第八百夜『町の人々の灯-the spark-』

2024/12/21「音楽」「歌い手」「輝く存在」ジャンルは「指定なし」


 駆け足で街を歩む。

 この時期の街は人が多く、人と人の間をう様にけて歩く。


 街には電話に向って怒鳴どなっている男性が居て、仲間内でニュースを話題に降っている女性が居る。

 飲食店に近寄ると、アーケード席では男子学生達が自分達の食べているサンドイッチの肉が何の動物かと首を傾げていて、女の子達が今交際している彼氏の愚痴ぐちを聞いては別れてしまえとけしかけ、あちらでは背の高い男性を含むグループが頭をぶつけないように屈みながら席を探していた。

 あの人達は、ともっている。

 全ての人は火種を持ってはいるが、常にが点っている訳ではない。今まさにが点っている人間が、今挙げた人達だ。


 私はが点っている人達を認めると、懐から取り出したスケッチブックでの点った人々と背景を軽くスケッチした。

 これが私の日課。


 私はを撮ったスケッチを家に持ち帰り、これを元に絵に起こした。

 私はこれを摘出てきしゅつと呼んでいる。別に摘出はしていないが、人間を書き写す行為を、私は臓器ぞうきや命を扱う様に感じていた。

 の無い絵は、命が無い絵と変わらない。


 私は人間の持つ形の無い力をと呼んでいる。何かしらの形で、心魂しんこんに光が点いているからだ。

 こうして街の人々からを見せてもらい、それを絵に起こすと不思議と命が絵に宿っている気がした。きっと、こうして人間を観察かんさつして起こした絵には人々が生きていて、そうした場所には絵とは言え命が宿っているのだろう。私はそう考えた。


 ひょっとしたら私が描く絵を、モデルになったを持った人々が見るかもしれない。

 ひょっとしたら面影おもかげに気が付く人が居るかもしれない、全く気が付かない人も居るかも知れない、私の考えている事や手法を見事に言い当てる人だっているかも知れない。

 私はそう考えながら、絵に命を吹き込む様に筆を走らせた。


  * * *


 受験生の課題を見る事になった。

 課題は人物画だったのだが、一つ酷く気になる絵があった。

 というのは、強調の意味ではなく、文字通りの意味だ。何せ人物画を提出するという話なのに、その絵は風景画と言った方が近い。いや、風景画に近いという言葉では言い表せない酷い物すら感じた。

 山や建造物は緻密ちみつかつ壮大に描かれていて、石像は美しく偉大いだいに描かれている。

 しかし、人間が明らかにおかしい。人間は異様に矮小わいしょうに描かれ、建造物や街灯や標識ひょうしきのサイズと明らかに合っていない。まるで巨人の街に人間が暮らしているが如くだ。

 人間の姿も緻密に描かれているが、何も考えずに職場しょくばへ向かう労働者と言った風で、まるで上から指示をされる人形の様な顔と風体に外ならない。

 私に言わせれば、この絵にはが点っていない。

 建造物や自然は雄大に描かれている事もあり、これが人間性の死滅しめつしたディストピアの社会風刺というならそれもまだ分かるが、人物画と言う課題でコレではお話にならない。

 もっと言わせれば、風景画であっても街が舞台であれば、そこに描かれた人々の生活感が感じられる絵画は山ほどある。

「悪いが、この子は画家としては大成しないな。大衆や個人を人とも思っていない様では、とてもとても……」

 私は酷く残念な気分で、不合格のサインを押した。

「悪く思うなよアドルフ、君はこの道では絶対成功しない」

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