第16話 理解できない

「え。わからないんですか」

「関わるかもしれねぇし、関わらないかもしれねぇ。けど、この場所で起きた問題だ。万が一の可能性はあるだろ」

「けど、もし関係なかったら、無駄になってしまいますよ」

「世の中わかる事ばかりなら、誰も苦労はしねぇよ。わからねぇから、調べるんだろうが。可能性があるなら、一つずつ潰していく。それだけの事だ」


 それだけの事って、それだけの事が結構大きな事なのでは? と思わず、アウルは目を瞬く。


 が、そんなアウルを、バディが気にした様子は見られない。

 話は終わったとばかりに、再び銅板の方へ顔を向けてしまう。


(宝探し屋さんって、やっぱり変な人が多いのかな)


 アウルの頭の中に、空隙都市宝玉組合に関する様々な噂が思い浮かぶ。


 別に宝探し屋という職業を差別しているわけではない。

 なんせここは宿屋だ。色んな職、生業を行っている客が、ここにはやってくる。

 名前を聞いて意味がわかる職業もあれば、聞くだけではわからないもの、説明されてわかれば、説明されてわかったからこそ聞きたくなかったものまで。とにかく区別なく、まとまりなく、乱雑にやってくるのだ。職業の内容程度で、ドン引くなんてこと、今更な事である。


 だが、正直に言ってよければ、宝探し屋という職業ほど『変わっている』という言葉が似合う職には、アウルは今まで出会った事がない。


 仕事というのは、日々を生きていく為に就くものだ。

 自分ができることを金に変え、日々の生活に資金にする。言ってよければ、これもまた『実力』に伴う事だろう。仕事ができる実力があるかないかで、生き様は大きく変わってくる。


 明日を生きる為に、己の実力で金を稼ぐ。至って合理的で、自然な流れである。


 だが、宝探し屋のそれは違う。


 彼等は、仕事だと言いながら、『宝』などと本当にあるかないかもわからないもの探す為、カタスヨの園中を放浪する。調査員とやらの情報はあるみたいだが、それだってどこまで本当なのかどうかは不明だろう。この混沌世界で確実的な事などは、殆ど内に等しい。


 いつ命を落とすとも知れない、混沌世界。

 明日を生きる為に、彼らは今日の命を、何が起こるかわからない混沌の中へ晒す。


 どう考えても異常である。

 それなりの変人でなければ、こんな仕事、好き好んで就くわけがない。


(……私には、理解できない世界だ)


 まぁ、理解できないお客さんなんて、今までもいっぱい居たけど――、そう心の中で呟きながら、アウルは小さく嘆息した。


(この様子だと、夕飯の時間になるまでずっと、お部屋にこもってそう。こんなに根詰めて色々考えて疲れたりしないのかな)


 とりあえず、アウルがこれ以上ここに居てもやれる事はない。

 ロビーに戻ろう――、そう考え、アウルが部屋を後にしようとした時だった。


 あ、ともう1つやる事があった事を思い出した。


「あの、バディさん」

「…………なんだ」

「アロマって、大丈夫な方ですか?」

「は?」


 言われた意味がわからない、とでも言うように、勢いよくバディが、再びアウルの方へ顔を向けた。


「アロマ?」

「あ、えっと、私が自作しているものなのですが、その、もしよかったら、お部屋に設置させていただけないかな、と」


 言いながら、アウルは服のポッケから小瓶を取り出した。

 なんの飾りっ気のない、白い蓋がついているだけのガラスの小瓶だ。その中に、アウルが作ったアロマオイルが入っている。


「各部屋の洗面所に、空気清浄の意味を込めて設置しているんです。いつもは母が一階でお客様のお相手をしている際に私が準備をするのですが、今は私しか働ける者がいないので、すっかり準備をするのを忘れてしまって……」


 説明をしながら、アウルはバディの様子を窺う。


 バディがアウルの説明を吟味するように、その顎に手を当てた。ゴーグル上の眉がつりあがり、その間に深いしわが生まれている。

 あんまり芳しくない反応に、アウルは不安な気持ちに駆られた。


「あ、あの、苦手でしたら、全然言っていただいて構わないので。実際、今までにも何度か、そういった申し出を受けた事はありますから」


 アウルとしては、自作したものをそういう風に言われるのはショックなのだが、お客に不快な思いをさせる方が従業員としては失格だ。だからそういう時は、致し方なく、取り外すようにしている。


 バディも、そういうタイプの人なのだろう、とアウルは思った。

 が、どうやらそうではなかったらしい。「いや、」とバディが顎に手をやったまま口を開いた。


「そういったが、こっちにもあったのかと驚いただけだ」

「へ? それは、どういう意、」

「自作だと言ったな。香りはなんだ」


 アウルの言葉を遮るように、バディが訊ねてきた。

 それに内心困惑しながらも、「ろ、ロータスです」とアウルは慌てて答えた。


「ロータス?」


 バディが眉間のしわを更に深めた。


「ロータスってのは、あの水生植物の蓮の事か」

「はい、そうです」

「植物から取れる油を用いて作んのが、アロマオイルじゃなかったか。林の中にある何かで作るならまだしも、水生植物である蓮なんてこの辺りには咲いていない花で、一体どう作るっていうんだ」


 ぽん、ぽん、ぽん、と飛び出してくるバディの知識に、アウルは目を丸めた。


 バディの言う通り、アロマオイルとは、実際の植物から取れる油を用いて作るものだ。


 その作り方は色々あるが、個人でやれる作り方として主流なのは、植物を蒸す事で、でてくる水蒸気から取れる、揮発性の油を取る方法だろう。実際、アウルもそうやってこのアロマオイルを作っている。


 だが、それをバディが知っていた事は驚きだった。

 どうやら、バディの博識具合は、アウルが思う以上のもののようだ。鳥の肉体構造から、アロマオイルの作り方まで知っているなんて、一体バディの頭の中の知識量はどうなっているのか。


「そういえば、この宿屋の名前は睡蓮だったな。林の中の宿屋にしては、不似合いな名だとは思っていたが、今度は蓮と来るか……」


 ブツブツと、バディが何かを思案するように言葉を続ける。

 どうやらアウルが持ってきたアロマオイルは、彼の研究心に刺激してしまったらしい。じっ、とアウルの手の中にある小瓶に、バディの目が向けられる。


 チキチキと、まるでバディの惹かれ具合を体現でもするかのように、ゴーグルのレンズが音をたてて伸縮した。


 視線の圧に、思わずアウルはたじろぐ。

 予想外の事態に戸惑いながら、なんとか現状を打開しようと、「あ、あの」とアウルは口を開いた。


「そんなに気になるのでしたら、行ってみますか」

「行く? どこにだ」

「蓮の花が取れる場所に、です」

「なんだと」


 今度はバディの方が、予想外だったらしい。

 驚いたような声と共に、アウルの方へ顔を向けた。


「あ、でもその、そちらの調査もおありでしょうから、無理にとは――」

「いや、行く」


 きっぱりと、バディが答えた。

 今や完全に、彼の興味は大鴉の方から、アウルの持ってきたアロマオイルの方に移ってしまったらしい。


 一体、何がそこまで、彼の興味を駆り立てているのか。バディの行動の意味がわからず、アウルは目を白黒とさせた。


(やっぱり、宝探し屋さんって変だ)


「少し待ってろ」とバディがアウルに向かって言いつける。

 そうして戸惑うアウルをよそに、部屋の片付けに取り掛かり出したのだった。

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