第5話
その日の夕方。
アリスが用事を思い出したと、どこかへ行ってしまったので、僕は一人で帰った。
お腹が空いたな……。
腹の虫が鳴く。
ゲッ……。
アリスの家に辿り着くと、玄関の前で、アリスの父が立っていた。
僕はあの日以来、アリスの父が苦手だった。
何をしているのだろう?
何にしても、早く家の中に入って欲しい。
そう思って立ち止まっていると、アリスの父が僕に気付く。
「帰ったのか? アリスは無事なのか?」
しゃべっても通じない事は分かっているので、頷いて返事をする。
強張った表情を浮かべていたアリスの父だが、僕のその仕草をみて、頬を緩ませた。
「そうか」
そう返事をして、玄関を開け、家の中に入っていく。
良かった……。
僕が安心して玄関に近づくと、また玄関のドアが開く。
びっくりした……。
アリスの父が木の丸い皿を片手に玄関から出てくる。
しゃがみ込むと、驚いて立ち止まっている僕の前に、木の皿を置いた。
中には牛乳が薄く入っていた。
「貧乏で少しだが、飲むと良い」
アリスの父はそう言って、僕をジッと見ている。
飲んでいる所を見られるのは、あまり好きじゃないが、せっかくくれたものを飲まないのは勿体ない。
僕はそう思い、牛乳を飲み始めた。
すると、アリスの父が僕の背中を撫で始める。
どういう気持ちで僕を撫でているのだろう?
ふと気になり、飲むのをやめ、アリスの父の顔を見てみる。
うーん……分からない。
アリスの父は無表情で僕を撫でていた。
ちょっと怖いけど、まぁいいや。
僕はまた牛乳を飲み始めた。
優しく撫でられる度に、肌の温もりが伝わってくる。
不思議と嫌な気持ちは無く、心地が良かった。
第一印象が悪かっただけで、本当はとても優しい人なのかもしれない。
──うん、きっとそうだ。
だって……この人はアリスの父なのだから。
※※※
次の日の朝。
知恵の果実を食べきった僕は、アリスと共に不思議な洞窟へと向かった。
いまは上層の4階で、細い一本道を歩いている。
「コリン、止まって」
アリスは先を歩いていた僕を、なぜか小声で呼び止めた。
『なに?』
僕は足を止め、振り向くと返事をする。
「しー……」
アリスは人差し指を口に当てた。
仕方ない。
僕は音を立てない様に、アリスに近づく。
「ほら見て、シーフラビットよ」
アリスは小声で、岩かげを指差した。
確かによく見ると、シーフラビットの丸い尻尾が、チラチラ見える。
「私、あれを何とか倒したいの。どうにかならないかな?」
シーフラビット、別名 ラッキーラビットとも呼ばれているレアな魔物。
こいつは悪戯好きのウサギで、冒険者が所持している中で一番珍しいものを盗んで逃げていく厄介な魔物だ。
臆病で、素早く逃げてしまうため、なかなか仕留められないが、苦労して仕留めた時の見返りは大きい。
うーん……でもこの距離じゃ難しいな。
この魔物は聴力が良い。
おそらくあいつはもう、僕らに気付いている。
だけど、十分逃げられる距離だから、安心して餌でも食べているのだと思う。
多分、少しでも近付けば直ぐに逃げ出す。
一気に距離を詰められる方法があれば良いんだけど……。
そうだ!
『アリス、僕を投げて』
「え? 何々?」
アリスは小声でそう言って、しゃがんだ。
知恵の果実を食べたけど、通じていない?
『僕を投げて』
試しにもう一度、言ってみた。
アリスはやっぱり通じていないようで、首を傾げる。
あ~、もどかしい!
通じないならジェスチャーしかない。
僕は地面に座り込み、投げる仕草をしてみる。
――でもこれって……。
「来い、来い?」
だよね……招き猫にしか見えない。
石が持てれば良いんだけど。
とりあえず小石を見つけると、手で弾いてみる。
「飛ばす? ――あ……」
アリスは手を軽く合わせる。
え? これで気付いたの?
「あなたをラビットに向かって、投げれば良いの?」
当たり!
嬉しさのあまり、何度も黙って頷く。
「でも、大丈夫?」
僕は猫タイプの魔物だ。
身のこなしには自信がある。
もう一度、黙って頷いた。
「分かった。やってみる」
アリスはそう言って、僕を抱き上げた。
右の掌に乗せると、大きく振りかぶり、ラビットに向けて投げつけた。
良いぞ。ナイスコントロール!
僕はラビットに向かって、真っ直ぐ飛んでいく。
――だが、さすがにラビットには届かず落ちていった。
でも計算内だよ。
僕が地面に着地する寸前で、ラビットの尻尾がビクッと動く。
近くに居るって、気付いたか?
でも、もう遅いよ。
僕は落ちた後の衝撃を利用するため、すかさずリフレクトシールドを張る。
僕は勢いよく、ラビットに向かって飛んで行った。
作戦は上手くいき、空中でクルッと回って、ラビットの前に立ちはだかる事が出来た。
よっしゃぁ! これで攻撃範囲内。
ここは一本道。
後ろにはアリスが駆け寄ってきている。
挟みうち、成功だ。
ラビットが逃げようと動き出す。
僕は素早くラビットに近づき、首を狙った。
ラビットは素早いだけで、攻撃力も体力も大したことない。
この一撃で決まりだ!
僕の攻撃は見事にラビットの首を捕らえた。
ラビットはピクリとも動かなくなり、消滅する。
お待ちかねのレアアイテム、ドロップタイムだ。
ラビットが落としたのは、半透明のクリスタルの結晶だった。
これって――。
「コリン! 何が出た!?」
アリスが嬉しそうな表情を浮かべながら、息を弾ませ立ち止まる。
「え、これって……」
アリスが目を見開き、驚いた表情を浮かべている。
「こんなに早く、これが手に入るなんて信じられない!」
アリスは喜びを隠せず、飛び跳ねながら喜びだした。
無理もない。
アリスが手に入れたのは超レアアイテムの進化の結晶。
召喚された魔物を進化させるアイテムで、この洞窟を攻略するのに欠かせないアイテムだからだ。
召喚された魔物には、場所はそれぞれ違うが、進化の結晶を挿入できるように穴がある。
僕の場合は、額に挿入口があった。
あんなに喜んでいるアリスを見ると、僕も嬉しくなる。
だけど――正直、ちょっと複雑な気分でもあった。
本当は、強くなれるのだから喜ばなきゃいけないのにね。
アリス、直ぐに使うって言うのかな……。
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