第七百九十九夜『脅迫と実行-PAW-』

2024/12/19「闇」「動物」「最初の遊び」ジャンルは「指定なし」


 乾いた空気をたたえた部屋に、無機質むきしつ電子音でんしおんって着信を知らせた。


「おいアンタ! さっきの電話はうそだよな? そんな非道を実行出来る訳が無い!」

 電話からは、まるでこの世の終わりかの様なひどおびえた声が聞こえる。

「非道か非道じゃないか、それを決めるのは私だ。とにかく、要求を飲まねば私は何でもするぞ、何でもな。それはお前自身が一番理解しているだろう?」

 それに対し、電話の声はしぼりだした様な怯えた声から一変、烈火の様に荒々しい物になった。

「黙れ! 我々は運動をやめない! これは正義の戦いだ! お前の様に、染みた手段を取る悪党の思い通りにはならない!」

 電話の声に対し、受話器を取る人物は呆れ顔で溜息一つ。これ以上話をする意味は無いと確信した。

「仕方が無い。それではお前のお望み通り、愛しのあの子の手を切って送るとしよう」

 すると電話から聞こえる声はまた怯えの色を含んだ物になり、しかしそれでいて烈火の様に意味の通らない罵詈雑言ばりぞうごんの数々を投げつけた。

 受話器を取る人物は、やっぱりこうなるか……と口に出さずに言い、そして受話器を切る直前に吐き捨てた。

「まあなんだ、お前がそう言う事は分かっていた。故に、既にお前の愛しの子の手だが、既に切って送ってある、そろそろ届く頃だ。お前らがそのバカげた運動をやめないなら、次は手じゃない部分を送る事になるぞ」


「もしもし? もしもし! ! あの野郎、言いたい事言って切りやがった!」

 俺は完全に頭に血が昇って、自分でも面白い程に冷静れいせいさを失っているのが分かった。

 捕まった子が俺のせいで手を切断されるというのか? いいや、悪いのは奴で、俺は正義のために戦い続けているだけだ!

 奴の様な巨悪の化身は必ずちゅうさねばならぬ! テロリズムは人の世と自然に対する冒涜ぼうとくであり、死ぬべきは捕らえられた子ではなく、あのクソ野郎に外ならぬ!

 そもそもあの様な可愛らしい子をに取り、手を切り取って送るなんて事が出来るだろうか? そんな事が出来るやからは最早人間ではなく悪魔あくま

 ちがいない!

 その時だった。うちの呼び鈴が鳴り、俺は恐る恐るインターホンを見ると、そこには宅配員の姿も無しに段ボールの小包だけがあった。

うそだろ……? あいつ本当にやりやがったのか?」

 ただの悪質な悪戯いたずらの可能性も大いにあるだろう。しかし本当に、あのイカレ野郎の言葉が本当の可能性も有る。そしてそれが是であるならば、俺はあの子を弔い、そして戦い続ける義務ぎむがある!

 俺は小包の中身を恐る恐る調べた。

「畜生! あの野郎、本当にやりやがった! クソッ、何でこんな事が出来るんだよ!? 絶対に許さねえ……地獄じごくに落ちて、お前も同じ目にいやがれ!」

 小包の中身は、あの野郎の言った通りだった。

 奴の言っているのは狂言でもおどしでもなく、有言実行。即ち、あの子は片手だけではなく全身をバラバラにされて、手以外の部位も俺や俺の仲間に送られている事になる。なんて悪辣あくらつな輩なのだろうか!

 俺の目の前には、真空パックに入れられた、飴色に柔らかくられた上で青菜がえられ、クコの実やカシューナッツをかれたが入っていたのだ!

「許さねえ、絶対許さねえぞ、ジビエ会会長!」


  * * *


 通常、クマは山を下りる事は少ない。

 原因は一つではないが、山にクマが増えて相対的な給餌量きゅうじりょうが不足した場合。或いは山にクマが増えた事で、クマ同士の縄張り争いが生じて飢えたクマが街に降りてくる場合等が挙げられる。

 この様な山を追われたクマは、人間の残飯の味を覚えて人に近い食性になると言われており、例を挙げるとアメリカではピザ屋を餌場にするクマの存在も確認されている。


 一説によると、この様なクマは肥育が自然界の個体よりも進んでおり、肉質や脂身が通常の個体よりも良いと主張する人も居る。

 あなたがクマの肉を口にする機会きかいが有るとしたら、それはひょっとしたら街で人間の食べ物を楽しんだクマかも知れない。

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