第21話
「もう、この罠。本当に嫌ッ!」
アリスの悲痛の叫びが不思議な洞窟に響き渡る。
全くだ! 僕もこの罠、大ッ嫌いだ!
僕達が掛った罠は、頭上から大量の水が降ってくるだけの単純な罠。
でも、これは地味に痛いことになる。
「あ~……髪の毛も、服の中もビショビショ! 乾かしたいから休んでもいい?」
賛成、僕も濡れたまま進むのは嫌だ。
僕は黙って頷く。
アリスと僕は、近くに落ちている木材で出来た武器や防具の布を拾い集める。
「――コリン。そろそろいいかな」
アリスはそう言って、布きれを手にすると、ランタンで火を点けた。
組んだ木材の下に、火が付いた布きれを入れ、しばらく待つ。
火は順調に次から次へと木材に移っていった。
あったかい~……。
「コリン。近づき過ぎて、尻尾を焦がさないでね」
『分かってるよ』
そう言いつつも、心配なので少し離れる。
「さて――」
アリスはそう口にして、皮の胸当ては脱ぎ、焚き火の側に置く。
続いて、ガサゴソと布の袋の中身を取り出し始めた。
「あ~……嫌な予感的中。これじゃ使えない」
アリスは濡れてグシャグシャになった巻物を右手でつまみ、僕に見せた。
この水の罠の本当に嫌な所はそこになる。
「帰還の巻物に強化の巻物、それに貴重な太陽の巻物まで……もう最悪」
アリスは今日手に入れた巻物全てを失って、ショックで首を項垂れる。
そりゃ、ショックだよね……でもこれが、上層で良かった。
もし中層や下層だったら命に関わっていたかもしれない。
アリスが項垂れていた首を上げる。
「まぁ、へこたれていても仕方ないかぁ。ある程度、服が乾いて、武器や防具の手入れが終わったら、とりあえずミノタウロスの所まで行きましょ」
僕は黙って頷いた。
※※※
僕達は休憩を終えると、上層5階を目指して歩き出す。
「あっ……」
アリスが声を漏らし、立ち止まる。
僕もアリスに合わせて立ち止まった。
目の前にシーフラビットが一匹。
ちょこんと座って、こちらを見ている。
あの日以来、出会っていないので倒しておきたい所。
でもシーフラビットとの距離は数メートルも離れていて、確実にこちらに気付いている。
ちょっとでも動けば、直ぐに逃げてしまうかもしれない。
それに通路の幅も厄介だ。
人間が両手を広げても、余裕のあるぐらいに広い。
さて、どうする?
「逃げてしまうの覚悟で、弓矢で攻撃してみるね」
アリスは背負っている矢筒から弓矢を取り出すと、弓を構える。
シーフラビットはその行動に気付き、こちらに向かって全速力で駆けてくる。
アイテムを盗みに来るのか?
だったら、あいつを横から突き飛ばして、アリスが狙いやすいように動きを止めてやる!
僕はシーフラビットに向かって駆けていく。
すれ違いになった瞬間、横からリフレクトシールドを張ったタックルを仕掛けた。
『なっ』
シーフラビットは読んでいたのか、軽やかにジャンプをしてタックルを避ける。
アリスが宙にいるシーフラビットめがけて矢を放つが、焦って放ったからか外れてしまった。
アリスが慌てながら次の矢を取り出して、構える頃には、シーフラビットはアリスの元に到着していて、アイテムを盗んで奥へと去って行った。
最初にあっけなく倒せた事もあり、舐めていた事もあるが、こうも情けない結果になるとは……。
僕達は少しの間、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「逃げちゃったね」
アリスが苦笑いを浮かべながら、矢を矢筒にしまう。
取られたアイテムは何だろ?
僕はアリスに近づいた。
アリスは布の袋を開け、中身を確認している。
「えっと……取られたのは引き寄せの石だわ」
アリスはそう言って、布の袋を閉じると、腰に掛ける。
しゃがみ込むと、僕が首から下げている布の袋を開けた。
「あなたは合流と言えないから、引き寄せの石を預かっておくね」
アリスはそう言って、袋から引き寄せの石を取り出すと、袋を閉じて、スッと立ち上がった。
「パートナー・コリン」
アリスは引き寄せの石を握り、合流したい相手の名前を変更する。
「あなたの分は、また買ってあげるからね。そうしたら、私の名前を入れてあげるから」
『分かった』
アリスは布の袋に引き寄せの石を入れると、歩き出す。
「いくよ」
僕はアリスに駆け寄る。
――本当にこの洞窟の魔物や罠は厄介だ。
あれから一年も経つのに、僕達はダークデーモンの所まで一度も辿り着けていない。
そう考えると、あの時は本当に奇跡だったのだと思える。
またあの時のように、最深部まで辿り着ける日が来るのだろうか?
今日の出来事で少し、不安になってしまった。
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