第八百四夜『アリスの行列-ascension please-』

2024/12/28「陰」「ミカン」「危険な城」ジャンルは「ギャグコメ」


「死にたい……」

 俺には生きている元気が無かった。キツい仕事で心身はボロボロで、腰が痛ければ肩も硬くて慢性的まんせいてきに吐き気がする。

 だが死んでしまいそうな程体が悪かったりつらいという訳では無く、俺には生きる目標もくひょうとか目的が無い。

 ただただ死んでないから生きているだけであり、何をよろこびとしている訳でも無しにダラダラと生きていた。

「あークソ、死にたい……」

 俺は缶入りの蒸留酒じょうりゅうしゅを開け、グイとあおる。爽やかな柑橘類かんきつるいはなを抜け、その強さで刹那カッと体があつくなった。

 こうすると、俺は少しの間だけ現実を忘れる事が出来、気分が良くなった。

 俺は酒を飲んでいる間だけ、嫌な事を忘れられる。

 俺は酒を飲んでいる間だけ、酒を飲んでいる事を忘れられる。


 俺が酒をチビチビと舐める様に飲みながら道を歩いていると、突然耳をつんざく様なクラクションの音がした。

 何事かと音のした方を見ようとすると、俺は何かにぶつかり、天が見えたかと思ったら地面が見え、天と地がはげしく回転して、後頭部に何かがぶつかるのを感じた。

 全身が、体の節々が痛くてたまらない。吐き気はするし、考えもまとまらない。何だかひどく頭が痛いし、寒気がするし、体は指一本動かせない。

 俺は眠くもないのに、寝入る様にスゥと意識いしきが消えるのを感じた。


  * * *


「眠るな! とっとと起きて列を詰めろ、この蛆虫!!」

 俺は気が付くと、何かの行列の最後尾に居た。

 周囲はまるで満員電車まんいんでんしゃの様な人混みで、混みに混んだテーマパークの行列の様でもあった。

「えっと、この行列は何ですか?」

 俺は声の主にそうたずね、そして自分で話しかけた相手を見て肝をつぶした。

 俺に怒鳴り、俺が質問をした人物は、筋骨隆々きんこつりゅうりゅう巨漢きょかんで、手には金属製きんぞくせいの杖か棒鞭ぼうべんの様な物を持っていたが、そんな事はどうでもいい。その人物は青い肌に大きな鋭い角を持った鬼だった。

「じ、地獄じごくの鬼だ……!」

「自分の身分が分かった様だな! 分かったらとっとと列に並べ、この薄馬鹿下郎ウスバカゲロウ!!」

 地獄の鬼はそう言うと足元に棒鞭を叩きつけ、そこにあった岩を砕いて見せた。

「ひっ!」

 俺は何も分からぬまま、言われるままに従って列に並んだ。


 しかしこの列、待っても待っても進まない。しかし、俺の後ろにはポツリポツリと人が増えている。

「あの、この列は何なんですか?」

 俺がそうたずねると、地獄の鬼は再びピシャリと足元の岩を棒鞭で小突いて壊した。

「そんな事も分かってないのか、この破滅願望者はめつがんぼうしゃが! いいか、お前の新品同様かつ経年劣化でスカスカの脳味噌のうみそをしっかりストローでかっぽじって聞きやがれ、ここは貴様らの様な悪意善意ぜんい故意過失かしつを問わず自分で自分を殺したおろか者が落ちる地獄だ! 分かったか、この人殺し!!」

 俺は地獄の鬼の言う事が全く理解出来ず、ただただ呆然した。人殺し? 俺が? 悪意とか善意? 何の事だ?

「貴様の様なポカーンと無知蒙昧むちもうまいやから、自分で自分をきらうゴミ、そして死んだら生まれ変われると信じているダニ! この地獄では貴様らの様な生まれついての救いようの無いカスを焦熱しょうねつ地獄でいてきたえてやして罪を自覚させるのが俺達の仕事だ! 分かったらその薄汚うすぎたない口をい付けられる前に黙って、神妙に沙汰さたを待て!」

 よく分からないが、地獄の鬼の言っている特徴とくちょうは俺に当てはまる物だった。しかし自分を嫌いだったり、生まれ変わりを信じているだけで地獄に落ちるとはたまったものではない!

「何で生まれ変わりを信じているだけで、こんな地獄に落されて、アンタみたいな鬼に怒鳴られないといけないんですか! 俺は別に生きている間、何も悪い事はしてないのに!」

 すると地獄の鬼は三度みたび、手に持った棒鞭で地面の岩を突きこわした。

「ええい、だまれ! このシラミの卵にも劣る下痢便げりべん野郎が! 今生こんじょうを努力もせずに満足まんぞくに生きない掃き溜めのゴキブリ野郎の分際ぶんざいで来世を語るな! お前ら家畜かちくクソの中で一生を過ごすスカラベ野郎共のおかげで、整理員の俺の仕事も山みだ! これ以上俺の手をわずらわせるんじゃないッ!」

 地獄の鬼は文字通り鬼の形相で俺を怒鳴り続け、俺はすっかり反論はんろんする気力を失ってしまった。

 そして、こうして俺が怒鳴られている間に行列はほんの少しだけ進み、前の人が邪魔じゃまで見えない角度にあったと思われる立て札が見えた。

「な、何だコレは……?」

 俺は今日一番、自分の目が信じられなかった。これが悪酔わるよいで見ている夢ならば覚めてくれと願った。

うそだろ……? 『ここから一六五〇年待ち』……?」

 俺が思わずそうらすと、先から俺を怒鳴りつけていた鬼がニヤニヤ笑いを浮かべ、俺の顔をのぞき込んでいた。

「お前の様に、来世を信じて自殺するインキン虫共がどれだけ居ると思う? お前とお前の仲間の寄生虫野郎共のおかげで、焦熱地獄はごらんの通り満員まんいんだ。最近は特に、死んで来世に転生てんせいしたがるニヒリスト気取りの塵虫ゴミムシだらけで困っている。ところで、俺は一極卒の権限けんげんで死者を生まれ変わらせる事が出来るが、どうだ?」

 俺は黙って全力で首を横に振り、大人しく列に並んだ。

 あの鬼が生まれ変わりの権利を持っているのが本当だとしても、夢と魔法まほうの世界に生まれ変わり、心機一転しんきいってんなんてする事は絶対無いだろう。

 地獄の鬼が人を人だと思っていない事は、この短時間の間に嫌という程味わった。

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