第6話 去りし日の薔薇将軍-3
「これを元に偽物製造でどうにか……」
ごにょごにょと不穏な発言を漏らす。聞こえてしまった近くの客は笑っているだけだが。
――品揃えは悪くは無いわ。経済的な問題は少なそうね。どうして徴兵を続けているかの背景、この線は薄いかも。
武装の類も高いわけでも、安いわけでもなく普通。適正価格と言うのだろうか、値札に納得出来る。つまりは推進も抑制もない自由経済、その証明に繋がる。
あれこれ眺めていると、二階にギルドなるものがあると知る。同業者組合、名前は違っても世界各地に似たような機構は存在していた。
「おおギルドっすよ!」
「あんた用にヘタレギルドとかないかな?」
全否定は出来ない。というのも各種の初心者ギルドがそれにあたると言えるからだ。手ほどきだけを受けて、興味や適性があるようならば組織に誘導してみたりする。
「何かに入ってみたいっすね」
「そうね、サクッと登録してみましょう!」
冷やかしはお断り。登録には少額だが費用が課せられている。それには目を瞑り、受付カウンターに進んだ。応対の女性事務員が出てきた。
「案件の依頼でしょうか?」
「あ、登録っす!」
めんどくさい奴が来たな。笑顔の奥にそんな感情を持ったのが何故か伝わって来た。シオンが適当に紙を指さして「これなんすか」自分で確かめもせずに口にする。
読んでから来いよ、目が語っていた。
「全国よろず屋ギルド・マーブル支部ですね。荷物の宅配、農作業の手伝い、傭兵稼業や講師など様々な業務内容を行っているギルドです」
詳しくはこちらです。パンフレットを差し出してきた。このパンフレットを作るのも関連作業という。細分化してしまえばきりがない。いわゆるワンポイントの仕事、それがよろず屋ギルドのメインということらしい。
「これに入るっス!」
「そうねー」
二人の目の前にずらっと項目がある申込書が置かれた。名前や主たる特技の他に、移動可能な地域の範囲などいろいろと書き込むところがあった。
「姐さん、この営業範囲ってどうしたら?」
「あたしはサンライズ国まで行っても構わないわよ。全国にしちゃいましょう」
気軽にあれこれと書き込む。申請は自己申告、別に何の強制もされない。受付嬢が苦笑いするような記述が飛び交った。相手も仕事なので、一応それを受理する。
内容に記載漏れが無いか、諸費用の払い込みが済んだかなどを確認してから、身分証明書が発行される手筈。
「ここにおいででしたか」
外回りをしていたおしおが二人の姿を見つけてやって来る。
「あ、おしおさんも登録しましょー!」
階段をゆっくりと登って来る彼に手を振る。保護者が来てくれたと受付嬢がほっとしているのを隠しもしない。カウンター傍まで来ると、立派な体躯に優し気な笑み。髭が素敵なナイスミドルなことに気づく。
「よろず屋ギルドですか。承知致しました、私も登録致しましょう。お嬢さん、宜しいでしょうか?」
「はい! あの、ど、どうぞごゆっくり!」
どうしてだろう、頬を朱に染めているのは。そしてどうぞと言いながらもずっと申込書を手放さない。おしおはニッコリ微笑んだまま放してくれるのを黙って待っている。
「あ、も、申し訳ありません!」
「いえいえ、ありがとう御座います」
慌てて謝る彼女を一切咎めずに一礼して近くのテーブル席へと移った。大人の態度とは彼を見ていたら色々と理解出来そうな気がしてくる。
席についてサラサラと書き込んでゆく。人柄に違わない綺麗な文字が整然と並んでいる。出来る男は存在していた、神は平等公平などを説いてはいない。
「あ、範囲は全国で、特技は戦技中心で申請を」
フラウが横から口出しをする。おしおはニコニコしながら言われる通りに書き込みをする。嘘は記載しない。書類を提出する、二時間ほどで発行可能だと受付嬢に言われる。
「んじゃあ一旦宿屋行きましょうか」
「はい、フラウさん」
よろず屋ギルド。昔は無かった気がするが、もしかしたら単に規模が小さいだけだったのかも知れない。
「ローズランド全国ネットってだけでもすごいっすね」
「端から端まで馬で何日かかるやら」
フラウがご苦労様と笑う。国をまたいだ組織になると、管理当局から監視を受けることもある。様々な障害を乗り越えてそれを統括する。一筋縄で行かないことは、フラウもおしおも身を以て知っていることだった。
かつての二人は仲間ではなく、刃を向ける敵同士。しかし恨みも何も持ってはいない。宿の部屋で小さなテーブルを囲んで話を続ける。今度はおしおの報告だ。
「ティグレの件ですが、ここ一年で異常な増加をしていました」
モンスター、猛獣が一年で生まれ育った訳ではあるまいので、そこに何らかのヒントが隠されているのだろうと考える。
群れを作る位に成熟するのには、オスメス隔たりなく三年はかかるらしい。急増したならばそれは移動させられてきた可能性が極めて高い。
「マーブル地方軍はどうして放置してるのかしら?」
市民への危険があるならば、軍が出動を掛けるのは当たり前だ。それをしない理由、簡単に解るとは思えないが確実に存在しているのは道理だ。
「被害は認めても討伐まではしない方針のようです。警備の強化はしているのですが、被害者が街外れに出てしまうのが不注意との見解です」
街にティグレが入って来るならばそれは討伐対象にする。どこかで線引きをしなければならないのは理解できるが、各都市を行き来する街道すら不注意では恐ろしくて街を出られない。
――市民側の問題と強弁するわけね。不自然を強く感じるわ。
マーブル市にはおしおの家族が住んでいる。事態を無視することはないと知っていて、本人の意志を確認する。
「死人に口なしね。それでおしおさんはどうしたいのかしら」
いつもなら茶化すシオンも今回は口出しをしない。
「マーブル軍の不始末は私の不始末でもあります。可能な限り問題解決に尽力致したく存じます」
介入したいとはっきりと申し入れをした。
「許可するわ。裏に何があるか楽しみね!」
不謹慎な表現を脇に置くと、場の三人は表情を崩す。やることが決まったなら目的達成への道筋を考える。ティグレが全滅するか、移住するか、はたまた大人しく暮らしてくれるようになるか。市民への危険が無くなるようしなければならない。
消極的な方策ならば柵を張り巡らすなり、地域を分離して囲うなどでも一定の効果は出るはずだ。
「ティグレの実情を見てから、という流れて宜しいでしょうか」
「おっさんの考えに賛成だぜ!」
「いいんじゃないかしら。謎解きの旅ね、ワクワクするわ」
物事を軽く考えているわけでは無いが、気落ちして神経質になるより良さそうだと明るく振る舞う。茶を飲みながらおしおが計画を思案する間、二人は荷物を広げて点検することにした。
「ローズランドだもの、トール呼び出して即ゴールとか?」
「姐さんずるいっす。それじゃ物語にならないっす!」
そかそか。フラウは珍しくシオンの言葉を受け入れた。フランクな会話が飛び交うが、お互い気にしたら負けだ。
ハイランド王国マーブル市、フラウにとって知らない街ではあっても、ここローズランドは知らない世界ではない。ルールの枠が解っているので危なげない。遠出には馬が必要、二人の間でたった一つだけ話がまとまった。
頃合いだと皆でギルドの案内所に向かう。受付嬢が姿を見て準備が出来ていると身分証明書を並べた。二人が争うように手を伸ばし凝視する。
「ありがとうございます」
おしおだけが丁寧に一言礼を述べてから手にした。
「おーっ、ランク・マーブル級、あたしの特技は水泳3、扇動1、騎乗1だって、なんか感激よね」
特技のレベルはどうやって決めたのかは不明。しかも扇動とは一体どうするつもりの特技なのか。
「俺の見るっすよ! 伐採1、大食い1、待機2っす!」
待機は特技なのだろうか、しかもレベルが一つ高くなっている。きっと警備や待ち伏せの適性あたりに勘案されるのだろう。騒がしい二人がおしおの手元を覗き込む。
「剣術5、統率5って、おっさんなにズルしてんだよ!」
剣術は何らかの大会なりで結果を残しているならばまだ納得も行くが、申込書だけ見て統率とは。ちなみに5が最高レベルで、3が一人前を指しているそうだ。1は基礎知識を有しているかどうかあたりで表記していると説明にある。
「えっと他には騎乗5、礼儀作法4、格闘4に床上手4って……書類審査の責任者を小一時間問い詰めたいわね。あんたは試したことがあるのかと。ねぇおしおさん」
はっはっは、彼は笑うだけで語らない。申込書にそんなことは書いていない、それは見ていた二人も知っている。
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