第七百九十六夜『絶対のストッキング-Gleipnir-』

2024/12/14「鳥」「蜘蛛」「見えない流れ」ジャンルは「童話」


 テレビで往年のアクションドラマが放送されている。

 火薬やワイヤーアクションがふんだんな、古き良き時代の特殊撮影とくしゅさつえい作品で、画面内では主演女優じょゆう穿いていたストッキングを脱ぎ、高層こうそうビルから高層ビルへと張られたザイルにストッキングを滑らせ、脱出劇だっしゅつげきを繰り広げていた。


 これは観る者に高揚をもたらす素晴らしいシーンだろうが、その一方で現実的に考えると非常にバカバカしい物だ。

 無論、あのストッキングは特別製という設定だろうし、実際には高層ビルと高層ビルを往復する様な演技を撮影さつえいした訳でもなく、現実はスタジオでられた映像であろう。

 加えて言うと、それが是だと仮定すると、カメラマンはどの様な動きをしているのか非常に気になる。

 しかしそんな事はどうでもいい、我々はいわゆる秘密道具ひみつどうぐとかスパイキットといった物に弱い、そういった物に弱いからこそ、この様な作品が撮られる。

 例え腕時計うでどけいから腕時計より大きなハサミが出てこようが、アニメや特撮ならばそれでいい。

 作品なんて物は、面白さと説得力が伴っていればガバガバでも許されてしかるべきであり『これは蜘蛛くもの星から来た未知の技術によって組まれた最強のロボットなので、地球の技術では再現不可能に強いのです!』程度の言い訳でも用意してくれれば、問題は無かろう。


 しかしコレはコレ、ソレはソレ。

 現実でマネが出来そうな創作は今日こんにちでは許されない。

 ストッキングを滑車かっしゃの様に使ってビルからビルへ移動するなんて映像、今の時代では許されないだろう。おバカなお子様がおマネをあそばれ、おケガでもされたら一大事だ。

 そもそも成人一人の体重をあの様なワイヤーアクション染みたマネで支える事が出来るストッキングなんて、何があっても破れないストッキングでもなければ成立し得ないだろう!

「何があっても破れないストッキングか……」


 それから私は自分の思いつきが妙に気になり、絶対に破れないストッキングの開発を夢見る様になった。

 絶対破れないストッキングと言うからには絶対破れないのは勿論、絶対に断線しないし、絶対に劣化しないのだろう。

 勿論現在の技術のストッキングだって劣化はし辛いが、ちょっとした衝撃しょうげきで破れたり断線するのだ、もっとこう何とかする手段がある筈だ。


 私の研究は多岐に渡った。様々な衝撃に強い素材をストッキングに出来ないかという課題に心血を注いだ。

 この作業は困難こんなんにして入り組んでいて、まるで存在しない物を手探りでつなぎ合わせて作るかのようだった。


 まず私が目を付けたのはパイナップルの皮。

 パイナップルの皮は非常に強い耐熱性たいねつせいを持っていて、一〇〇〇度の熱にも耐える。

 ストッキングの素材にパイナップルの皮を使えば、滑車替わりにストッキングを使っても熱でストッキングがどうにかなる事は無いだろう。


 次に私が目を付けたのは蜘蛛の糸。

 蜘蛛の糸は自分よりはるかに大きな得物をも捕らえ、そして蜘蛛の糸には縦横じゅうおうがあり、縦の糸は粘つかない。

 蜘蛛の糸を束ねてストッキングを作れば、決して破れない糸になるだろう。


 次に私が関心を寄せたのはクマムシ。

 何せクマムシは真空でも深海でも宇宙でも生存できる甲殻こうかくを持っている。

 その分、衝撃にだけは弱いとされているが、このクマムシの甲殻を表面に散らせばストッキングの頑強さを完璧かんぺきだろう。


「出来た、完成! 絶対破れないストッキング!」

 こうして私の理論通りのストッキングは完成した。

 即ち絶対に燃え落ちず、絶対に破けず、絶対に断線しないし、真空でも深海でも宇宙でも劣化しない。まさしく完璧なストッキング!

 ただ一つ、このストッキングには重篤じゅうとくな欠点があった。

 この完璧に強靭きょうじんなストッキングだが、あまりにも強靭過ぎて人体にそぐわない。具体的に言うと、穿こうものなら着用者の肉がミンチになってしまい、しかも絶対破れないストッキングだから破って逃れる事も出来ない。そして足の肉がミンチになってしまっている状態じょうたいで真っ当にストッキングを脱ぐなんて不可能。

「やっぱり適度てきどに破れやすくないと、ダメって事か……」

 私は完成した失敗作を尻目に、ふてを決行した。


  * * *


 その日の夜の事、ストッキングの開発者が疲労困憊ひろうこんぱいして泥の様に熟睡じゅくすいしていると、小さな人影ひとかげが複数忍び込んだ。物取りだ。

 物取りは数人で居て、誰もがひげたくわえた姿で、どこか浮世離うきよばなれした雰囲気ふんいきの顔をした、手のひら大の身長だった。

 小さな物取り達はくだんのストッキングを見つけると精査し、その本質を悟って大騒おおさわぎ。

「見つけた、見つけた、魔法まほうの紐」

「すごいね、怖いね、何でもむさぼる」

「これなら怪獣かいじゅう捕まえられる、神様きっとめてくださる!」

 そう一しきり感想を漏らし合うと、小さな物取り達はストッキングを持ってどこかへと消え去った。


  * * *


 ある星で巨大な狼が暴れていた。

 その狼は知恵が回り、言葉を理解し、そして現在の体制を破壊はかいしつくそうとしていた。

 その様は巨大な狼では表現しきれず、まさしく巨大な怪獣が暴れまわっているのに等しかった。

 しかし、それに立ち向かう存在が居た。相手は怪獣だが人の言葉を理解する。人の言葉が通じるという事は、挑発に乗るという事に外ならない。

「聞けい、狼よ! ここに『小人達に作らせた丈夫で柔らかい紐』がある! まさかお前程の猛獣もうじゅうがこの様な物を恐れる事はあるまいな!?」

 狼は挑発に乗り、『小人達に作らせた丈夫で柔らかい紐』とやらを鎧袖一触がいしゅういっしょく引き裂いてやろうとした。

 しかし『小人達に作らせた丈夫で柔らかい紐』は柔らかく、硬く、そして強靭で絶対的だった。狼は生きたまま『小人達に作らせた丈夫で柔らかい紐』に引き締められ、肉をがれ、その場にい付けられてしまった。

 何せ『小人達に作らせた丈夫で柔らかい紐』とやらは絶対なのだ、もうこうなったら神々でも狼を解放する事は出来やしない。

 こうして、狼は世の終わりまで『小人達に作らせた丈夫で柔らかい紐』によって縛り付けられる事が決まった。


 それから……

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