なんで迷うのかしら?ユウタは自分が死んでも構わないの?』


『そ、そういうわけじゃないです!』



『なら、覚悟を決めるしかないわ。殺さないと生きれないんだもの』

『…』


『それに、みんな蘇生チケットを持っているわ。このゲームで誰かが死ぬことはないわよ』

『そ、それは…そうかもしれませんけど…でも、本当に人が死ぬんですか?』


『ええ、死ぬわ。その証拠と言えるかわからないけど、魔王になったなら、自分の体の変化や異変に気付いているでしょ?』

『っ!?』


『…サキも言っていたけど、このゲームを主催しているのは超常の力を持っている存在よ。私たちにこんな力を簡単に授けるのだから、ゲームの結果で人を殺すことなんて容易いわ』

『主催者って誰なんですか?』


『さぁ、使いに来るのが天使だから、神なんじゃないのかしらね』

『天使…そういえば、僕のところにミカエルと名乗る本が来ました!』


『ミカエル!?』

『へ?そんなに驚きますか?』



『…ユウタくん、熾天使がわざわざ降りてくるなんて、とんでもない素質を持っているのかもしれないわね』

『とんでもない素質?』


『ええ、私のところに降りたのは、大天使と呼ばれる下から2番目の階級の天使だったわ』

『天使の階級…聞いたことがあります』

『その人の資質に応じて、降りてくる天使の位が変わるそうよ』


『熾天使は…確か最高位ですよね?』

『そうね。…熾天使が降りてきたなんて初めてだわ…私が知る限りで、1番高い人でも主天使だったもの」


『そ、そうなんですね』

『ちなみに、異世界で大英雄と呼ばれるような、市民なのに魔王や勇者と張り合えちゃうような人で主天使だったから、ユウタはもっととんでもないのかもしれないわね』



『異世界!?』

『…驚くのそこ?』



『異世界ってどういうことですか!?』

『ゲームの舞台は毎回変わるのよ。今回は、私達が住んでいる世界だったけどね』


『っ!?』

『世界中がゲームの舞台だったら大変よ。それに、長いと1ターンが1年だったりするわ。ま、何回かゲームをやって、生き残れたら、そんな難度の高いゲームに参加することになるんだけどね』


『ま、待ってください!僕達が異世界へ行くことがあるんですか!?』

『ええ、そう言ってるでしょ』


『そ、そんな…』

『あ、安心して、ゲームからここへ戻った時には、こっちの時間は経過してないし、肉体の成長も戻るわ』


『そういうことじゃないです!異世界に何年も行かないといけないんですよね!?』

『異世界に行きたくなさそうね』

『それはそうですよ!」


『ふーん…意外とユウタはリア充なのかしら?』


『…』

『…なんで黙り込むのよ!』


『生きるのが嫌になることもあります…そんな僕でも…大切なもの、ちゃんとあるので』

『そう…そうね』



『…』

『なら、ちゃんと勝たないとダメじゃない』


『勝つ?』

『そうよ。ゲームに勝って、ポイントを貯めて、それでゲームクリアチケットを買う!そうすれば、こんなゲームとはおさらばできるわ!』



『ゲームクリアチケット…』

『そのためには、まずは、勇者が誰なのか、それを考えないとダメよ』

『…』


『気が乗らないかしら?』

『…いえ、僕、やります』


『やる気が出てきたみたいで嬉しいわ』



『…アヤカさん』



『何かしら?』

『…勇者の正体、分かりませんけど…聖女の正体ならわかるかもしれません』


『え?知り合いなの?』

『はい、話し方や口調が…僕の学校にいる人と同じでした。名前も…』


『ケントって名前なのね。そこまで一緒なら可能性はかなり高いわね』

『…はい』


『なら、ケントは襲撃ではなく、直接殺しにいけるわね。聖女が現実で誰なのか特定できたのは大きいわ!特に今晩中に殺せれば、誰が魔王じゃないとか結果を言われなくて済むもの!』


『殺せれば…って、殺しに行くんですか!?』


『もしかして友達?』

『いえ!全然!』


『なら、殺すことに抵抗あるの?』

『そ、そうじゃなくて…えっと…あの…勇者は大丈夫なんですか?』


『そうね。あまり派手に動くと、気配を勇者に察知されるけど、1人や2人ぐらいなら平気よ』

『…』


『もう、良いわ。ケントを殺すのは私がやるから、その人の家の場所とか分かるかしら?』

『あ、はい!ラーメン屋さんをやっているので、その2階が家だったと思います』


『ラーメン屋?』

『そ、そうです…横家って名前のラーメン屋です』


『後で調べてみるわね』

『…僕も行きます』


『良いの?ゲームだけじゃなくて、人を殺すのも初めてでしょ?』

『…』


『無理しなくて良いのよ?』

『いえ、彼には…僕も…』


『もしかして、因縁のある相手なのかしら?』

『…はい』


『いいわ。一緒に行きましょう。でも、無理はしないでね。殺すのは私がやるわ』

『…すいません』


『で、次は、誰を襲撃するかなんだけど』

『襲撃はケントじゃないんですか?』


『違うわ。ケントは直に殺しに行くのよ。えっと、言葉がややこしいわね。魔王は魔王で、この人と選んだ人間を排除できるのよ。ま、勇者に護衛されていたりと能力で防がれちゃうことはあるけど』

『そっか、人狼ゲームと同じですね』


『ええ、そうよ。で、できれば、襲撃で早々に勇者を排除したいんだけど、それがなかなかに難しいわ』

『…僕には、あの人達の誰が勇者かなんてわかりませんでした』


『私も確信があるわけじゃないけど、トオルが勇者だと思ったわ』

『トオルさんですか?』


『ええ、シンジが魔族で、私達が魔王でしょ。そうなると、他に余裕がありそうな奴が勇者である可能性が高いわ』

『余裕ですか?』


『そうね。シンジもすごく余裕がありそうだったでしょ』

『はい、潔く処刑されていきました』


『勇者や魔王ほどじゃないけど、魔族も肉体が強くなるのよ。それで、余裕が生まれたんじゃないかしらね』

『理屈は何となくわかりますし、想像できる話ですけど…余裕って、そこまでですか?』


『ええ、肉体が急に強くなったり、疲れを感じなくなると、人間ってのは余裕が出てくるものよ』


『…そうかもしれませんね』


『それで、特に勇者は魔王以上に肉体が強化されて魔法が使えるわ。初めて勇者になった人は、それで高揚感を得られて興奮状態になるほどにね』

『…なるほど』


『それに、トオルのあの性格なら、そういった余裕がストレートに出てきていても不思議はないでしょ』

『確かに、めちゃくちゃふざけている感じがありました』



『それじゃ、襲撃するのはトオルで決まりね』


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