第八百三夜『おかしな追憶-sweet way-』

2024/12/27「北」「メトロノーム」「激しい流れ」ジャンルは「偏愛モノ」


「小腹がって来たな……しかし、あと一息で完成だ」

 そう言うのは研究室で何やら作業をしている発明家。

 何を隠そう彼は今現在、時間遡行そこう装置そうちの開発中。


「よし、これで完成だ!」

「やりましたね、主任!」

 何のハプニングも障害も無く、見事時間遡行装置は完成した。

 何せ創作の発明家というのは皆実力は本物で、全員が全員倫理観りんりかんの欠けた天才科学者か、もしくは有能な善玉科学者なのだから、発明自体に問題は無いのが雛形ひながたなのだ。

 何か起こるとしたら、発明品が完成した後だと相場が決まっている。

「さて、この時間遡行装置の名称だが、私の好きな楽曲に因んで『タイムマシン』か、もしくは『アナザーワン・バイトザダスト』と名付けようと思うが、思う?」

「え、何ですかそれ? 普通にタイムマシンでいいのでは?」

 発明家は砂をむ様な表情を浮かべてだまった。

「タイムマシンも完成した事ですし、何かパーッと食べましょうよ! 僕、お腹が空きました」

「いや、まずはこのタイムマシンを使って過去に飛ぼう。このタイムマシンは過去へ行って現代に戻る事は問題もんだい無く出来る筈だし、何か問題があったら今後の課題としなければならない」

 これに対し、発明家の助手はウンザリした様子を露骨ろこつに見せた。

「でも主任、僕ぁお腹が空きましたよ!」

 発明家の助手の表情は飢えたケダモノの様、今まさに手荷物からチョコレートクッキーを取り出し、噛みつこうとしている。

「それに関してだが、私にいい考えがある。腹いっぱい美味しい物を食えるプランがな!」

 そう言うと発明家は助手をタイムマシンに乗り込む様促うながす仕草をし、助手は嫌々いやいやながらチョコレートクッキーをいて乗り込んだ。

「分かりましたよ! でも、何かの事故で飢え死にでもしたら、僕は一生主任の事を怨みますからね!」

「安心しろ、私の理論は完璧かんぺきだ」


  * * *


 事実、発明家の理論は完璧で、タイムマシンはとどこおり無く動いた。

 二人が搭乗したタイムマシンはカチリカチリと音を鳴らし、その場で四次元の移動を行い、そしてかつての時代へと到着した。


「すごい、本当に時間移動をしたのか?それで主任、ここはなんですか?」

「大昔だ」

 発明家の曖昧あいまいな返答に、助手は思わず首をかしげた。

「大昔? 具体的にはどれくらい?」

「あれだ、私はあれを基準きじゅんにタイムマシンを稼働かどうさせて過去に時間遡行を行った」

 発明家が指さした先には、チョコレートクッキーがあった。しかし、それはただのチョコレートクッキーではなかった。

「あれはチョコレートクッキー……? いや、でも! だけどこのチョコレートクッキーは顔くらいのサイズがあるぞ!」

「そうだ。チョコレートクッキーは未来に進むにつれて小さく、軽くなる性質を持っている。つまり、過去に移動すればチョコレートクッキーは肥大化するという事だ!」

「な、なんだってー!!!」

 発明家は完璧な理論を出した、助手はただただおどろきつつも納得するしかない。

「でもおかしいですよ、周囲を見て下さい! まだ工場も機械きかいも近代化も行われていない様な、西暦が始まっているかも怪しい様な環境。そもそもチョコレートは南米の王族が飲んでいたカカオがヨーロッパ人の目に留まって輸入され、そこからチョコレートになった筈です! こんなの普通じゃ考えられないッ!」

「何も驚く事は無い。サンタクロースやエルフやその他妖精の好物はクッキーやお菓子だと言われているが、そもそもサンタクロースは紀元前から北欧に存在する『ジェドマロース』や『ユールプッキ』或いは『ファーザーウィンター』と呼ばれる妖精の一種だ。つまりチョコレートクッキーとは、紀元前から妖精の間で流通していたのだよ!」

「な、なんだってー!!!」

 発明家はどこにもほころびの無い完璧な理論を出した、完璧な理論なのだから助手はただただ驚きつつも納得するしかない。

「つまりコレは、人間が作った模造品ではない、妖精の作った本来のチョコレートクッキー……」

 発明家の助手はもうひらいた様な、これまで見えていなかった真実を見た様になり、両目からしずかに涙を流した。

「うむ、言わば『始まりのチョコレートクッキー』とでも言うべきか」

「主任! この『始まりのチョコレートクッキー』を持ち帰りましょう! それでも可能な限り!」

「うむ」


 二人は『始まりのチョコレートクッキー』をタイムマシンいっぱいに詰め込んだ。

 何せ妖精とは人間が気が付かぬ間に何かをしでかす生き物なので『始まりのチョコレートクッキー』は二人が探せば視界の外で補充されるかの様に見つかった。

「これだけ載せれば十分だろう、食べきれずにくさらせても困る」

「何せ大昔のチョコレートクッキーですからね、防腐剤も入ってないにちがいない」


 二人は大量たいりょうの『始まりのチョコレートクッキー』に満足まんぞくし、現代に向けてタイムマシンを起動した。しかし、ここで異変が起きた。

「主任、大変です! 『始まりのチョコレートクッキー』が!」

 二人が現代に向ってタイムマシンを稼働かどうさせると、なんとみるみるうちに『始まりのチョコレートクッキー』は見るも無惨むざんにみるみる小さく、一口サイズになってしまったではないか!

うそだろ……『始まりのチョコレートクッキー』が……これじゃあ、現代の食った気にもならない、歯クソみたいなサイズのカスと同じじゃないかッ!」

 これに対し、発明家は神妙な顔持かおもちで、つまらなくてワクワクしないみじめで矮小わいしょうな食べやすい一口サイズのチョコレートクッキーを観察かんさつしていた。

「進化だ……」

「進化……?」

「きっと現代とは、大きいチョコレートクッキーは生存が出来ない環境なのだろう。だから過去から現代に『始まりのチョコレートクッキー』を運んで来た結果、この様に無様ぶざまな一口サイズになってしまったに違いない」

 そう言って、発明家はかつて巨大だったチョコレートクッキーを指でまんで口に運んだ。それはとても美味しかったが、小さな妖精のお腹さえもいっぱいにならなさそうな小さな小さな大きさだった。

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