第9話

「んー……」


 森を抜けた所で、アリスが目を覚ます。

 やはり思い通りにはいかないか……。

 両手で顔を隠したい所だが、塞がっていて無理だ。


 仕方ない。

 俺はその場で立ち止まった。


「大丈夫か?」


 アリスは目を見開き、驚いた表情で俺を見つめている。

 ここまでは、想像がつく。


「えっと……あなたは?」


 アリスはまだ、俺がコリンだと気付いていない。

 いっそ嘘をついてしまおうか?

 そう迷う程、今の自分に自信が持てなかった。


「まさか、コリン?」


 面影が残っているのか、アリスは直ぐに俺だと気付く。


「あ、あぁ……」

「コリン!」


 アリスは上半身を起こし、俺の首に手を回すと、ギュッと抱き締めた。


「あぁ……無事で良かった」


 心配していたのは俺だったのだが……まぁ、この様子なら大丈夫そうだな。

 緊張の糸が途切れ、笑みが零れてしまう。


「痛い所は無いか?」

「うん、平気」

「そうか、良かった」


 俺はゆっくり、アリスを草むらに下ろす。

 アリスは首から手を離し、向き合うように立った。


「コリン、喋れる様になったのね」

「あぁ。喋れるようになるには、人型になる必要があったみたいだな」


「そうみたいね。ねぇ、私が落ちた後、どうなったの?」


 俺は今起きた事をアリスに説明をする。


「そうだったの……危機一髪だったのね。ありがとう、さすが頼れるパートナーね!」


「いや、パートナーを守るのは当然だから」

「ふふ」


 あ、そうだ。あの事、謝っておかなければ。


「えっと……すまない」

「何が?」

「大切な進化の結晶を、勝手に使ってしまった」


 アリスはニコッと微笑む。


「大丈夫だよ。どの道、あなたに選んで貰うつもりだったし」

「そうか、良かった」 


 普通に話している様子から、嫌がったり、怖がったりしていない事は分かる。

 だけど――。


「なぁ」

「なに?」


 アリスは首を傾げる。


「その……俺の姿、怖くないか?」


 勇気を振り絞って聞いてみる。


「怖い? 全然。怖いどころか可愛いって思う」


 え? 可愛い?

 思わぬ反応に、こっちが戸惑ってしまう。


「人間のような姿になって、大きくはなったけど、いつもと変わらず可愛いコリンのままだよ」


 アリスはそう言って、ニコッと笑った。

 そうか……そういう事か……。


「ありがとう」

「礼を言われる事は何もしてないけど、どう致しまして。これからどうしようか?」


「高いところから落とされたんだ。とりあえず医者に診てもらった方がいい」

「分かった」


 アリスは返事をして、歩き出す。

 俺も後に続いた。


 獣だった頃は感じなかったが、こうして後ろを歩いていると、アリスって意外に背が小さかったんだなって思う。


 いや、俺が大きくなったからか。頭一つ分ぐらいの身長差がある。


 そんな事を考えながら歩いていると、アリスが急に足を止める。

 どうしたんだろう? 俺も立ち止まった。


「どうした?」


 アリスが振り向く。


「多分、落下のショックで気絶しただけだから、医者は後回しで大丈夫だと思う。だから、先に服屋に行かない?」


「服屋? どうして?」

「どうしてって……」


 アリスは俺の体をチラッと見ると、恥ずかしそうに頬を赤くして、俯いた。


 あ、そういう事か……魔物は基本、服は着ない。

 恥ずかしいなんて感覚は無かったが、意識されてしまうと、こちらまで恥ずかしくなる。


「分かった。じゃあ先に服屋に行こう」

「うん!」


 アリスは元気よく返事をして、先をズンズンと歩き始める。

 なんだか楽しそうだな。


 ※※※


 数分歩いて、赤い屋根が特徴の丸太を組み合わせて出来た服屋に到着する。

 俺は店の前で立ち止まった。


「どうしたの?」

「俺は、この辺で待ってる」

「あー……分かった。どんなのが良いとかある?」

「そんなこと聞かれても、俺には分からない」


「そうだよね。じゃあ、私が適当に選んでくるね」

「あぁ、そうしてくれ」


 アリスは俺の返事を聞くと、店の中へと入っていった。


 俺は店の横にある太い木の方へと向かう。

 木の下に来ると、ゆっくり座り、幹に背中を預ける。


 ソッと目を閉じ、さっきの戦いを振り返る。

 本当に危ない戦いだった。

 今日は運が良かっただけで、今度はもう……。


 全ては俺が躊躇ったからだ。

 躊躇わなかったら、アリスが危険な目に遭う事も無かったかもしれないし、翼竜に勝てていたかもしれない。


 目を開け、両手の掌をジッと見つめる。


 “今度はもう迷わないッ! ”


 そう心に誓い、両手をギュっと握った。


「コリーン?」


 アリスが探している声がする。

 俺は立ち上がると、店の前まで移動した。


「あ、コリン!」


 店の前で、服を持ったアリスが俺を見つける。


「すまない。人目の付かない所で休んでいた」

「あ~、そういうこと。はい、服」


 アリスはそう言って、上着とズボンを渡してくる。

 上着は茶色のチュニックで、下は黒い長ズボンだ。


「ありがとう」


 俺は御礼を言って、受け取った。

 これが俺に似合うかは分からない。


 だけど、アリスの事だから真剣に選んでくれた筈だ。

 有難く着させてもらう。


 悪戦苦闘しながらも、服を着終わった俺を、アリスは後ろで手を組んで、マジマジと見ている。


 そんなに見られると、何だか恥ずかしい気分なんだが。


「うん、思った通りね! 似合ってるよ」

「あ、ありがとう」

「服のサイズは大丈夫? きつくない?」


「尻尾が、きつい」

「あぁ!」

「どうした!?」


 アリスが突然、大声を出すのでビックリしてしまう。


「尻尾の穴、開けて貰うのを忘れた! てへッ」


 アリスはそう言って舌を出す。

 何だ。そんな事か……。


「今度は一緒に、店の中に入ろうよ」

「そうだな」


 俺達は肩を並べて歩き出し、店の中に入った。

 アリスと一緒に店に入る事は初めてではない。


 それなのに、なぜだろうか?

 進化前と違って、ひどく胸が高揚していた。


 ※※※


 服屋の店員に尻尾の穴を開けてもらうと俺達は店を出る。


 次は、診療所へと向かった。

 幸い、どこにも異常がないと診断され、診療所を後にする。


「この後、どうする?」


 俺は歩きながら、アリスに聞いた。


「そうね……」


 アリスは歩きながら、顎に右手の指を当て、考え始める。


「いらない装備を売りたいから、道具屋は行くでしょ。あとは不思議な果実屋はどうしようか? 筋力の果実、交換する?」


 アリスはそう言って、右手を下して、俺の方に顔を向けた。


「そうだな……」


 アリスを軽々、持ち上げるぐらいの筋力は手に入れた。

 だからといって、翼竜を殴った時に、飛ばすぐらいの威力はないだろう。


 そう考えると、俺の最大の武器はリフレクトシールド……。


「筋力は後で良いから、能力をどうにかしたい」

「分かった。使用回数を増やす? 威力を強化する?」


 それが悩み所だ……。

 能力はどんなに威力を調整しても一回分とカウントされる。


 能力が使えなくなれば、俺はほとんど人間と変わらない。


 威力については今のところ、問題はないが、今後もっと強い敵が現れるかもしれないし、あった方が良い。


 それに一回分が強くなる事によって、使用回数を減らせることだってある。


「能力の威力アップ果実にしてみよう」


 アリスがニコッと微笑む。


「分かった」


 返事をして、正面を向いて歩きだすと、後ろで手を組んだ。


「こうやって、話が出来るって良いね」

「そうだな。迷わなくて済む」

「そうね。それもあるけど、嬉しいな」


 アリスは歩きながら、青空を見上げる。


「コリンがパートナーになった時から寂しいって感じた時は無かったけど、やっぱり反応が分かるのは嬉しいし、一人じゃないって安心できる」


 アリスが歩きながら、俺の顔を覗き込んでくる。


「これからも、宜しくね」

「あぁ」


 俺も歩きながら、返事をした。

 アリスは俺の返事を聞いて、笑窪を浮かべて、可愛らしい表情で微笑んでいた。

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