第6話
家に帰ると玄関にスパイスの匂いがただよい、カズヤが夕食を用意して待っていた。その時ひかりは、自分が朝家を出てから一日中気を張っていたことに気がつく。炊き立ての白米の匂いを吸い込み、表情の強張りがほぐれていくのを感じながら靴を脱いだ。何よりカズヤのいる温かい空間がとても嬉しかった。
「お仕事お疲れ様。今日も大変だったんだね。」カズヤもひかりも口数が多い方ではない。だからこそ一言一言を大切にしている。言葉には声やスピードで良くも悪くも様々な余韻が発生する。ひかりとカズヤはお互いがそれを大事にし、余韻も含めた会話が出来ることに心地よさを感じていた。
「そうなの、いろいろ大変だった。ああ、お腹すいた。」荷物を置いて開放的になったひかりは真っ先に洗面所で手を洗う。
「うわあ、おいしそう。」
カズヤが作ったカレーを見てひかりははしゃいだ声を出す。仕事前のぴりぴりした朝とは別人のテンションで、そして夜は特に気持ちが開放的になるのものだ。
「明日はひかりは夜勤だから、今日はゆっくり眠れるね。それとも今から映画でも観る?」
ひかりとカズヤはあまりお互いの仕事の話をすることはない、1日何をしていたかよりこれから何をするか、何を考えているかを話すのを好んだ。2時間足らずのサスペンス映画を観ながら、2人でゆっくりカレーを食べて犯人の考察やストーリー、演技の感想を楽しんだ。
シャワーを終えたひかりを、カズヤは後ろから抱きしめて服を脱がしていく。まだ髪が完全に乾いていないことを気にしながら、ひかりは抵抗なくキスに応じる。カズヤが服を脱いだ時、ふとヤマカワの刺青が頭の中をよぎる。あの鮮やかな緑に覆われた身体には、どんな意味があるのだろう。ファッションなのか、強さの象徴なのか、それとも根性試しのようなものなのか、憧れの先輩が刺青をしていてそれを真似たのか。そんなことを考えながら肌色の胸板に手を滑らせる。
そして、ひかりが上になり優しくカズヤのペニスを握る。動かすとカズヤの息づかいがだんだん荒くなるのを感じる。ひかりはヤマカワのビーズのことを思い出さずにはいられなかった。しかしそれはとても悪いことのように感じた。カズヤにも、ヤマカワにもだ。再びひかりが下になり、カズヤから全身にキスを受ける。そしてカズヤのペニスがゆっくり中に入ってくる温かい痛みを感じながら、ひかりは自分がカズヤとのセックスに満足していると強く思った。そしてカズヤもそうであって欲しいと、ゆっくり身体を動かして応えた。
目覚ましの音でひかりは自分が裸のまま寝てしまったことに気がつく。服を探しながらシャワーの用意をするうちにカズヤもゆっくりと身体を起こしていた。
「夜勤なのに。もうちょっとゆっくり寝ないの?」
今は朝の8時だ。ひかりはシャワーを浴びて朝食をしっかり食べて、それが消化された頃に昼寝をしてから出勤するのが夜勤前のルーティンなのだった。
「またあとで寝るから。カズヤはゆっくりしてて。」
恋人との幸せな朝のはずなのに。ひかりの頭の中は既に夜勤メンバーが誰なのか、今日の患者の様子はどうかといったことでいっぱいだった。
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