第6話
アリスが進化の結晶を拾い上げる。
「コリン、おいで」
言われた通り、アリスに近づく。
到着すると、アリスは僕を抱き上げた。
やっぱり直ぐに使うんだね。
思わず目を閉じてしまう。
「コリン。この結晶、どうしたい?」
え?
思わぬ質問に驚き、目を開ける。
アリスは僕を抱き上げた状態で、僕を見つめていた。
「あなたの気持ちで、決めて良いよ」
まさか魔物である僕に、決定権をくれるなんて……。
思わぬ質問に思考が追いつかない。
どうしたいか……正直、迷ってしまう。
数分、黙っているとアリスは、僕を地面に下ろす。
「ごめん。そんなこと、すぐに決められないよね。決まったら、教えて」
アリスはそう言って笑顔を見せたが、明らかにテンションは下がっていて、寂しげだった。
それ以上は何も言わずに、先に進み出す。
ごめん、アリス。
今までだって、この姿でやってこられたんだ。
出来れば僕は、このままが良い。
そう思いながら、僕はアリスの後を追い掛けた。
※※※
下の階に進み、ミノタウロスが居た場所に辿り着く。
やっぱりミノタウロスは復活していて、階段を塞いでいた。
さて……ガーゴイルの像は無かったから、自力で攻略するしかない!
ミノタウロスが僕達に気付き、徐に近づいてくる。
「コリン、やるよ!」
アリスは剣と盾を地面に置き、腰に掛けてあったランタンを左手に持った。
火炎玉を1個、布の袋から取り出し、右手に持つ。
ランタンと火炎玉を持っているせいで、革の胸当てを装備はしているものの、腕は無防備状態になっている。
前回、アリスは盾で防いで押し負け、剣はダメージを与えられなかった。
だから防ぐより避ける方に切り替え、邪魔になりそうな剣と盾を外し、目線を出来るだけ下に向けない様にランタンを持ったのかもしれないが、それで大丈夫だろうか?
危なくなったら、直ぐにサポートしなくちゃ。
ミノタウロスが両手で大きく斧を振りかぶり、アリスを攻撃してくる。
アリスは冷静に後ろへ、かわした。
ミノタウロスの斧が地面へ突き刺さる。
チャンス!
アリスは後ずさりをしながら、ランタンで、導火線に火を点けた。
1……2……3……。
導火線がどんどん短くなっていく。
ミノタウロスが地面から斧を引き抜き、なぎ払うようにアリスを攻撃する。
アリスは、またもや軽々と後ろに避けた。
その瞬間、火炎玉をミノタウロスの足元に放り投げる。
火炎玉が地面に落ちると同時に、ミノタウロスに向かって火柱が上がった。
さすがのミノタウロスも、これは効いたようで仰け反っている。
アリスは間髪入れずに、ミノタウロスから距離を取りながら、次の火炎玉の準備を始めていた。
火炎玉の効果が切れ、ミノタウロスが態勢を戻した瞬間。
二発目の火炎玉を放り投げる。
見事に二発目も命中し、ミノタウロスは、もがき苦しみながら斧を地面に落とした。
これなら、楽勝なんじゃない?
アリスは油断せずに三発目の火炎玉を用意している。
確か火炎玉は、これで最後だ。
大丈夫、この調子なら確実に当たる!
アリスは火炎玉の効果が切れた瞬間、ミノタウロスに向かって三発目を投げた。
ミノタウロスの様子が何かおかしい。
もがき苦しんでいたはずが、ピタッと動きが止まる。
しまった! 次の行動を読まれていた!
ミノタウロスが火炎玉を腕で弾き飛ばす。
ちきしょう!
まだだ。まだ終わってない!
僕は夢中で火炎玉を追いかける。
さっきまでの様子だと5、6秒で爆発して外層が壊れる。
時間がない!
僕は火炎玉に向かって、思いっきりジャンプをする。
アリス、ナイス!
アリスは上手く囮になり、ミノタウロスの背中が、火炎玉の正面に来るように誘導していた。
よし、このまま弾き返す。
いっけぇぇぇぇ!
リフレクトシールドで覆った体で火炎玉を体当たりして弾く。
火炎玉は勢いよくミノタウロスに向かって、真っ直ぐ飛んで行った。
間に合えッ!
4……5……。
6秒目で、火炎玉がミノタウロスの背中に当たり落ちていく。
火炎玉の外層が剥がれ、無事に火柱がミノタウロスを直撃する。
よっしゃ!
ミノタウロスはもがき苦しみながら、ズシンッと重そうな音を立て、やっと倒れこんだ。
アリスが眉を顰めて、駆け寄ってくる。
そんなに心配しなくたって、大丈夫だって。
「コリン、尻尾!」
尻尾?
自分の尻尾を見てみると、毛が燃えていた。
うわぁ、あっちッ!
何か焦げ臭いと思ったら、燃えているじゃないか!
慌てて地面に擦りつけるが、なかなか消えない。
辿り着いたアリスは、直ぐにしゃがみこむと、僕の尻尾を両手でギュッと握った。
ようやく火が消える。
でも、アリスは両手に火傷を負ってしまった。
ごめんね。
僕はアリスの両手を舐め始める。
こんな事をしたって、治らない事は分かっている。
だけど、こうせずにはいられなかった。
「コリン、もう大丈夫だよ。ありがとう」
アリスはそう言って、手を引っ込める。
「コリンの方は大丈夫?」
『うん』
僕は答えながら、頷いた。
「そう。でも回復薬を飲んでおこうね」
アリスは優しくそう言って、回復薬を布の袋から取り出すと、瓶の蓋を開け、左の掌に少量入れた。
飲みやすいように僕の前に手を差し出す。
自分の方が痛いはずなのに……僕はそう思いながら、ペロペロと薬を飲み始めた。
やっぱり直接攻撃以外は、防げない。
でも、今の戦いだって悪くなかった。
大丈夫……きっとこの先も、このままだって戦える。
僕が薬を飲み干すと、アリスは手を引っ込める。
「痛くない?」
僕は黙って頷く。
「良かった」
アリスはニコッと微笑むと、回復薬を少量口にする。
ゴクッと飲み込むと、蓋をして、布の袋にしまった。
「さて、剣と盾を装備したら、ドロップアイテムを回収して、次に行きましょうかね」
アリスはそう言って、装備を置いてきた方へと戻る。
僕も後を付いて行った。
アリスは剣と盾を装備すると、ミノタウロスが居た方へと歩き出す。
ドロップアイテムは、またも筋力の果実と帰還の巻物だった。
「また同じか……でも、帰還の巻物は無かったから嬉しいね」
『うん』
アリスはアイテムを拾い上げ、布の袋にしまうと、階段の方へと歩き出した。
ゆっくりと階段を下っていき、中層一階に到着する。
ゴツゴツした岩が点々と転がっていて、ちょっと薄暗いぐらいで、上層と変わらない風景……。
それなのに何て表現したら良いのか分からないけど、上層とは明らかに違う雰囲気が漂っていた。
緊張が走る中、ズシン……ズシン……と、さっきのミノタウロスのような重い魔物の足音が聞こえてくる。
「コリン。岩陰に隠れて様子を見ましょ」
僕は黙って頷く。
二人で大きな岩に隠れ、様子を見ていると、魔物が目の前を通っていく。
「嘘でしょ……」
アリスが敵に気付かれない程度の声量で、驚きの声を上げた。
僕も正直、驚いている。
なぜならミノタウロスが、ボスとしてでは無く、普通に歩いているからだ。
ゴクリと、ツバを飲み込む。
どうやら中層以降は、剣を振り回すだけでは攻略できないみたいだ。
「こりゃ……帰還の巻物が手に入って、正解だったわ」
アリスはミノタウロスが通り過ぎるのを確認すると、スッと立ち上がる。
「コリン。無理せずアイテムだけ回収して帰りましょ」
それが正解だ。
もし、またミノタウロスに遭遇してしまったら、僕達は戦う術がない。
僕は黙って頷いた。
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