第30話


「コリン。これを飲んで」


 アリスが能力の回復薬の蓋を開け、差し出す。

 僕が口を付けると、むせない程度に瓶を傾け、飲ませてくれる。


 全て飲み干すと、瓶に蓋をして、布の袋にしまった。


「アリス」


 クリフが駆け寄ってきて、僕達の横で立ち止まる。


「作戦を思いついた。協力し欲しい」

「分かった。話して」


「数分、戦っていて気付いたんだが、あいつはなぜか、人間しか攻撃してこない。そこでだ――」


 クリフは作戦を節めし始めた。

 人間しか攻撃してこない?


 それを聞いて、僕は最初に思った疑問の答えに気付いてしまった。

 それは――。


「コリン? 作戦、聞いてた?」


 アリスが首を傾げながら、僕を見つめている。

 考え事はしていたが、きちんと作戦は頭に入っている。

 僕は黙って頷いた。


「それなら良いけど」

「それじゃ頼むぞ。みんな」

「うん!」


 作戦通り、クリフ以外が散っていく。

 レッドドラゴンが上空へ。

 アリスは左側の溶岩の方へ。

 そして僕は、円の中心へと移動する。


 シールドキャットが動き出し、アリスの方へと向かっていく。

 その表情からは何も読み取れない。

 だけど――。


 クイック・ムーブで近づくシールドキャットから、全ての恨みをアリスにぶつけるかの気迫を感じる。


 ここ最近、過る事がなかった最弱という言葉。

 いまその言葉が僕の中で浮かび上がる。


 あのシールドキャットは、最弱の魔物だからと、この洞窟に置き去りにされたんじゃないか?


 だからあいつは酷く人間を恨み、人間だけしか攻撃しないんじゃ?

 それが合っているかは分からないが、辻褄は合ってしまう。


 僕がそう思っている間に、シールドキャットがアリスの所へ到着し、リフレクトシールドでタックルを仕掛ける。


 レッドドラゴンは作戦通り、アリスを掴んで飛び上がった。

 アリスが宙に浮かび、シールドキャットは溶岩の手前で立ち止まる。


 本当なら、ここで僕がクイック・ムーブを使ったタックルで、シールドキャットを溶岩へと突き落とさなければならない。


 だけど僕は、あいつの気持ちを思うと、どうしても一歩踏み出すことが出来なかった。


「コリン!」


 アリスやクリフが僕に声を掛けてくる。

 あぁ……何でこんな時に限って、耳栓をしていないんだ。


 僕が動き出すと、シールドキャットも作戦に気付いたのか動き出す。


 シールドキャットは溶岩から離れていった。

 作戦は失敗に終わるも、心なしか安堵している自分が居た。


 シールドキャットは首に下げていた布の袋を器用に外し、袋に頭を突っ込む。

 取り出したのは――なんと進化の結晶だった。


 ヤバいッ!

 僕がそう思って駆け寄っていく頃には、シールドキャットは額に進化の結晶を差し込んでいた。


 強い光が放たれ、眩しくて近づく事も出来ない。

 ――僕が目を開ける頃には、シールドキャットの進化は終わっていた。


 真獣タイプ……。

 艶のある短く黒い毛並みに、しなやかそうな美しい筋肉。

 その姿は黒豹、そのものだ。


 シールドキャットが僕達を鋭い眼で睨み、グルルルと威嚇をしてくる。

 進化する前でさえ、あの速さ。


 今度はどんな速さで攻撃を仕掛けてくるのか、想像も出来ない。

 僕は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


 シールドキャットがクリフの方に向かって動き出す。


 レッドドラゴンがパートナーの危機を察し、アリスを地面に下ろすと、クリフに向かって飛んで行った。


 シールドキャットが、クイック・ムーブを発動する。

 その速さは、目で追うのがやっと。そんな感じだった。


 シールドキャットのリフレクトシールドを張ったタックルが、クリフに当たりそうになった瞬間、レッドドラゴンが間に合い、クリフを押しのける。


 だがタックルはレッドドラゴンに当たり、レッドドラゴンは溶岩の方へと吹き飛ばされてしまった。


 レッドドラゴンは気絶をしてしまったのか、何も出来ずに洞窟の壁にぶつかり――溶岩の中へと落ちてしまう。


「ハイス!」


 クリフは叫びながら、レッドドラゴンが飛ばされた方へと向かおうとした瞬間、シールドキャットは爪でクリフの背中を攻撃した。


 クリフは簡単に背後を攻撃され、姿勢を崩して地面に倒れこむ。


「くそッ!」


 シールドキャットが倒れているクリフに向かって2撃目を浴びせようと、右腕を振り上げると、アリスが放った矢がシールドキャットの腕を捕らえる。


 刺さりはしなかったが、シールドキャットは腕に微かな傷を負った。


 シールドキャットは腕を下ろし、クルリとアリスの方に体を向ける。


 その隙を狙って、クリフは立ち上がった。

 だがその頃にはもう、レッドドラゴンは溶岩の底へと沈んでいた。


「ハイスーーーー!」


 クリフの悲痛の叫びが響き渡る。

 僕がクリフの元に辿り着いた頃には、クリフの顔は涙で濡れていた。

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