第七百九十八夜『竜の落とし物-repellent-』

2024/12/18「音」「化石」「業務用の可能性」ジャンルは「ラブコメ」


 壁面へきめんつるが這った、どことなく幻想的な雰囲気ふんいきの、古風な映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。


 店内にはかざり気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿ですみを垂らした様な黒髪くろかみが印象的な店主が居て、どことなく刃物の様な印象を覚える詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年がそれにつき従っていた。

「本当にありがとうございます! これがもう効果覿面てきめんで、完全に被害が無くなりました!」

 そう言うのは中年の客で、手には今しがた購入こうにゅうした匂いふくろの様な物がれていた。

「いえいえ、こちらこそ。またのご来店を心からお待ちしております」

 店主の女性がそう言って会釈えしゃくし、客は嬉しそうに浮足立った足取りで店を後にした。


「本当に売れた……」

 客の姿が見えなくなってから、おどろいた様子で口にしたのは従業員の青年。

「ええ、あれもうちの自信を持って提供する自慢じまんの商品ですもの」

 店主の女性は従業員の青年が有する疑問点ぎもんてんなんて吹けば飛ぶ物と言った様子で、形の良いむねを張って言う。

「いえ、理屈の上では分かりますが、本当に売れるんですね。竜のふんなんて……」


 ここで時間は少しだけさかのぼる。


  * * *


「竜の糞? 竜の糞と言いましたか、今? いえ、想像上の動物だか未確認生物だかの糞ってのは、この店の事だからおどろきませんよ? それじゃあ、これは肥料か何かって事ですか?」

 従業員の青年は段ボール一杯の匂い袋を運び、たなに並べる作業をしつつ、店主の女性に今しがた言われた事に驚いて見せた。

「ええ、けれどもそれは少しだけちがうの。土にくのはそうなんですけれども、それは獣避けものよけなの」

「獣避けですか」

 従業員の青年は店主の女性の言葉を聞きつつ、段ボールの中の匂い袋を胡散臭そうに手でまんでは棚に並べる。

「ライオンのうんちを使った薬剤の話はご存知かしら? 強い捕食者の匂いを人工的にく事で、動物が寄り付かなくなるの。それで思いついたのだけど、恐竜のうんちの化石があるなら、竜のうんちって実現出来る物なんじゃないのかしらって! あの人のおうちはイノシシやシカに悩まされていたらしいし、最近は街にクマが出るって聞くし、クマよりすごい動物じゃないとで丁度良かったわ」

「なるほど、竜の糞とやらをどうやって再現したかは分かりませんが、この商品の意図は分かりました」


  * * *


 以上が事の経緯けいいである。


「なるほど、あの様子だと本当に獣害じゅうがいけられているんですね。竜の糞」

 従業員の青年は感想をそうらし、それに対し店主の女性は誇らしそうな表情を浮かべた。

「これは動物の被害に苦しむお客様達にとって、ひそかなヒット商品になるかも知れないわね」

 しかし従業員の青年の顔はかんばしくない。

「どうしたの? 何か気にある事でもあるのかしら?」

「えっと、ハムスターって食糞をするでもなく、自分の糞を頬袋ほおぶくろに入れるじゃないですか」

「ええ、そうね」

「それってハムスターの天敵てんてきに『糞が落ちているという事はハムスターがこの辺に居るぞ!』って気取られないための本能だって話じゃないですか」

「それがどうかしました?」

「竜の糞なんてこれまでどこにも無い物が急に現れたら、そんなの居るか知りませんけど、竜の天敵が寄ってこないかなって……」

 そう口する従業員の青年に対し、店主の女性は朗らかな様子を見せていた。

「嫌だわ、竜の天敵なんて居る訳ないわ。そんな生物が居るとしたら、それこそ人類が敵視てきしして絶滅ぜつめつさせているんじゃないかしら?」

「それもそうですね!」


 その時、一瞬いっしゅんだけ空が暗くなった。まるで大型の飛行機ひこうきが猛スピードで上空を通り過ぎた様子だった。

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