七百九十一夜『あなたが落としたのは……-apoitakara-』

2024/12/07「太陽」「終末」「最初のかけら」ジャンルは「大衆小説」


 あるところに泉があり、その底には泉のせいが住んでいた。

 この泉には古くから、正直者や無欲な者が斧を過失で投げ入れてしまうと斧が帰って来てオマケが貰えると、そしてうそ吐きや欲張り、もしくはわざと斧を投げ入れる者は財産を失うと言い伝えられていた。

 しかし人とは欲深い者、嘘を吐くもの、そして好奇心の生き物。わざと斧を投げ入れてはいけない、欲深いとダメ、嘘を吐いてもダメ、いずれも守らなければ財産をいたずらに失うだけとなれば、そんな言い伝えは教訓話に過ぎず、もうけ話にはなり得ない。


 ある日の事、泉に斧が飛び込んで来た。

 泉の精はこれが過失によって投げ入れられた物であり、故意に投げ入れられた物ではないと悟った。何せ泉の精は人ならざる身なのだ、人ならざる身だから悟る事など朝飯前だ。

 普段通りならば「あなたが落としたのはこの鉄の斧ですか?」とたずねるところなのだが、今回は事情がちがった。

「こ、これは金製品きんせいひん?」

 金製品と言っても、装身具や機械きかいの部品ではない。正真正銘本物の金で出来た斧が泉に落ちて来たのだ。

 これには泉の精も焦った。

 勿論これは過失によって落とした斧なので、持ち主に返却しよう。しかしその前の問いかけはどうすべきか? 金の斧の代わりに鉄の斧と銀の斧を提示するべきか? いや、金の斧よりも価値のある物でなければ話にならない。かと言って、金よりも価値の有る金属なぞそうそう存在しない。

 これがゲームの出来事ならばプラチナの斧でも示せば良いだろうが、大抵の場合プラチナと金なら金の方が価値も高いし、金より高価だからと言ってプルトニウムで斧をする訳にもいかないし、もっと言うと斧は二種類示さないといけない。

 しかもタチが悪い事に、泉の精が金の斧を持ってみるとズシリと重く、相当純度が高い斧だという事が分かった。

「これは困りました……」

 まさか金の斧の試金石に金の斧と金の斧を見せ、金の斧を落としたか、それとも金の斧を落としたか、はたまた金の斧を落としたかと尋ねる訳にもいかないし、金より高い貴金属製の斧というのも想像が及ばない。

 ならば目に見えてより大きいサイズの金の斧を提示すればいいかも知れないが、純金製の斧とは重い物。大きな金の斧や更に大きな金の斧を持たせたら重さで持ち主がひしゃげてしまうだろう。

 かと言って、ただハイと金の斧を返すのでは泉の精の名折れ。そんな事をしてしまってはパブリックイメージを大きくおとしめる事になってしまう!

「ううん……そうだ!」


 泉のほとりで純金製の斧を落として困っている人が居た。

 勿論純金で作業用の道具を作るなんて狂気の沙汰であり、これは運搬中うんぱんちゅうの美術品という扱いであった。

 すると泉の底から光を発しながら水と泡とががせり上がり、何事かと思って覗き込むと、中からトーガを身にまとったこの世のものとは思えない美貌びぼうの女性が現れたではないか!

「私は泉の精、あなたが落としたのはこの緋々色金の斧ですか? それともこのオレイカルコスの斧ですか?」

 泉の精の両手にはが一本ずつ握られていた。

「え? ヒヒ……オレ……? いえ、私が落としたのは純金製の斧です」

 斧の持ち主は突然の聞きなれない造語におどろきつつも、正直に答えた。

「あなたは正直者ですね、あなたが落とした金の斧は返してあげましょう。そして褒美ほうびとして、この緋々色金の斧とオレイカルコスの斧も差し上げましょう……おぉっと!」

 泉の精はわざとらしくそう言うと、両手に持っていた二振りを泉の底へと取り落としてしまった。

「失礼、緋々色金の斧とオレイカルコスの斧を取り落としてしましました。代わりにあなたの褒美には、この金の斧と銀の斧を差し上げましょう」

 泉の精はそう早口で言うと、斧の持ち主に大急ぎで金の斧二振りと銀の斧を手渡し、を追う様にそそくさと泉の底へと帰って行った。

 残された斧の持ち主は、目の前で起こった事が信じられず、ただただ呆然するしかなかった。


  * * *


 それからしばらく後、金よりも価値がある真っ赤な金属の伝説が人々の間に喧伝される事になるのだが、それはまた別のお話

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