第八百二夜『真っ赤な狂言-kidnap the red one-』

2024/12/25「森」「冷蔵庫」「恐怖の魔法」ジャンルは「指定なし」


 まず初めにことわっておくが、サンタクロースという名前の人間は居ない。

 最初のサンタクロースと呼ばれているニコラウスも、クリスマスを祝う事が出来ない人間の元にこっそりプレゼントをきに行った事で最初のサンタクロースになった人物であり、サンタクロースは居る居ないを問う人物ではなく、と言った方が適切てきせつであろう。


  * * *


 街がすっかり眠りに落ちた頃の事、子供部屋に音も無く防寒具に身を包んだおきなが窓から忍び込んだ。サンタクロースだ。

 翁は比喩ひゆでも叙述じょじゅつトリックでも何でも無く、広告や絵本から飛び出した様な姿をしたサンタクロースで、全身真っ赤な防寒具とプレゼントの詰まっているであろう大きな背負い袋をたずさえていた。

「ホホホ」

 サンタクロースはサンタクロースらしい台詞と動作で、子供が寝入っているであろうベッドに近づき、背負い袋に手を突っこんだ。

 その時であった。

 ベッドの子供が突如ね起き、腕に抱いていたテーゼ―じゅうかまえ、無駄むだの無い俊敏しゅんびんな動作でサンタクロースに向けて引き金を引いた。

「ホホホ」

 しかしサンタクローステーゼ―銃から射出された電極でんきょくなどどこ吹く風、一部の露出ろしゅつも無いサンタ服は電極を貫通かんつうさせず、感電したと思われたサンタクロースは全く意に介せずに笑っていた。

 しかし子供はおどろきの色一つ見せず、枕元にあったボタンを押した。

 するとサンタクロースの足元の床が抜け、ダストシュートにも似た成人男性をゆうに飲み込める落とし穴が現れたではないか!

「ホホホ」

 しかしそこはサンタクロース、皆さんは野生の空を飛ぶトナカイを見た事はあるだろうか? 勿論無いだろう。しかしトナカイは空を飛ぶと言われているのは、サンタクロースが二四日の聖人だからであり、聖人なのだから空を飛ぶ事など常識じょうしきなのだ!

 結果、サンタクロースはこのダストシュート風の落とし穴など無いも同じと言わんばかりに、落とし穴の真上に浮遊し、呑気に箱に入ったプレゼントの包みを子供に手渡そうとしていた。

 さすがにコレには子供も焦りの色を見せ、次なる行動を思案していたが、目の前にプレゼントの包みを見せられてしまって思考停止。半ば反射的にプレゼントを受け取ってしまった。

「あ、ありがとう……」

「ホホホ」

 サンタは子供がプレゼントを受け取った事に満足気な笑みを浮かべ、自分様に用意されていた焼き菓子と牛乳をガブりと音を立てて平らげ、来た時同様音も無く窓から出て行こうとした。

「よし、今だ!」

 サンタクロースが窓から出た瞬間しゅんかん、子供がさらに別のスイッチを押し、電子音がり、りょうに用いる重し付きネットがサンタクロースにおそい掛かった。

「ホホホ」

 しかしサンタクロースとは本来、音も無く忍び込んでプレゼントを置いて去る聖人なのだ。音も無く忍び込むという事は足音も衣擦きぬずれの音もしないという事であり、これはすなわち都合の悪い摩擦まさつが全くその身に起きない能力を有している事に外ならない!

 故に、サンタクロースは投げあみを投げられようとも、スルリと投げ網が何も捕らえられない。何せサンタクロースは聖人であり、聖人とは奇蹟きせき同義どうぎなのだ、それくらいやってのける。

「ホホホ」

 サンタクロースは電極を防ぎ、落とし穴を超えて、投げ網を物ともせず窓から脱出し、すぐ外に停めてあったソリに乗って、次のサンタクロースを必要としている家へと飛んで行った。

「くそぉ、絶対サンタさんを捕まえてやろうと思ったのに……」

 子供はプレゼントを片手に、サンタクロースが空を飛んで行く様をただただ眺めていた。


「どうしたんだい、坊や?」

 そんなドタバタを聞きつけ、駆け付けた人が居た。子供の父親だ。

「えっと、これはその、あの……」

 子供の父親は子供部屋のテーゼ―銃や落とし穴や投げ網、そしてプレゼントと空になった皿とグラスを見て、全てを悟った。

「いや、いい。お父さんも昔はサンタクロースを捕まえようと必死になってた頃がある。一緒に部屋を片付けよう。それと、メリークリスマス」


  * * *


 時刻は夜明け、空が明るくなり始めた頃の事。

 場所は伏すが、真っ赤なユニフォームに全身を包んだ人達が集っていた。

 真っ赤なユニフォームの人々は年齢も性別も国籍や人種や民族はおおむねバラバラだった。

 彼等彼女等はサンタクロースになる事をえらんだ人々で、北の大地から南の島まで各々自分達が担当すべきと思った地区でプレゼントを配り終えて、今は打ち上げの最中。


「しかし最近の子供はすごいね、サンタクロースの正体をあばこうと、色んな電子機器でんしききを使う子まで居た」

 そう言うのはサンタ服に身を包んだ女性。彼女が担当した子供は勿論サンタクロースを必要とする子供ばかりだが、子供と言うのはいつの時代もサンタクロースの正体を暴こうとするもの。

「それは私が子供だった時もそうですよ。時代が変わって、子供達がデジタルネイティブになっただけ。機械を使う以外は何も変わっておりません」

 そう返すのは年配の男性サンタ。彼もまた、サンタクロースを必要としている子供達のヤンチャを軽くいなして来たくちだ。

 それを聞いて口を曲げたのは、サンタの青年。今しがたヤンチャ坊主の仕掛けた罠の数多あまたを逃れて来たばかりだが、その様相は余裕綽々よゆうしゃくしゃくと言ったところ。口を曲げつつも怏々おうおうとした態度で口を開いた。

「いやー、だからってサンタクロースの侵入を気取るために監視ドローンとか使う様な子供とか居たらいやじゃないですか。俺が担当した子供の内何人か、アイツらみたいな!」

 これを聞いて、サンタの女性と年配のサンタは思わずき出して笑いだした。そして発言主のサンタの青年も釣られて笑いだした。

「ホホホ」「ホホホ」「ホホホ」


  * * *


 仮にどんな奇跡の様な力を持っていても、ソファーに座って年末の特番をだらだらとスナック菓子を食べながらているだけの人生では、聖人にはなり得ない。

 聖人を定義ていぎするには、奇跡の様な力を持っているか否かではなく、結局のところは行動力を持っているかどうかが肝要と言えよう。

 仮にあなたが不死身で、食べ物を増やし、水の上を歩けようが「俺は明日から本気を出す」と言って一生何の行動もしなかったら、誰も聖人とは認めない。


 ところ変わって、クリスマス当日。即ち、クリスマスイブサンタクロースの日の翌日。

 クリスマスイブにテーゼ―銃や落とし穴や投げ網を振るって失敗を味わった子供が、また何かよからぬ事を考えていた。

「サンタクロースを捕まえるには、サンタクロースと同じ様に空を飛ぶソリが必要だ。それから一日中あちこち飛び回ってプレゼント配りを出来るだけの体力に、何があってもあの態度たいどを崩さない余裕、それに勿論運転技術も無いとダメだろうし、プレゼント袋を持ったまま動き続けるにはウエートトレーニングもするべきだ。ええと、それから……」


 かつて、サンタクロースの正体を暴こうとする行動力のある子供が居た。

 その子供は今、サンタクロースの正体を知っている。

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