読み手のない手紙

読み手のない手紙

 この手紙は捨ててください。


 あなたのことが好きでした。卒業式のあの日、私の勇気は第二ボタンをもらうだけで精一杯。想いも、連絡先も伝えないまま、私の恋は終わったはずでした。

 でも心のどこかで思っていたんです。いつか、もしかしたら、また会えるんじゃないかって。また会える時までに素敵な大人になっていたら、その時こそあなたに……。

 愚かだと笑ってください。いえ、優しいあなたは、きっとそんなことしないでしょうね。あなたは……、あなたはこの手紙をどんな思いで読むでしょう。私はそれが少し怖いのです。

 私自身、こんなにもあなたのことが好きだったなんて思いませんでした。あなたが先日、かわいいお子さんを抱き上げ、素敵な奥様と街を歩いているのを見るまでは。こみ上げる悲しみと後悔に私は戸惑いました。

 私は、私がとても恥ずかしかった。諦めた振りをして、自分にもそう言い聞かせておきながら、その実、都合のいい期待を抱いて、淡い幻想を信じていたのです。あなたに連絡を取る努力さえしなかったのに、今さらあなたが好きだなんて。幸せなあなたを見て苦しくなるなんて。

 ごめんなさい。あなたを困らせたくて、この手紙を書いたのではありません。ただ伝えたかったのです。あなたは、私にとってしるべでした。あなたの優しさやひたむきさを知っていたから、私もそう在ろうとしました。あなたはきっとあの頃の夢に向かって頑張っている、そう思ったから、私も頑張れました。あなたとの思い出に、恥じることのないよう生きようと思っていました。今だってそうです。そして、これからも。

 ありがとう。これだけを伝えたかったのです。私のしるべでいてくれて本当にありがとう。今さらあの卒業式に戻りたいなんて思いません。思いませんけど、ただ、あなたに救われて、あなたの存在に支えられて、生きてきた人間がいるんだということを知って欲しかったのです。

 これからもあなたの幸せを思い続けます。あなたが幸せでありますように。何があっても、どうか、この先も幸せに。

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