第2話 魔王



「お兄ちゃーん!遅刻するよー!」

「っ!?」



 僕は妹の声に反応してベッドから飛び起きる。

 気付けば、すでに朝になっており、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。


 起こされた割には、体は軽く、思考はクリアだ。

 こんなに寝起きが良いのは久しぶりというか初めてかもしれない。



「…夢か?」



 直前まで、喋って浮いている本と話していたような実感がする。

 しかし、そんな異様な光景の残滓はどこにもなく、どう考えてもアレは夢だったのだろう。


 疲れているのかもしれない。

 と頭を過ぎるが、疲れていると言うには体調が良好すぎる。




「お兄ちゃーん!」



 僕がなかなか返事しないため、部屋の外からさらに声を荒くさせた妹の声が響く。

 僕は慌てて、妹へ返事することにした。




「あ、うん!起きたよ!」


「もう!遅刻しないように行くんだよー!」


「うん!ありがとうー!」




 部屋の外からは妹のため息と足音が聞こえる。

 これから部活へ行くのか、バタバタと慌てた様子である。


 忙しい中、僕を起こすために時間を割いてくれていることに感謝しつつ、僕はベッドの脇に置いてあるスマホから充電器を取り外した。



「7時30分…着替えて、早く身支度すれば、朝ご飯は食べられるな」



 充電器を取り外すと同時にスマホは自動的に画面が明るくなる。

 そのことを体で覚えているのか、脳死で、充電器を取り外すと同時に、時間と充電残量100%であることを確認していた。


 8時に家を出れば学校には十分間に合う。

 僕はすぐにスマホを机へ置くと、そのままクローゼットを開いて制服やら着替えの下着を取り出す。




「そういえば…」



 僕はワイシャツのボタンを閉めながらスマホを置いた机を覗き込む。



「返事が来てるかな?」



 友人とゲームをする約束を僕は破っていた。

 それも仮病でだ。


 そんな罪悪感からか、僕はなかなか机の上にあるスマホへ手を伸ばすことができないでいた。

 しかし、朝の時間は限られている。

 その時間に迫られる感覚が、僕に勇気に近い感情を与えてくれた。



「…返事…ん?」



 スマホを手に取り、サイドボタンを押し、画面を明るくさせる。

 待ち受け画面には通知が並んでおり、中には緑色のアイコンの連絡アプリもあった。




「ルシファーさんのもあるけど」



 通知は2人から連絡が来ていることを表示していた。

 1人は顔も本名も知らないゲーム仲間の「ルシファー」

 もう1人は…



「目…」



 僕はスマホのロック画面を解除し、すぐに連絡アプリを起動する。

 いつもは行動が遅い僕だが、昨日のあの出来事が夢ではないかもしれないという不安が、僕に行動力を与えてくれているようだ。





==================


目「魔王ゲームへのご参加ありがとうございます」

目「ユウタ様の役職は"魔王"です」

目「以下に、魔王の概要を記載しております。ご確認のほど、よろしくお願い申し上げます」


◇役職名:魔王

◇所 属:魔王陣営

◇能 力:共感覚、襲撃

◇戦闘力:A



目「今回のゲーム設定は以下の通りでございます。重ねてになり恐縮ですが、こちらもご確認のほど、よろしくお願い申し上げます」



◇参加者数:9名

◇参加役職:魔王×2名、魔族×1名、市民×4名、聖女×1名、司祭×1名、勇者×1名

◇投票結果:見られない

◇行動範囲:古谷市内

◇時間設定

 1ターン:1日

 投票時間:19時から19時 1時間

 能力使用:21時から21時 1時間

◇初日(昨晩)に能力は使えない。



目「また、以下のURLより、各役職の能力を確認することができます」

目「それではユウタ様、ご武運をお祈り申し上げます」




===================




「…まるで人狼ゲームみたいだ」



 僕は「目」と名乗る人物から送られてきた連絡に対して、そんな感想を抱いていた。



 こんな内容からどうやって金を巻き上げるのだろう。

 業者の手法が少し気になっていた。


 URLをクリックさせて、その先に個人情報やらクレジットカード情報を入力させて、それで金を騙し取るのだろうか?


 これは…押さないでおこう。




 いや、そんなことよりも…





「…いないよな」



 僕は部屋の中を見渡す。

 「目」と名乗る人物から連絡が来た直後、真っ赤な本が現れていた。


 その本も、確か「魔王ゲーム」と言っていたような気がする。




「…うん」



 その真っ赤な本がどこにもないことを確認すると、僕はホッと胸を撫で下ろした。

 こんな内容が現実味を帯びて感じるのは、あの夢が原因なのかもしれない。



「さて…」



 そして、僕はゲーム仲間からの連絡を開く。




「…ごめんなさい。ルシファーさん」



 6件ほど彼から連絡が来ており、どれも僕を心配するような内容であった。


 仮病を使ったことや、彼が約束を放棄されて憤慨する人間だと思ったこと、そのどちらにも罪悪感が込み上げてきていた。

 ルシファーさんは人間がしっかりとできていた。



 僕はすぐに「ありがとうございます」とルシファーさんへ返事を送ると、とある決心を胸に秘める。




「ゲーム機…返してもらわなきゃ」



 これ以上、ルシファーさんへ嘘をつきたくない。

 すぐに折れるかもしれない、そんな決意を胸に抱く。

 



ーーーーーーーーーーーーーー




「古谷市で立て続けに起きている怪奇現象を特集しました。CMの後!」



 ニュースから聞こえてくる音声をBGMにしつつ、僕はリビングで支度を急ぐ。


 急ぐと言ってもお昼の弁当を回収するだけだ。

 着替えなどは済ませてある。


 テーブルの上にある朝食を横目に、一瞬だけ食べて行こうかと迷いが生じるが、確実に間に合わなくなる。


 僕は朝食を諦めてそのままリビングを飛び出していく。




「ユウタ!ご飯は!?」


 玄関で靴を履いていると、母が顔を覗かせていた。


 芸能人も顔負けの美貌を持つ僕の母だ。

 どうして、僕の父がこんな美人を嫁にできたのだろうと、たまに疑問を感じることがある。



「ごめーん!遅刻しちゃう!帰ってから食べるから冷蔵庫に入れておいて!」


「もう!」



「あれ?お兄ちゃん?」



 そして、母の隣からは、食パンを加えた美少女が出てくる。



「起こしてくれてありがとう!」



 妹には、起こしてくれた礼を言わねばなるまい。

 あのまま寝ていたら、確かに僕は遅刻していただろう。


 妹は僕の言葉にコクリと頷くと同時に、口の中のパンを飲み込み、口に咥えていた残りのパンを右手で持つ。



「ね!朝ごはんを食べないと、元気が出ないよ!」

「ミスズの言う通り!スープだけでも飲んでいきなさい!」



「大丈夫!」


「何が大丈夫なの!」

「大丈夫じゃないから言ってるの!」

「だいたいね!最近、起きるのが段々と遅くなっているわよ!?」

「お母さんの言う通りだよ!お兄ちゃん!」



 母と妹のコンビネーション説教

 それから逃げるように僕は家を飛び出す。


「わー!もう!大丈夫だから大丈夫なの!」



 

 僕が家から飛び出すと、すぐに見えてくるのは家の車庫だ。

 そこには黒いセダンの車が停まっており、車の傍には父がいた。

 どうやら、父は休みらしい。



「お、ユウタ、おはよう」

「おはよー!」


 僕は、朝から愛車をメンテナンスしている父を一瞥する。

 どこからどう見ても平凡な中年男性だ。

 とても、あの美人な母を嫁にできるとは思えない。



「…」



 僕はピカピカの父の愛車に反射して映っている僕の顔を見つめる。

 どうやら、父の遺伝子を僕が受け継いで、母の遺伝子は妹が受け継いだようだ。



「ん?どうした?」



 僕が車をジッと見つめていると、だんだんと父親の顔がニヤけてくる。



「お、もしかして…ユウタにも車の良さが分かるようになってきたか!?」



 どこか嬉しそうな表情を僕へ向ける父親

 妹はもちろん、母親にも車の良さが理解してもらえず、どこか寂しそうにしている父


 そんな父は、僕が車に興味を持ってくれたのかもしれないと、期待に胸を躍らせ始めていた。

 僕がジッと見つめていたのを、父はそんな風に捉えたのかもしれない。



 

「あ、いや!行ってきます!」


「あっ!お!おお!!…気をつけてな!」



 どこか残念そうな表情を浮かべている父へ手を振ると、僕はそのまま足早に学校へと向かう。







ーーーーーーーーーーーーーーー



 僕はショートカットのために公園を横切ることにしていた。

 木に囲まれた茶色の石畳が続く道を進むと、その奥にはトイレのある広場がある。


 その広場にはスェット姿の20代女性、60代ぐらいの女性がおり、共に大型犬を連れていた。

 何かあったのか、女性達の声と犬の吠える声が聞こえる。




「…グルルルルルルル!!!!」

「ガウガウガウ!!!」


「ちょっと!ライラちゃん!」

「すいません!こら!ホタテ!!!」

「こちらこそすいません!こら!ライラちゃん!」


「グルルル!!!バウバウ!!バウ!!」

「ガウガウ!!!」



 どうやら犬同士が喧嘩しているようだ。

 ここは僕の体質の出番かもしれない。




「あ、あの…」

「へ?」

「ん?」



 僕が2人の女性のところへ行くと、喧嘩していた犬同士はピタリと大人しくなる。

 どこか平伏しているように僕へ伏せをしていた。



「あらら…」

「え?どうして?」


 女性達は犬が急に大人しくなったことに驚いているようだ。

 

 僕には謎の体質があり、何故か動物には好かれるというか、敬遠されているようだ。


 昔、遠足で行った動物園でライオンが檻から逃げ出した時も、そのライオンが僕の前で腹を見せて転がり始めたことがあった。

 鳥が肩に止まることもたまにあるし、僕を見て逃げる猫に出会ったことがない。



 人間にはあまり好かれないけれど、人間以外の生き物には好意を持たれるようだ。




「…可愛いですね。名前はライラちゃんですか?」



 僕は60代の女性がライラと呼ぶ白い大きな犬の首裏を撫でてみると、目を細めて嬉しそうな表情を見せてくれていた。



「え、ええ、そうよ…私と旦那以外には絶対に懐かないのに…」



 続けて、20代の女性が連れていた黒い毛並みの犬の頭を撫でてみる。

 とても嬉しそうに目を細めながら僕の手を受け入れてくれていた。



「こっちもめちゃくちゃ可愛いですね。名前はホタテちゃんですか?」

「う、うん…すごい…トレーナーさんでもお手上げだったのに…」




 正直、動物は大好きだ。

 人と過ごすよりも、犬や猫と過ごした方が幸せを感じる。


 だけど、僕と反対に、母と妹は動物から嫌われる体質があり、犬や猫、ハムスターはおろか、金魚や亀ですら飼うことができないでいた。



 だから、こうして、外で犬や猫と戯れることのできる時間は貴重であった。




「あの、ありがとう」

「ええ、本当に助かったわ…このままじゃ、お互いに怪我しちゃってたわね」

「はい…本当に」


 2人の女性はそんな風にしみじみと僕へお礼を告げる。



「あ、いえ、どういたしまして」



 僕は、特に何かしたわけではないけれど、感謝を無碍にするのもいけないので言葉を受け取ることにした。



「そういえば、ボウヤは学校に行かなくていいのかしら?」


「あ!ヤバい!!」


 僕は遅刻しそうになっていることを思い出す。



「すいません!僕はこれで!」



「うん、気をつけていってらっしゃい!」

「ありがとー!」



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