第11話

 少しして、俺はアリスの父を残し、アリスの母の部屋から出た。


 居間に向かうと、居ても立っても居られなかったのか、アリスが不安げな表情で立っていた。


「コリン、どうだったの?」

「大丈夫だったよ」


 アリスの表情がパッと明るくなる。


「じゃあ、許可が得られたって事?」

「うん」

「良かった……これで気兼ねなく不思議な洞窟に行けるね!」

「そうだね」


 気兼ねなく探索できるのは、割りと大きな一歩だ。


 俺達はそれを気にして、早めに探索を切り上げる事もあった。


 これからは時間が掛けられる。

 だからといって、悠長に構えることは出来ない。

 時間は限られている。


 アリスが首を傾げて、俺を見つめている。


「どうした?」

「コリンこそ。何か考え事?」

「何でもない。単なる拍子抜け」


 アリスはそれを聞いてニコッと笑った。


「あぁ。分かる、分かる。もっと怒られると思ったもんね」

「そうだな」


 怒られなかったのは良かったけど、これからが本番だ。

 気を引き締めなければ。


 ※※※


 その日の夜中。

 俺はコソッと家を抜け出し、村の近くにある草原に来ていた。


 周りには俺しかおらず、フクロウの声しか聞こえない。


 ここなら誰も来ないだろう。

 月明かりに照らされる中、ソッと目を閉じる。


 時間が限られている以上、俺が出来る事も限られてくる。


 きっとこの先、今まで以上の困難が待ち受けているはず。


 このまま何も考えずに進めば、もたつく事になってしまう。


 もっと強くなりたい。

 そのために技を増やさなければ。

 進化した俺が出来ること……それは何だ?


 ――一つ思い浮かんだ。

 目を開き、ギュッと両手を握る。


 アリスの事だ。きっと明日も朝早く、洞窟に行きたいと言い出すはず。

 それまでに、試してやるッ!


 ※※※


 次の日、やはりアリスは、朝から行くと言い出したので、俺達は洞窟へと向かった。

 探索を程々にし、上層5階に到着する。


「コリン。ちょっと待って」


 アリスはそう言って立ち止まる。

 前を歩いていた俺は、アリスに近づいた。


「どうしたんだ?」

「あそこに剣があるの」


 アリスの指差した方向に、確かにロングソードが転がっていた。


 冒険者の誰かが落としていったのだろう。

 見た感じ、金の装飾が施されており、高く売れそうだ。


「ちょっと取ってくるね」

「分かった」


 アリスは指差した方に行き、俺はその場で待つ。

 ――アリスは剣を回収し、戻って来ると布の袋からルーペを取り出した。


 このルーペは、普通のルーペでは無く、物の価値を鑑定できるアイテムで、マジックアイテムに分類される。


「どうなんだ?」

「金はメッキみたい。だけど強化レベル2だから、攻撃力はありそうね」

「そうか」


 この洞窟では、武器や防具を強化することが出来る。


 それには使い捨ての強化の巻物を手に入れ、読みあげる必要があるが、巻物が手に入るのは運次第。


 全く手に入らない時もあれば、また手に入ったという時もある。


 不思議な洞窟では、強化した武器は持ち帰る事が出来ても、強化された部分は維持できない。

 つまり唯のロングソードに戻ってしまう仕組みになっている。


 だから強化された武器が手に入るのは、貴重だったりする。


 強化レベル2か……。

 10まで上げることが出来るのに対して2は低い方。

 だけど、繋ぎとしては使えそうだな。


「アリス。その剣、どうするつもりだ?」

「私のロングソードはレベル3だから一応取っておいて、もっと良いのが手に入ったら捨てるかな」

「だったら、俺に預けてくれないか?」


 アリスが不思議そうに首を傾げる。


「良いけど」


 そう言って、ロングソード+2を差し出した。

 俺は受け取ると、鞘から剣を抜く。


「あと一つ。頼みがあるんだ」

「なに?」

「せっかく人間のように両手が使える様になったんだ。俺に剣の使い方を教えてくれ。そうすれば能力を使わずに済む」

「分かった!」


 ※※※


 こうしてアリスから数分、手解きを受ける。


「ありがとう。後は実戦で鍛える」


 俺は剣をしまいながら、そう言った。


「うん」

「出来れば上層で鍛えたいから、これから先、俺一人で戦う。危なくなったら手を貸してくれないか?」

「うん、分かった」

「じゃあ、先に進もう」


 俺達はランタンの明かりを頼りに、デコボコとした地面の上を歩き始める。


「それにしても、この洞窟って本当に不思議だな」

「そうね。不思議な事がいっぱいあるから、ここに入るにはパートナーの魔物がいる事って決められているぐらいだしね」


「え? そうなのか?」

「うん。昔はそんな事、無かったみたいだけど、帰ってこない人が続出したみたいで、召喚士を雇って、異世界の魔物を召喚してもらって、同行させることで、減少させたみたい」


「へぇ……召喚士から魔物を召喚してもらうのはタダなのか?」


 アリスは首を横に振る。


「うぅん、お金がいるよ。私の場合、13歳から働いて、そのお金で召喚して貰ったの」

「そうか……」


 アリスの事だ。

 母親の事もあるし、一生懸命働いたんだろうな。

 それなのに俺で、ガッカリしたのだろうか?


 聞いてみたいけど、凄く怖い……。

 そう思っていると、なぜかアリスが俺の右手を掴み、ギュッと握る。


「どうした?」

「コリン。私、あなたで良かったと思ってるよ!」


 アリスは優しい声でそう言って、安心できる笑顔でニコッと笑った。


 一瞬、心を読まれたかのようでドキッとしたが、いまは幸福感で胸がいっぱいで、涙が出そうなのを必死に堪えていた。

 天井を見据え、口を開く。


「ありがとう……」

「どう致しまして!」


 アリス。

 照れ臭くて言えないけど、俺もアリスで良かったと思っているよ。



 ※※※


 俺達は会話が途切れると、無言で奥へと進む。

 奥へ進んでいる間、ゴブリンやスライムなどに出くわしたが、能力を使わず難なく倒すことが出来た。


 問題はミノタウロス。

 中層でミノタウロスは普通に存在する。

 言ってしまえば雑魚敵だ。


 そんな奴に能力使っているようじゃ、先が思いやられる。

 奴も能力なしで倒しておきたい所。


 そう考えながら曲がり角を曲がると、無事にミノタウロスが待ち構える部屋へと辿り着く。

 アリスが鞘から剣を抜こうとした時、俺は手で止めた。


「どうしたの?」

「まずは俺が接近戦で戦う。アリスは援護を頼む」

「大丈夫?」


 アリスは心配そうに眉を顰める。


「大丈夫。いざとなったらリフレクトシールドがあるから平気だ」

「分かった」


 アリスは剣をしまった。


「アリスは火炎玉の準備をしておいてくれ」

「了解!」


 アリスは返事をして、布の袋に手を入れた。


「さて……先に行ってる」

「気を付けてね」

「あぁ」


 俺は鞘から剣を抜きながら、ミノタウロスの方へと歩いて行った。


 向こうも俺に気付き、突進してくる。

 まず最初は――力勝負だッ!

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