第18話

 回復する薬はこれで使い切ってしまった。

 あれこれ試せるほど余裕はない。


 だがあの光線をどうにかしなければ、勝利は無い。


 いや、勝利どころか帰れるかも不安だ。

 落ち着け……冷静に法則を探るんだ。


「ねぇ。何であいつ、こちらをジッと見ているだけで、攻めてこないのかな?」


「分からない。翼をやられたから、警戒しているのかもしれない」


「いまのうちに逃げる?」

「いや……せっかく、ここまで来たんだ。次はいつ来られるか分からないし、何とか切り抜けたい」


「分かった。肩の方、治った?」


「あぁ、完璧だ」

「良かった。どうやって攻めようか?」

「そうだな……」


 おそらく奴が右腕の防御を強化しているのは、光線を放てる右腕を切り落とされたくないから。

 だとすると、光線をどうにかする手段は一つ。

 あそこを狙うしかない。


 光線がある以上、出来るだけ遠くから狙いたい。

 何か無いか?

 辺りをキョロキョロと見渡してみる。


「どうしたの?」

「いや、何か遠くから攻撃できるものがないかと思って」

「なるほど」


 こうやってみると、点々と武器が転がっている。

 剣にハンマー、それにヤリ。

 ヤリか、あれなら――。


「何をジッと見てるの?」

「あそこにあるロングスピアだ」


 俺は数メートル先にある槍を指差す。


「ヤリ? 扱えるの?」

「使った事はないが、きっとどうにかなる」

「でも、あそこまで遠いよ?」


「そうだな。だが慎重に取って来る。君はここに居てくれ」


 アリスは心配をしてくれているのか、眉を顰めたが、直ぐに口を開いた。


「分かった。気を付けてね」

「あぁ。もしあいつが右腕を突き出したら、避けることだけを考えてくれ」

「分かった!」


 俺は右の壁際にあるロングスピアに向かって走り出す。

 ダークデーモンはそれに気付き、右腕を上げる。


 俺は立ち止まり、意識を集中させた。

 ――放って来ない? なぜ?


 俺は奴の動きを見ながら、擦り足で横に移動する。

 だがダークデーモンは攻撃を仕掛けてこなかった。


 そのままロングスピアとの距離を詰め、奴に目を向けながら、槍を回収しよう手を伸ばす。


 ロングスピアの持ち手を掴んだ瞬間、ダークデーモンの掌の目がカッと開く。

 しまったッ!


 俺は槍を持ちながら、後ろに避けるしか出来なかった。


「コリンッ!」


 ――痛くない?

 光線は俺に届かず、目の前で消えていく。

 後ろに避けたことで、ギリギリ射程範囲外に達したのか?


「ふー……」


 胸をなでおろしながら、後ずさりで後ろに下がる。

 なるほど、奴が様子を見ていたのは射程があったからか。


 さて、槍は手に入った。

 作戦も大体、決まった。

 後は――。


「コリン、危なかったね」

「あぁ」

「それで、ヤリをどうやって使うの?」


「苦戦しているのか?」


 後ろから突然、聞き覚えのある男の声が聞こえ、俺達は振り返る。


「クリフ!」


 アリスは緊迫した空気の中、クリフが来てくれた事に安堵したのか、嬉しそうにクリフに近づいた。


 悔しいが俺も安堵する。

 丁度良いところへ来てくれた。

 これで俺は、心置きなく前へ進める。


「クリフ。さっきは引き寄せの石、ありがとう」

「いや、大した事はしていない。それより今、どんな状況なんだ?」

「えっと――」


 アリスと俺は今の状況をクリフに説明した。


「なるほど。状況は分かった」

「クリフ」


 俺がクリフに話しかけると、クリフは俺の方に顔を向けた。


「頼みがあるんだ」

「頼み? 何だ?」


「光線をどうにかする準備をしたいんだ。それまで繋いで欲しい」

「断る」


 クリフは鞘からロングソードを抜く。


「俺がお前より先に、奴を倒す! ハイス、行くぞ」


 クリフはそう言って、ハイスと共にダークデーモンの元に向かって行った。


 あいつは素直じゃない。

 おそらく了解したと取っていいだろう。

 それより――。


「アリス。能力の威力アップ果実を出して欲しい」

「いま食べるの?」

「あぁ」

「分かった」


 アリスは腰に下げてあった布の袋に手を突っ込み、能力の威力アップ果実を取り出す。


「はい、どうぞ」


 俺はアリスが差し出した薄紫色の果実を受け取る。


「ありがとう」

「私、クリフ達の様子を見てくるね!」

「あぁ、気をつけろよ」

「うん!」


 アリスはクリフ達の所へ駆けて行った。

 アリスの方はクリフが居るから問題ないだろう。


 さて、果実を食べるか。

 この果実は能力アップと使用回数を2回分、回復する効果もあるから、残しておいて良かった。


 俺は果実を齧りながら、アリス達を見守る。

 これで最後か……。

 アリスとここまで来た思い出が、走馬灯のように過ぎていく。


 シールドキャットは最弱だ。

 村の人間達は、確かにアリスの言うとおり、そう言っていた。

 そう言われる所以は初期ステータスの低さ。


 シールドキャットは、かしこさ以外どの魔物より劣っていて、能力だって防御力さえ高ければ、必要ないというのだ。


 パートナーを連れている人間達の間では、かしこさは一番無駄だとされている。


 だからクリフみたいな考えで、言う事さえ聞けばそれ以上、上げたりはしない。

 それが当たり前となっているらしい。


 だけどどうだ――最弱と呼ばれている俺だけど、こうして誰も倒したことのない魔物の前まで辿り着いている!


 俺は果実の最後の一口を口に放り込むと、ゴクリッと飲み込んだ。


「アリス」


 アリスが振り向く。


「なに?」

「ちょっと来て欲しい」

「分かった」


 アリスが駆け寄って来て、向き合うように俺の前に止まる。


「どうしたの?」

「伝えたいことがあるんだ?」


 アリスが不思議そうに首を傾げる。


「伝えたいこと?」

「あぁ。君、私なんていらないぐらいって言ってたよね?」

「あぁ、そのこと……忘れて良いよ」


 アリスはそう言って苦笑いを浮かべた。


「忘れないよ。今なら、そんな事ないってハッキリ言える。その理由をいま、伝えたいんだ」


 アリスが俺の目をジッと見つめ、真剣な表情へと変わる。


「分かった。聞かせて」


 俺は深く頷く。


「パートナーに強さだけを求めない。話しながら探検したい。そんな純粋な君の想いから、俺はこの姿になれた」


「初めて手に入れて君が与えてくれた知恵の実は、決して無駄なんかじゃなかった」


「こうして、お互いに気持ちを伝えあう事が出来て、その力は初めて開花したんだって思う」


 俺はアリスをジッと見つめ、両肩にポンっと手を置く。


「今ある俺の強さは俺の力じゃない。俺は君が居たから、ここまで強くなれたんだ」


「だからアリス、私なんていらないじゃない。この強さは君の力なんだ」

「コリン……ありがとう」


 アリスは薄らと目に涙を浮かべ、肩を震わせている。

 俺はアリスの肩からスッと手を離した。


「アリス。今から君の力を見せてあげる。君はここで、見守っていてくれ」

「え?」

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