第19話

「でも、私も戦いたい」

「うん。俺が光線をどうにかするから、その後を頼む」

「――分かった」


 アリスは眉をひそめ、納得いかない表情を浮かべるが返事をした。

 俺はアリスの肩をポンっと叩くと前に進む。


「クリフ!」


 やはりクリフのレベルでも光線は厄介のようで、クリフとレッドドラゴンは、ダークデーモンから距離を置いて、様子を見ていた。

 クリフが俺の方を向く。


「ちっ……もう準備が終わってしまったのか?」

「あぁ。ありがとう」

「それで、どうするんだ? ここまで来たんだ。手を貸してやる」


 俺は首を横に振る。


「いや、いらない。それより――」

「それより何だ? 言ってみろ」

「アリスの事を頼む」


 クリフは真剣な目で俺をジッと見つめる。

 その目は鋭く、俺の本当に言いたい事が伝わったのか、その表情は怒っているようにも見えた。


「お前、アリスを守り抜くって言っていたよな?」

「あぁ、言った」

「だったら最後まで貫き通して見せろよ!」


 いつも冷静なクリフが、怒鳴り飛ばす。


「ふっ……手厳しいな。――じゃあ、黙って指をくわえて見ていてくれよ。俺達の力を」

「仕方ない。俺達もあの光線はどうにも出来なかった。見ていてやるよ」

「ありがとう」


 俺は呟くようにそう言って、クリフの肩をポンッと叩くと、前に進んだ。

 おそらく、この距離はまだ射程範囲外。


 すぅー……っと息を吸い、息を整える。

 正直、弱気になっていた。


 最後まで見届けて、アリスの笑顔を見たかった……そう思うまでに。

 だけど、クリフの一言で少し強気になれそうだ!


 俺はギュッとロングスピアを握り、構えると、形振り構わず一直線にダークデーモンに向かって、走りだす。


「はぁぁぁぁ……」


 光線の射程範囲に入ったのか、ダークデーモンが腕を突き出す。

 狙うは掌!

 そこだけは光線を出すために無防備だ。


 まだ距離は数メートルある。

 それをこの技で一気に詰める。


 一点集中……。

 リープとは違う。

 スピードを跳ね上げるイメージ。


 右足を蹴り上げる瞬間に足の裏に、全力のリフレクトシールドを張る。


 激痛が走り、骨が折れたのが分かる。

 それでも構わない。

 グンッとダークデーモンとの距離が縮まる。


「ダークデーモンッ! ここまで強くしてくれたアリスの為に、この一撃に全てを込めて、お前を貫く!」


「アリスを! 家族を! 俺は守ってみせるッ!!」

「誰も死なせねぇ!!!」


 左足で着地し、また蹴り上げると同時に足の裏に、全力のリフレクトシールドを張った。

 一気に加速し、ダークデーモンに向かって飛んでいく。


「ライトニング・スピアッ!!!」


 俺がロングスピアを突き出した瞬間、ダークデーモンの掌の目がカッと開き、光線が放たれる。

 この態勢ではもう――。


 ※※※


 ハッと目を覚まし、体を起こす。

 洞窟じゃない?

 ここは――。


「良かった。目が覚めたんだね」


 アリスの優しい声が聞こえる。

 僕は声がした方を見上げた。


 ここは見覚えがある。

 きっと村の真ん中にある大きな木の下……。


 なぜ僕はここに居て、アリスの柔らかい太ももの上で、座っているんだ?


「混乱してるでしょ? 一つずつ説明してあげるね」


 アリスはそう言って、僕の頭を優しく撫で始めた。


「まず、あなたの渾身の一撃だけど、ちゃんとダークデーモンの掌に刺さったわ。だけどその後、攻撃によって軌道がズレた光線が、あなたの額の進化の結晶に当たって砕けてしまったの」


 そういう事か。

 だから今、進化前の姿なのか。


「その後はクリフが持っていた全回復の薬で、直ぐにあなたを治して、クリフ達と一緒にダークデーモンを倒して、帰還したの」


 何となく思い出した。

 確かに意識が飛ぶ前に、アリスに何か言われ、ゴクリッと飲んだ


「倒せたのはコリンが弱らせてくれたおかげだよ、ありがとう」


 倒せたのか、良かった……。

 じゃあ、アリスの母親は助かったのだろうか?


「お母さんがどうなったか気になる?」


 アリスは笑顔でそう言って、僕を抱き上げ、肩に乗せると、スッと立ち上がった。


「付いてきて」


 僕達はアリスの家へと向かった。


 ※※※


 家に着くと、アリスの母が居る奥の部屋へと向かう。


 アリスが扉を開け、中に入ると、そこには上半身を起こして座っているアリスの母が居た。

 横にはアリスの父も居る。


 カーテンが開けられ、陽の光が差し込んでいるからか、二人の表情はとても明るく澄んでいるように見えた。


 アリスの母が、ニコッと優しい笑顔を見せる。

 笑った姿もアリスにソックリだな。

 痩せ細ってはいるものの、肌の青白さは消えていた。


「コリンちゃん。おいで」


 僕はアリスの肩から、ベッドの上に飛び乗る。

 膝の上に乗っても大丈夫だろうか?


 僕がそう思い、立ち止まっていると、アリスの母は布団をポンポンと軽く叩いた。


「大丈夫よ。おいで」


 僕は、ゆっくりとアリスの母の方へと近づいた。


「あなたのおかげで助かったって娘から聞いたわ。ありがとうね」


 アリスの母は、僕を優しく引き寄せると背中を撫で始めた。


「俺からも御礼を言わせて欲しい。ありがとう」


 アリスの父はそう言って、頭を下げた。


『いえ、僕は何も……』


 あ、そうだった。俺は獣の姿に戻ってしまったんだった。

 僕は黙って頷いた。


 ――しばらくすると、アリスの母と父は、今まで話せなかった分を埋めるかのように、二人だけで話し始める。


 その表情はとても柔らかく、クシャッとした笑顔を浮かべ、幸せそうだった。

 アリスの父……あんな表情も出来るんだね。


 ――当り前か、今までは娘と奥さんと心配事が沢山あったんだもんね。

 解放されて良かったね!


「コリン。おいで」


 アリスはそう言って、手まねきをした。

 僕はベッドから下りる。

 アリスは僕を抱き上げると、部屋から出た。


「久しぶりに会話が出来たんだもん。二人だけにしてあげましょ」

『そうだね』


 俺達は家から出ると、庭の芝生に座る。


「ダークデーモンを倒したら、透明の瓶に赤色の液体が入った薬が出てきて、それを鑑定ルーペで鑑定したら、完治の秘薬という薬だと分かったの」


「何でも願いが叶うって噂だったけど、何でも願いが叶う程の価値の物が得られるって意味だったのかしらね?」


 アリスは青く透き通った空を見上げる。


「いずれにしても、助かったわ……」


 柔らかい風がアリスの髪をなびかしている。

 アリスは耳に長い髪を掛けると、僕の方に顔を向けた。


「コリン。これからどうしようか?」


 目的は達成した。

 僕はアリスの願いさえ叶えば、それで満足だ。


 アリスはどうしたいんだろ?

 そう聞きたいけど、今の僕じゃ言葉が通じない。


「実はね。コリンに伝えてない事が、まだ一つあるの」


 伝えてないこと? 何だろう?

 アリスは口を手で覆うと、耳打ちをするように僕の耳に顔を近づけた。


「ダークデーモンを倒したあと何だけど、まだ下の階に続く階段があったの」


 何だって……。

 まぁ、考えたら誰もダークデーモンを倒していないんだ。


 その先の階段があるなんて誰も知らなければ、最深部だと勘違いしても、おかしくはない。


 アリスは僕から顔を離すとニコッと笑う。


「その先へ行ってみたいと思わない?」


 興味はある。

 だけど、僕はこの姿。

 大丈夫だろうか?


「コリン」


 自分の体を見つめている僕に向かって、アリスが声を掛けてくる。

 僕はアリスの方に顔を向けた。


「いまの姿を気にしているの? 私は気にしないから、大丈夫だよ」


 アリスはそう言って、両手でガッツポーズを見せた。

 少しして足を抱えると、ジッと遠くを見据えて黙り込む。


 何か考え事でもしているのかな?

 様子を見てみる。


「ごめん、嘘ついた」


 アリスはそう言って照れ臭そうに舌を出す。


「本当は、もう一度おしゃべりしたいなー……なんて思ってる。奥に行けば進化のクリスタルが手に入るかもしれないし、一緒に探そうよ」


 僕も、もう一度、アリスとしゃべりたい。

 僕は言葉じゃ伝えられない分、同意の意を込めて、アリスの体に寄り添った。


 “まだまだ僕の冒険は続きそうだ”


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