第3話 無慈悲



「おーい!ペヤンポ魔王味買いにベルマ行こうぜ!!」

「あ!ヤダよ!あそこのコンビニって怪奇現象があったところだろ!?」

「新作だぞ!新作!!」

「行くのは良いけどよ。レーソンで買おうぜ」



 活発そうな男子生徒達が和気藹々とコンビニへと出掛けていく。



「ね!聞いてよ!ミミに噛まれちゃったの!」

「わー…痛そう」

「最近、すごく凶暴なの」

「何かニュースでやってたよー、犬や猫が凶暴化してるんだってさ」

「嘘でしょ…ウチもそれかも…」



 真面目そうな女子の1人が友達へペットに噛まれた手を見せている。




「ね!見て!アヤカが新曲出したんだって!」


「えー!?」

「ポーツべで12時からあがってる!」

「きゃぁぁあ!!やばぁ!」

「マジで可愛い!!」



 クラスの中心にいる女子達がスマホを見ながらはしゃいでいる。




 そんな楽しそうな教室内の声を聞きながら、僕はいつものように1人で昼食をとろうとしていた。

 


 周囲では、ワイワイガヤガヤと友人達とお昼を楽しむ生徒の姿があり、そんな中での1人ご飯はなかなか一般人には堪えるかもしれない。


 しかし、ボッチ歴の長い僕にとって…



「…」



 いや、強がりはやめよう。


 人間は慣れる生き物だと言っても、孤立していることに慣れることはないな。

 1人でいることは平気だけど、集団の中で1人でいることは堪える。

 孤独は平気だけど、孤立は苦手、そんな心理だろうか。


 僕はそんなことを考えながらお弁当の蓋を開ける。

 母のお手製のお弁当であり、料理自慢の母の昼食だけが、学校における唯一の楽しみだ。



「うわっ!」


「「ぎゃははははははははははは!!!!」」



 僕が弁当から飛び出してきたものに驚いて椅子から転げ落ちると、その姿を見て、教室中から笑いが巻き起こる。



「え…え?」



 何とか立ち上がって弁当箱を覗き込むと、そこにはウネウネと動くダンゴムシやムカデのような虫が綺麗に詰められた食材の上で這っていた。


 弁当の中に虫が詰まっていれば、誰だって驚くだろう。



「…」



 僕は無言で周囲を睨みつける。


 しかし、誰もが僕を指差して笑い続けており、意地の悪い人達だけではなく、あだ名がナイチンゲールと呼ばれるぐらい人に優しい人まで、そんな人達と同じように僕を笑っていた。



 暗く、冷たく、黒い気持ちが込み上げてくる。

 ガクガクと手足が震える。




 嘘だろ…

 ここまでするのか?


 母さんが早起きして作ってくれた弁当だぞ。

 何で…こんなこと…


 それに、この虫達だって生きているんだ。

 住処から強引に連れてこられて、こんなこと…あんまりだよ。




「おーい!ユウタ!!食えよ!!」

「ぎゃははははははは!!!」


「ママーの手作り料理だぞー!!残したらいけないんだぞー!」



 僕は周りの声を虫して、食材の上で這っている虫へ人差し指を向ける。



「おいで…」



 僕がそう虫達に語りかけると、虫達は素直にゆっくりと僕の手のひらにまで登ってくる。


 彼らには何の罪もない。

 住処から強引に連れてこられたのだろう。

 元の場所はわからないけれど、生活できる場所にはせめて帰してあげたい。




「うわ!キモー!」

「あいつ!虫を手で持ってんぞ!!」


「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「ちょっと!キモいんだけど!!」


「何してんだ!?あいつ!?」

「何か虫を見て笑ってんぞ!?」

「キモっ!!とにかくヤバッ!!」



 弁当に入っていた虫達をすべて手のひらに乗せると、そんな僕に対して、教室にいる生徒達から罵詈雑言が飛び交う。

 

 そんな声を無視して、僕は教室の外へ出ようと席を立つ。

 すると…



「ね!ちょっと!来ないでよ!!!」

「きゃー!!!」

「うわ!マジでないわ!!!キショ!!!」



 僕は、決して女生徒達のところへ寄ったわけではない。

 教室から外へ出るために移動しただけであり、その道の途中に、女生徒のいる席があっただけである。



 僕が近付いてくることを察すると、彼女達は物凄い勢いで教室の隅にまで退避していた。

 そして、近くにいる男子生徒へ文句を言い始める。



「ね!まじであいつ!!ムカつくんだけど!」

「マジで気持ち悪いんだけどー!」

「もーう!ケント!虫なんか、あいつの弁当の中に入れるからだよ!」


「…っ!」



 比較的、美人な女生徒に言われたケントと呼ばれた男子生徒

 昨日、僕からゲーム機を奪ったやつだ。


 クラスの女王である彼女から責められたケントは、苛立った様子で席を立つと、ズカズカと僕へと迫ってきていた。

 

 そんな様子を背後にしていた僕には、彼が近付いていることに気付く術などなかった。

 ケントは僕の背中へ向かって勢いよく足を伸ばす。



「おらぁ!!」

「っ!?」



 僕は背中を蹴飛ばされたようだ。

 しかし、僕は大して痛みも感じず、「背中に何か当たったかな?」ぐらいの感触であった。




「ははははは!!ケント!何してんだよ!!」

「お、おん?」



 僕が振り返ると、怪訝な顔をして足をあげているケントの顔が見えた。




「…」

「キモいんだよ!!ユウタ!!失せろ!!」



 僕はケントの顔をジッと見つめる。



「…」

「お、お前!!気持ちわりぃんだよ!!」



 僕はどんな表情で、どんな目で、どんな瞳で、どんな口元で、ケントを見つめていたのだろうか。

 きっと、彼の表情が強張っていることからも、良い表情とは言えないのだろう。




 僕にとっては、この虫達よりも、よっぽど人間の方が気持ち悪く見えるし感じる。

 その気持ちが表情に出ていたのかもしれない。




ーーーーーーーーーーーーー




 教室を抜け出して、いつもの裏庭へと出る。

 

 すぐに思いつく緑のある場所は裏庭であり、手のひらにいる虫達を自然に帰すには、この場所が最適だろうと考えた。

 本当は学校の外へ帰してあげるのが良いのかもしれないが、僕自身が学生の身分ということもあり、今の時間帯は外へ出ることができない。


 

 裏庭は校舎と校舎の隙間にある場所であり、中央には大きな木が1本生えていた。

 校舎の壁沿いには花壇が設けられており、色とりどりの花が咲いている。

 


 植物が好きな生徒からは好評だと聞いており、緑化委員会として、この裏庭がきれいに整っていることは、僕の数少ない自慢であった。


 押し付けられて始めた緑化活動だが、意外とやってみると楽しいものだ。

 雨や風が強い日は、花壇の面倒を見るために休日でも学校へ行くこともある。

 

 そもそも、日々の世話も大変だ。

 泥や土で汚れることだってある。


 それでも、認めてくれている人がいるのは素直に嬉しかった。

 




「…そんな」



 僕は、綺麗に整っていた筈の裏庭を見渡す。



「嘘だろ…どうして…ここまで…」



 僕は膝から崩れ落ちるように地面に座り込んでいた。

 手にいた虫達を握りつぶさないようにと、何とか右手だけは掲げたままのため、四つん這いになりながら右手だけをあげている変な姿勢になっている。



 僕は頭を左右に振ると、再び周囲を見渡す。

 しかし、そんなことで現実は変わらない。


 


 花壇はすべて踏み荒らされていた。





「ぎゃはははははは!!」

「見ろよ!!マジで落ち込んでんぞ!!!」

「うはっ!!きーっしょ!!何だアレ!!」

「何のポーズだよ!ウケる!!」




 僕は笑い声のする方向へ顔を上げる。

 2階から僕を見て笑っているのは、ケント達であった。



 彼らは僕の反応に満足したのか、そのまま2階の窓から離れていき、どこかへと消えていく。



 僕が嫌いなら、僕だけを標的にすれば良い。

 花や虫に罪はない。




 僕はそのまま立ち上がると、まずは手の中にいる虫達を解放する。

 地面に手のひらを置くと、その上から虫達がゾロゾロと土の上へと降りていく。



「…ごめんね。巻き込んで」



『魔王様、あんな奴らを生かしておいて良いのですか?』



「へ?」



「…」



「気のせいかな?」



 僕は女性の声が響いたような気がした。

 しかし、周囲を見渡してみても、どこにも僕以外の生徒の姿はなかった。



 いるのは、目の前で、僕の顔をジッと見つめているような気がするムカデのような虫だけであった。



「…さて」



 僕は虫達を自然に帰すと、教室へ戻る前に花壇の花達を助けようと考えた。

 昼休憩はまだ30分以上ある。

 できることはあるはずだ。




 僕は近くの花壇へ進むと、黄色い花やピンク色の花、白い花が無惨にも踏み潰されていた。

 こんなに綺麗に、懸命に生きている植物を、ここまで無惨な姿にできるなんて、本当にあいつらは人間なのか?心はあるのか?



「ダメだ。いけない。お花達と接する時は…優しく…温かく…」



 僕は大好きなおばあちゃんが言い残してくれた言葉を思い出す。

 植物と接する時は穏やかな心を持っていなさいということだ。


 確かに、穏やかな心を持って植物に接すると、植物達が僕に答えてくれるような、そんな気がする時はあった。




「…よし」



 僕は花達を植木鉢に植え替えて、まずは踏み荒らされた花壇の土を綺麗にしようと考えた。

 


「え…あっ!!」



 僕は花壇の土に触れると、僕の手から何かが流れ出るような感触がする。

 まるで僕の生命力が花壇へと流れ込んでいるような印象だ。




「うそ…でしょ」



 僕の手から何かが流れ出る感触が止まると、潰れていた花達が、元の姿へと戻っていた。




「何だ…これ」



 僕は裏庭を見渡す。

 校舎沿いにある花壇の花々はすべて元通りに、綺麗に咲き誇っており、踏み荒らされたのが嘘のような姿だ。


 しかし、花は元通りだが、花壇の土は踏み荒らされた形跡がそのまま残っており、完全に元通りというわけでもなかった。



「…植物の生命力は凄まじいっていうけど、ここまでとは」




「おらぁ!!」

「っ!?」



 僕はケントの掛け声が聞こえると、すぐに口の中に土の味を感じる。

 顔全体には少しひんやりとした土の感触があった。


 そして、続くのは、背中から走る痛みだ。




「ぎゃはははははは!!!」

「顔面が埋まってる!」



 僕が顔を上げると、そこにはニタニタとした意地の悪い笑顔を浮かべているケントの姿があった。

 どうやら、花壇に集中していた僕を、背中から蹴り倒したようだ。



「…なんで、こんなことするの?」



 僕は怒りに震えながら、ニタニタしているケントへ尋ねる。

 すると、彼はやや不機嫌そうな笑顔で、僕へ顔を近づけてくる。




「あん?なーにが?」


「この花壇、やったのケント達だよね?」


「なーにか、証拠でも、あんのかなー?」

「…」




「おいおい!証拠もないのに!人を疑ってはいけませんよー!」

「ぎゃははははははは!!!」


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