第20話

『アリス、今だ!』


 僕はアリスに言葉が通じないと分かっていても、ついつい興奮して、声を出してしまった。


「コリン。言わなくても、分かっているわよ」


 言葉が通じなくても、心が通じ合っているのか、アリスはショートボウを構えながらそう言って、空中から急降下してくる翼竜に向かって矢を放った。


 +3に強化されたショートボウから放たれた矢は、真っ直ぐ翼竜に向かい、額に突き刺さる。


 翼竜は奇声を上げ、動きが止まったかと思うと、そのまま落下していった。


 ――ズシンッと巨体が地面に叩きつけられ、砂ぼこりが舞う。


 アリスはこの日、初めて自分だけの力で、翼竜を仕留めたのである。


「やったー!」


 アリスは飛び跳ねながら、喜んでいる。

 僕はそんなアリスをジッと見上げていた。

 少しして、アリスは僕と向かい合うように立ち、しゃがみ込む。


「コリン、自分の力だけで倒せたよ」


 アリスは興奮冷めやらぬようで、声を弾ませそう言って、目をキラキラとさせている。


 良かったね、僕も嬉しいよ。

 僕がそう思うと、アリスはなぜか僕の両方のホッペを掴んだ。


「どっかの誰かさんが一人で無茶しない様に、頑張った甲斐があったわー」


 アリスはそう言いながら、僕のホッペを引っ張り、伸ばし始める。


 アリスはあの日からずっと、僕が一人でダークデーモンに向かって行った事を気にしていたらしい。


 まぁ、こうされても仕方ないか。

 アリスはここ一年、何かを決意したかのように髪の毛をショートボブに変え、頑張ってきた。


 このぐらいの報いは受けなければならない。

 ――ちょっと痛いけどね。


「あー……スッキリした」


 アリスはそう言って、爽快な顔を浮かべてスッと立ち上がる。


「さて、アイテム拾いに行こっと」


 アリスはドロップアイテムが落ちている方へと歩き出す。


 僕は獣の姿のままなので、ヒリヒリするホッペを手で擦る事も出来ず、そのままアリスの後に続いた。


 ――アリスがドロップアイテムの巻物と、青色の液体の入った透明な瓶を拾い上げる。


「帰還の巻物と、能力回復の薬か……太陽の巻物が無かったのは痛いけど、悪くないわね」

『そうだね』

「コリン、行こ」


 アリスは拾ったアイテムを布の袋にしまいながら、歩き出す。

 僕はアリスの後に続いた。


 ※※※


 ――下の階に着くと、アリスは早速、最後の太陽の巻物を使用する。


 アリスはフロアが明るくなると僕の方に顔を向けた。


「ここで太陽の巻物が無かったら、帰ろうね」


 もう無理する必要はない。

 僕は黙って頷く。

 アリスは僕が頷くのを確認すると歩き出した。


「――早速、分かれ道ね。右に行ってみましょ」


 左右に分かれた道を右に進む。

 道幅は狭くもなく、広くもない。

 この道幅なら剣を振り回しても問題ないだろう。


 奥の方からカシャ……カシャ……と、影の騎士が動く音が聞こえてくる。


 アリスは布の袋から雷玉を取り出した。

 徐に影の騎士が現れる。

 雷玉も火炎玉と使い方は一緒で、導火線に火を点けるだけ。


「コリン、下がって」


 言われたとおり、後ろに下がる。

 アリスも導火線に火を点け、影の騎士に投げつける瞬間、後ろに下がった。


 一筋の雷が、バリバリバリ……と凄まじい音を立て、影の騎士の頭上に落ちる。

 影の騎士は弱点をつかれ、一撃で消滅した。


「さぁ、奥に行きましょ」


 俺達は歩き始める。

 影の騎士の弱点は二つ。

 マジックアイテム、特に雷玉か脳震盪を起こすぐらいの打撃をアーメットメットヘルムに与えるかだ。


 後者はクリフが、よくやっている方法だが、僕がやるには能力を使わなければならないし、アリスでは力が足りないのか上手くいかなかった為、僕達が戦う時はマジックアイテムを使う方法を取っていた。


 幸いアリスの母が助かってから、洞窟で得られたお金はほとんど探索費用として使える事もあり、前よりは気楽にアイテムを使う事が出来ている。


 アリスが急に立ち止まる。

 僕も立ち止まり。視線を向けると、クリフとレッドドラゴン、そして奥の方に影の騎士を発見した。


「ハイス。火炎放射を頼む」


 クリフの指示に従い、レッドドラゴンは細くて遠距離まで届く程の炎を吐き出す。

 影の騎士は炎に包まれ、消滅した。


 レッドドラゴンはまだ進化をしていないが、能力の使い方が増えている。

 クリフ達も色々と考え、成長している。

 負けていられないな。


 僕達が歩き始めると、クリフはまだ僕達に気付いていない様で、レッドドラゴンの頭を優しく撫で始める。


「ハイス。よくやったな」


 クリフは昔から、あぁやって褒めていたのだろうか?

 それは分からない。


 だけど今、レッドドラゴンを優しく撫でているクリフの表情は柔らかく、まるで友達……いや、子供を褒めているかの様だった。


 レッドドラゴンも、心なしか嬉しそうに撫でられている様に見える。

 もしかすると、僕達の影響を受けていたりして。 


「クリフ」


 アリスが近づきながらクリフに声を掛けると、クリフは慌てて手を引っ込める。


「何だよ」


 クリフは照れ隠しなのか、素っ気なく返答した。

 別に照れる事なんてしてないのにね。

 思わず笑みが零れてしまう。


「ごめんねー。お楽しみの所」


 コラコラ、アリス。

 茶化しちゃいけないよ。

 気持ちは分かるけど。


「別にそんなんじゃないし……ところで順調に進んでいるようだな」

「お互いにね」

「無理するなよ」

「うん、大丈夫」


 クリフはアリスの返答を聞くと、レッドドラゴンの方を向く。


「いくぞ」


 そう言って、レッドドラゴンと共に奥の方へと歩き出した。


「本当……からかいようがある二人ね」


 アリスはそう言いつつも、二人を見守るかのような温かい目で見送っていた。


「さて――」


 アリスは僕の方に体を向け、しゃがみ込んだ。


「もう少し探索したかったけど、無理するなって言われたし、帰ろうか?」


 僕はジャンプして肩に乗ると、黙って頷いた。

 アリスはスッと立ち上がり、布の袋から帰還の巻物を取り出し、読み始める。


 無事、洞窟の外に出ると僕達は何もせずに、まっすぐ家に帰った。

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