第八百一夜『ある願い-Omniscience-』

2024/12/23「本」「兵士」「輝く主人公」ジャンルは「王道ファンタジー」


 ある部屋の中、異様な光景が広がっていた。

 証明にはロウソクが用いられ、部屋の中央には牛の頭蓋骨とうがいこつかざられ、そのかたわらの杯にはしぼりたてのにわとりの血が注がれており、そして部屋の持ち主らしき人物がかしずいており、その先には山羊の角を生やした人物が立っていた。

 部屋の持ち主は悪魔あくま召喚の儀式ぎしきをしており、今正に悪魔を召喚したところだった。

「願いを三つ言え。それを叶えた後、貴様きさまの魂を頂く。沈黙ちんもく放棄ほうき見做みなし、矛盾と無限を含む願いはあたわず、これもまた権利の放棄と見做す。さあ、願いを言え」

 部屋にこの世の物とは思えぬ、しわがれた声がひびいた。

 それを聞いた部屋の持ち主はかしずくのをやめ、顔を上げて一言言った。

「では、お酒を一杯出してください」

「よかろう、お安い御用ごようだ」

 すると部屋の中のテーブルに酒が一杯現れ、部屋の持ち主はこれを美味そうに飲み干した。

「さあ、二つ目の願いを言え」

「それじゃあこの酒を片付けてくれ」

「よかろう、お安い御用だ」

 すると一瞬いっしゅんのうちに、テーブルの上の酒はきれいサッパリ消えていた。

「さあ、最後の願いを言え。それが貴様の最期の言葉になる。」

 悪魔には絶対的な自信が有った。例えこの人間が逃れる事を望んだとしても、その願いを叶えた上で捕らえて魂をうばう事が出来る確信があった。何せ、悪魔とはその様なものなのだ。

 しかし、そんな悪魔の内心を知ってか知らずか、悪魔を呼び出した人物は特におくする事も無く、ただ一言、何でも無い態度たいどで口を開いた。

「全部だ」

「全部? 全部とは何だ? 世界中の富か? 全ての国の王座か? 稚拙ちせつに武力をもって世界中を支配したいのか? 世界中の人間からチヤホヤされたい名誉欲や虚栄心きょえいしんから出た言葉か?」

 しかし悪魔を呼び出した人物は、何を聞かれても動じない。

「全部だ」

 これには悪魔も困惑し、そして内心でこれを面白がった。

「そうか、全部欲しいか。素晴らしい、その願いを叶えてやろう!」


 悪魔がそう言うと、視界がぐるりと回った。

 宇宙が、星々が見えて、目をらすと星の表面が目に移り、体は空気よりも軽く、宇宙のどこへでも飛んで行く事が出来た。

「そうか、これがか」

 人はそう呟くと、身一つでより早く、より高く、より遠くへ飛んで行った。


  * * *


 カルト教団に所属している男が失踪した。

 自宅では何らかの宗教的行為の形跡けいせきが見られ、この事から自ら命をった線で捜査そうさが行なわれたが、結局捜査は思う様に進まず、迷宮入りとなった。


 その人物は死んだ証拠が無いのだから生きているのだろうとか、あの様子では悪魔に魂を売って地獄じごくに居るのだろうだの、失踪しているだけで実はピンピンしているだの、好き勝手な憶測おくそくが飛び交ったが、どの意見も今一つ信憑性しんぴょうせいが無い。

 よもやの憶測が全て当たっているなどとは、とてもとても……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る