第5話 去りし日の薔薇将軍-2

 ギリギリ手を出しはしないが、眉間にしわを寄せて睨み付ける。完全に勃発寸前、少し刺激を与えたら殴り合いになる。


 先に手を出した方が後々に不利になる。お互いの挑発が続く。


「ねぇねぇおっちゃん、十しか桟橋無いのに専用とかって。海鳥号って大型ガレオン船なの?」


 フラウが何故かと隣に居る野次馬に訊ねた。港を見てもそんな大きな船は全然居ない、むしろ中型ですら一隻しか無い。


「お嬢ちゃん、海鳥号はマストの二十人規模だよ。けど専用ってのもあながち間違いじゃあ無いんだ」


 水深と桟橋のサイズが通常とは違い不具合がある。嵐で海中に岩が集まってしまい、妙に浅い箇所が出来てしまっているそうだ。


 詳しくどうのこうの説明されたが、へぇと言うだけで殆ど聞いている様子もない。


「そこを使える船が別に現れたわけね。でもあちこち空いているんだから、そこに停泊したら良いじゃない」


 ごもっともな意見。揉めるより一本隣に黙って入ればすべて解決、どういうことだろうか。


「まあそれはそうなんだがね。使いづらい桟橋は利用料金が割り引かれているんだよ」


 つまりは安いから必死になっている、少額ですら争わなければならない程大変。裏事情を聞かされると、流石地元民と両手を合わせて大げさに喜んでやる。


「じゃあ小銭で喧嘩してるんだ、はずかシー」


 ついついうっかりで声を大きくしてしまう。セーラーズに注目される。


 ――腕毛メンズはこっち見ないでよね!


 同じセーラー服に向かって男たちがにじり寄って来る。


「おいそこのガキ、勘違いしてんじゃねぇぞ。こいつは面子の問題だ!」


「大人の話にクチバシ挟んでっと痛い目みっぞ!」


 馬鹿にされたままでは収まりがつかないと、詫びを入れろと凄んでくる。


「あ、ゴメン」


 ブチ。どこかで何かが切れた音が聞こえたような感覚に陥る。水夫のこめかみには怒りの十字マークが浮かんでいる。


「なめんなよガキが!」


 短気な奴がフラウに平手打ちをしようと腕を振りかぶる。ハーフスイングで叩かれても顔が数日真っ赤に腫れ上がるのは間違いない。


 パーン! 気持ち良い位に音が波止場に響いた。


「痛てぇな、テメェなにしやがる!」


 手をさすりながら脇から割り込んできた男――シオンを睨み付ける。


「お前こそ今何をしようとした! 俺の女に手をだ――」


 折角助けてくれたというのに、シオンを背後から蹴り倒してしまう淑女が居た。


「あんたこそ間違ったらダメよ。変なこと言わないでよ、キモイ」


 ギャラリーがざわつく。


「いや、無いだろ色んな意味で」

「きっついなアレは」

「これは被害者か加害者か?」

「何と末恐ろしいガキだ」

「ひどいなこいつは……」


 ざわ、ざわ。


「な、なかなかやるなお嬢ちゃん。どの船のもんだ?」


 セーラー服なので水夫なのだろうとの前提で訊ねる。微妙に一目置いたような空気になってしまった。


「どこでも無いわよ。好きでこういう恰好してるだけだもの」


 事実セーラー服である必要は一切無い。少し前から気に入ってそうしているだけなのだ。


「そうか、気に入った! 俺が飯おごってやる、何なら海鳥号に来ないか?」


 船が好きなら話をつけてやる。堂々と胸を張って勧誘をする。片方が言い出したら反対も同じように「いいや青風号に来いよ!」飯も酒も語おごってやると度量を示しだした。こういう競い合いならば野次馬も悪い顔はしない。


「じゃあ、細かいこと言わずに全員ついてこーい! ってことで」


「いや、それは無いな」


 オコラレマシタ。


 冗談を挟みつつも結局十人テーブル一つを占領してビールを林立させることになった。フラウが手にしようとしたら「いけませんよフラウさん」と、おしおにそっと遠ざけられ、果汁グラスを渡された。


 ――おしおさん、あたしがビール好きじゃないから気を使ってくれたのね。


 素直に受け取って口をつける。


「あんたらマーブルは初めてなのか?」


 ぐびぐびといきながら肴を摘まんで問いかける。飲んでいる間は喧嘩はしないのがルールなんだろうか、やけに落ち着いていた。


「何回目かしら? でも久しぶりよね。最近ここってどうなのかしら」


 前に来たときはマーブル城に一直線だったので、フラウは殆ど印象が記憶に残っていない。


 ――あの時の城主はノリンさんだったかな?


 忙しく動き回っていた頃だったなと昔を懐かしむ。出ずっぱりとはあれを言うのだろう、一人勝手に浸る。


「治安は乱れるし、税金は高いし、徴兵にも取られるから住んでいるだけでキツイな」


 ことさら悪感情で言っているわけでなく、事実に対して愚痴っぽく口にしているだけ。皆が同感のようで相槌を打っている。


「人里離れた場所にしか出なかった獣とかも、ちらほら郊外に出るようにもなったしな」


 獣と言うかモンスターというか。獰猛な野獣の類が多いらしい。黙って聞いていたおしおがジョッキを置いて彼等に訊ねる。


「お話のところ申し訳ありません。そのモンスターとはどのようなものなのでしょう?」


 種類や規模について掘り下げる。一般的なものならばそこまで気に掛けることはないが。


「中型のティグレが多いな。数頭が群れて郊外までやってくるんだよ。腹を空かせてたら危なくて仕方ねぇ」


 ティグレは四足の短毛種。牙や爪を持っている猛獣の一種だ。一頭のオスに複数のメスが従っている。家族の単位が群れの単位で、一頭だけならハグレのオスと相場が決まっている。


 状況の絞り込みを掛けるためにおしおが質問を重ねた。フラウは彼らの表情を観察する。


「ですが徴兵をしているならば、警備が増員され巡回していたりするのでは?」


 人手を増やす理由がどこかにあるはずだ。治安が悪化しているならば、それを解決するために力を傾けるのが当たり前だろう。むやみに徴兵を繰り返しても、国を弱体化させるだけでしかない。生産性を低くして、費用がかさむ。


「どうだろうな。訓練つけて半年位で帰郷だからな。何か予備兵増やしてるような感じか?」


 半年の訓練で何が出来るわけでもないが、効果が無いわけでもない。


 ――半年で復員ね。ハイランドの常備兵は三万位だったかしら。数年続けたら十万以上の予備が動員出来るわけか。


 おしおが目の端でフラウの表情を確認し、もう少し食い下がってみようと考えた。


「実際の被害状況なども教えては頂けないでしょうか?」


 軽く頭を下げてお願いする。別にそうする必要はない、だからこそ効果があるのだ。海鳥セーラーズが顔を見合わせて、仕方ないかと少し躊躇った後に口を開いた。


「あんまり騒ぐなとお上から言われているんだが」


 あたりを窺って前のめりになり、声を絞る。


「あれだ、南東の山岳部近くで特に被害が多いらしい。食われたってのは殆どないそうだが」


 腹を空かせて人を襲うなら野性行動で納得も行く、だがしかし。


「ただ単に人を襲っただけですか」


 危険をおかして他種を襲う、違和感が産まれて来る。


「被害者に子供は居なかったみたいだ。大人は男女問わず、いや比較的男が多かったか?」


 外を出歩く比率からしてそれはあり得ることだと許容することは出来る。


 ――南東部で大人だけを襲うだけ襲った、か。作為を感じるのよね。


 おしおが目で語り掛けて来る。落ち着いて飲んでいられない胸騒ぎを得たようだ。フラウが小さくため息をつく。おしおの太股を軽くポンとして許可を出す。


「皆さん失礼、急用を思い出しましたので中座させて頂きます」


「はーいいてらー。あたしは宿に居るから」


 申し訳なさそうな顔で彼は退場した。


「難しい話は終了。ねぇ、どんな海を旅してきたのか教えてよ!」


 セーラーズが顔を輝かせて、我先にと話し始めるのであった。




 マーブルで宿を取ったフラウが、併設されている関連棟を訪れる。利便性を考えて建てられているそれは、旅をしている者に関わりを有した様々な品やサービスを扱っていた。


 消耗品を売っていたり、逆に中古品や宝石を買い入れたり。武装の類も当然並べられている。ちょっと毛色が違うところは、信用組合が為替を組んでいたりがあった。郵便事業の発展というのも見て取れた。


「姐さん、これマジすごいっすよ!」


 石版。遥か昔に文字魔術と呼ばれる、マジックサークルの類が発展していた頃の遺物と言われている。あまりの安さにレプリカだろうと思っていたが、シオンが本物だと騒いでいる。


 石版と言っても欠片なので、断片的にしか内容は解らない。実際にどうなるかは研究が必要になるだろう、それも長い時間を掛けての。


「本物かぁ、じゃあ買っちゃおっかな」


 店員がにっこり笑顔だ。馬鹿な客が居たものだと喜んでいるに違いない。


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