第七百九十二夜『まだ使える体-save you-』

2024/12/09「本」「ヤカン」「最強の物語」ジャンルは「指定なし」


 私は目が見えない。

 目が見えない理由は言いたくもないし、思い出したくもない。

「では包帯を取って下さい」

 私は医師に言われるままに包帯を取った。

「み、見える……ありがとうございます!」

 手術を経て、包帯を外した私の目には確かに見えていた。

 私は思わず涙ぐみ、涙が流れるのが止まらなくなり、その場で泣きじゃくった。


 この国には、度々健康な体が突如現れる。

 人があふれているとか、人権を持っていない人間が存在するとか、そう言った比喩表現ひゆひょうげんではなく、本当に文字通り

 降って来る肉体はおおむね十代のそれで、共通点として病気もケガも無い健康体で、完全に脈も脳波も無い。

 これらの肉体はみな、外見だけの話をするならば眠っているだけに見える。だがしかし、皆一様に命脈が尽きている。

 始め、私はこの話を聞いた時、十代の若者が世をはかなんで飛び降り自殺をする自殺サークルか何かが活動しているのかと思ったが、くだんの死体を見て考えを改めた。

その体は明らかに綺麗きれい過ぎる。まるで眠る様に死んだ様に肉体のどこも損傷しておらず、自殺をしたには何の毒性も薬物も検する事が出来なかった。

普通、自殺サークルが集団自殺をするとしたらどうするだろうか? ガスで自殺を図って、一酸化炭素中毒か何かの症状が死体から見られるだろう。しかし、発見した体は死んでいるだけで、どこも損なわれていないではないか! どこも損なわれていないという事は、カミソリで手首を切った跡も、飛び降りて頭部がつぶれた跡も無いのだ。

これは、見つかった体の大半が十代な事から考えた説だったが、余りにも不可解ふかかいな事は多かった。

 他に個人的に目についた点としては、見つかる体の大半はよく引きまった筋肉をしている事。

 見つかる体の大半は、ボディビルダーやプロレスラーの様な肉体でこそないが、肉体のどこかしらの筋肉が発達していて、皆何かしらの選手か軍人か何かだったと仮説しても信じられる様な様相を示している。

(未知の薬品で自殺……? 外国の兵士……? 非常識ひじょうしき過酷かこく鍛錬たんれんに耐えきる事が出来なかったアスリート……?)

 様々な考えが私の脳裏のうりに浮かんでは消えたが、どれも納得には至らない。


 これが、この国で移植手術が発達している理由だ。

 身元の分からない健康な体が度々い込むし、しかし隣国りんこくたずねても知らないと言われるのだ。

 ところで、移植手術には前世の記憶が宿ると言われている。

 例えばあなたがあついヤカンをさわったとして、反射的に手を引っ込めるだろう。それは肉体に宿る経験けいけんくせであり、これらの経験や癖は移植を行った肉体にも現れる。

 こうした移植手術を行った患者は、部位に応じて皆同じ特徴とくちょうを示した。

 手を移植した患者は、ある文章を癖の様に書いた。

足を移植した患者は、事ある毎に小さく歩き、前世の習慣しゅうかんを行おうとしている風であった。

きっと舌を移植したら、その文章の内容を口癖の様に口にするのだろう。

「ところで、あなたはこの文章に見覚えがありませんか?」

 私は眼球を移植した患者に、別の患者が書いたを見せた。

「え? 何ですか、その文は? そんなもの……何だろう、見覚えがあります……」

 患者は大層たいそう不思議ふしぎそうにしてみせた。

 私が見せた紙片には『save complete』と書かれていた。

 先述の様に、私はこの『save complete』が自殺サークルか何かだと考えていたが、それにしては不可解な事が多い。そして、現実、多くの患者が度々舞い込む体によって救われてsaveいる。

 ならばあれらの体は患者を救うために送られているのかも知れないが、まだ救いが完了していないのに『save complete』というのも妙な話だ。故に『save complete』は別の意図の元の文章と考えるのが妥当だろう。


(考えても分からん。患者は救われた、それで十分だ)

 私は今日の記録をつけ、就寝する事にした。

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