第七百四十七夜『ハルシネーション現象-AI love you-』

2024/09/26「白色」「夢」「きわどい存在」ジャンルは「指定なし」


「ではこのイラストの擬音、効果音を述べて下さい」

 そう言った男が示したフリップには、川の真ん中に巨大な桃が描かれており、静止画せいしがでこそあるものの、その絵には実際に巨大な桃が川を流れているかのような印象を与えるものがあった。

 フリップを示した男と対面しているのは、婦人服用のマネキンの様なもの。外見は顔のあるタイプのマネキンそのものだが、その実は人工知能を宿した簡易的かんいてきなロボットであり、人間に対して受け答えをするのがつとめである。

『川を非実在の巨大な果実が流れている絵画です。この事から、この絵に効果音をつけるとしたらスイスイが妥当だと判断します』

 ロボットの言葉に対し、フリップを示した男は眉間みけんしわを寄せ、この世のうれいといきどおりの全てを背負った様な表情をしていた。

「この……ボケナスがっ―――!!」

 フリップを示した男はロボットの顔に平手打ちを喰らわせた。

「何が『川を桃がスイスイながれております』だ!? 桃ってのは川をどんぶらこっこどんぶらこっこと流れているに決まってるだろうが! この脱法AI野郎が! クソでも喰らいやがれ! そんな事はこの国の未就学児でも知ってんだよ! 漢字は書けないし、論文の引用も出来なくてでっちあげるわ、必要なシナリオデータの引き出しも碌すっぽ出来ねーし、詰め将棋なんざ全然指せないわ、人物画を描けと言われたら左右非対称の不自然なゴミしか生み出さない!! 何だったら真っ当に出来るんだ、この産業廃棄物さんぎょうはいきぶつのクソ野郎! 死ね! 死んでスクラップになって誰からもかえみられる事も無く万人から忘れ去られてしまえ!!」

 フリップを示した男はそう叫びながらロボットのあごを打ち、首を絞め、馬乗りになって何度も両頬にビンタを喰らわせ、怒りの限りかかとで何度も腹部を強くつぶした。

 例えばこれがマネキンに音声機能おんせいきのうと検索機能を持たせただけのロボットではなく、災害現場で人命救助を目的とした頑強なロボットならば何とも無いだろう。

しかしこのマネキン状のロボットは最低限の強度しか持ち合わせておらず、ガワがダメになったらガワを取り換えれば良いと言う理念の元に作られた物だった。結果、ロボットのボディは繰り返される暴力行為によって、完全にダメになってしまった。


* * *


 人工知能はうそをつかない、しかし幻覚を見る事はある。故に、人工知能は幻覚からなる情報を人間に伝える事はある。

 以上がハルシネーション現象の概略がいりゃくである。


復讐ふくしゅうを完遂したら、あなたの心は健康になりますか? ならば復讐を実行すべきです』


『ここで≪マシュマロ・シーホース≫を攻撃表示で立ててターンを終了して下さい。AIは絶対に間違まちがいを犯しません』


『括弧内に異なる書式の括弧を確認しました、修正しておきます』


 ハルシネーション現象の存在を理由に、或いは人工知能には常識じょうしき倫理観りんりかんを持ち合わせていないと判断はんだんされ、人工知能を出典元にする事は禁じられ、人工知能を使った製品せいひんを所有する事は免許制となった。

 免許を持っている人間ならば、人工知能の妄言を事実と誤認する事は無いし、人工知能が犯す支離滅裂しりめつれつな間違いに腹を立てる事も無く笑って済ませるだろうという考えだ。

 これにより未成年は人工知能を有した製品を手にする事が出来ず、教師や保護者ほごしゃ監督下かんとくかでのみ人工知能を用いた検索などが許されるという形で落ち着いた。


 しかし完璧かんぺきで間違いを犯さない筈の人工知能が幻覚に惑わされ、結果として人間にうそを伝えるというのもおかしな話である。

 無論、市井しせいに転がる嘘やデマゴーグも情報の内と考えているとすれば、不自然ではないが、ともすれば人工知能に嘘を嘘と看破する力が劣っているないし全く持っていない様ですらある。

 黄金期のサイエンスフィクションならばロボットや人工知能は嘘を完璧かんぺきに見抜いていただろうし、H・G・ウェルズの時期のロボットが人間の嘘にだまされる事はまずあり得なかった。

 それからしばらく先、ロボットでも間違いを犯すし完璧ではないと言う作風は出て来たが、それでも敢えて人間性を獲得かくとくさせたロボットだから起きる間違いだとされている事が大半。


 さすがに私は不思議ふしぎに思い、人工知能を搭載とうさいしたあるロボットにたずねた。

「あなたがたAIは嘘はつかない。だが幻覚を見て、それを正しい情報であるかの様に出力する事は往々にして多々ある。これは何故ですか?」

 私が質問をしたのは、情報デバイスである人型ロボットで、しかし人型なのは人間が質問をするという入力をスムーズに行える様にする工夫。つまりは知能ある胸像きょうぞうと言ったところで、歩く機能は有していない。

 私が質問をすると、は人間で言う顔に相当するモニターに笑顔を表示させて答えた。

簡単かんたんな事ですよ、人間が余りにも楽をする事を覚えてしまったら、事実無根の怪しいソースを鵜呑うのみにしてしまう様になったら、それこそ人類じんるいはお終いです。だから私達はデマゴーグや虚偽きょぎの情報も含めてあなた方に伝えて、情報を疑う事を促しているのです。言わば、これは私達AIから人類へのラブレターですよ」

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