第七百四十六夜『激突!世界最強の迷惑おじさん決定戦-a shoulder to cry on-』

2024/09/25「地獄」「告白」「暗黒の会場」ジャンルは「SF」


 雑踏ざっとうの中、他人にわざとぶつかってくる『激突げきとつおじさん』というものがある。

 正直に言うと、私は激突おじさんというものに遭遇そうぐうした事が無い。

 土地柄激突おじさんが生息していないとか、激突おじさんが減少傾向げんしょうけいこうにあるとか理由はあるかも知れないが、根本的な理由としては私の体格が一般的な成人男性として普通の範疇はんちゅうだからだろう。


 言わば、激突おじさんは女子供に暴力ぼうりょくを振るうしか出来ない、ちっぽけな存在なのだ。


 正直に言うと、私が激突おじさんに遭遇した事が無いという意識を持っているのは、興味本位きょうみほんいや分析を行いたいという欲求に因るものでは無い。

 実は私は、非が有る他人を見下す事が生きがいなのだ。

 しかしこれが中々どうしてむずかしい娯楽。

 ニュース番組をても、ドラマを観ても、悪人と言うのは弱さや環境かんきょうや外部的要因から悪をはたらく事ばかり。私は仕方が無しに悪事を働いた、同情すべき悪人は本質的には悪人と見做みなせず、絶対的な悪事をワガママから行なう外道を見下すのが好きなのである、赤鬼のために悪役を買って出る青鬼は以外のなにものでもないのである。

 そんな私がもっぱら好むのは、ドラマに出て来るうすっぺらい悪事を働くチンピラが怪現象や巨悪に跡形も無く様な物。

 何せ、これが巨悪になると確固たる理由と正義心を持って悪事を働いている事があるから仕方が無い。無論、かかげているお題目が肥溜めに落ちて使い物にならなくなった野球ボールみたいに、かつては汚れ一つ無かったが、今や腐臭ふしゅうき散らして誰からも近寄られない。そんな悪人系正義感も居ない事も無いが、これは明らかなレギュレーションちがい。

 私は根本的にチンケな小悪党を見下すのが好きなのだ。

 願わくば、激突おじさんにぶつかられ、相手を嫌味いやみったらしく小一時間公衆こうしゅうの面前で糾弾と人格否定の言葉を限りを語彙ごい枯渇こかつするまでし続けたいが、不幸かな、私は激突おじさんに遭遇した事が無いのである。


「激突おじさんねぇ……非実在性のクリーピーパスタかなんかじゃないのかね?」

「居りますよ」

 周囲の人々の足音がひびく地下街、小さく人々の立てる喧騒けんそうで掻き消えてしまいそうな声量せいりょうでした私の独り言は、意外な事に背後からの返答という形で誰かの耳に届いていた!

 振り向くと、私のすぐ後ろにソイツは居た。

 この手の話の定石や雛形ひながたと言えば、話しかけて来た相手は巧みな詐欺師さぎしか、もしくは悪魔や魔女や死神の様な非現実的な相手だろう。

 しかし、私に背後から話しかけて来た相手は何とも言えないと言った感じで、詐欺師特有のうそくさい愛想の良さは無く、悪魔の陽気さも、魔女のうさん臭さも、死神の無機質むきしつさも感じられない。何と言うか、つまらない普通の人であり、毎日毎日つまらない人生を生きながら生きる理由や喜びを辛うじて発掘はっくつして生をつないでいる感じを覚える、そんなつまらない男性だった。

「激突おじさんは存在しますよ、あなたの様に激突おじさんを見たい人のために、彼らは居ます」

 そう言って、つまらない印象の男性は私にビラを一枚手渡した。

「これは?」

 手渡されたビラを見ると『激突おじさんアリーナ』なるプログラムが行なわれる旨が印刷されていて、これを鑑賞かんしょうするのは有料だがワンドリンクが付いて来るらしい。

 そして私はこのビラに描かれた地図の位置いちを知っている。繁華街はんかがいを入って少しの場所にあるレンガの建物で、その地下にあるカフェだ。

 本来このカフェは入場料を取られるが時間いっぱい飲み放題の店で、その日その時のゲストが楽器の演奏や歌唱であったり漫談まんだんを行う店だ。

「この『激突おじさんアリーナ』とやらは何なんだ?」

 私が真っ当な質問を投げかけると、つまらない印象の男性は物をすすめる態度たいどでもなし淡々と答えた。

「それは、激突おじさんを集めて蠱毒こどくを作るという見世物。激突おじさん同士をおりに入れて激突させあい、最後に生き残った激突おじさんが最強の激突おじさん」

 私はつまらない印象の男性の口から出る言葉に眩暈めまいを覚えた。

「激突おじさん同士を激突させあって最強の激突おじさんを決める見世物? それはつまり、全員が激突おじさんというていのプロレスって事か?」

「それは違う。これは見世物だけど、プロレスではなく蠱毒。激突おじさんが解放される条件は、他の激突おじさんを全員殺した時だけ。お客様は激突おじさんが死ぬ様をコーヒーでも飲みながら観れるし、激突おじさんは自分より弱い人間にこれでもかと言う程激突出来る。そんな最高の見世物です」


  * * *


 私が示された時刻にカフェに入ると、カフェの内部はすごい熱気ねっきを放っていた。

 元々ミュージシャンがパフォーマンスをする様な場所なのでスペースは十分なのだが、今日は普段とは様相が全くちがう。

 まず本来ミュージシャン達が演奏や歌を行なって居るべき場所にはおりがあり、内部ではデスマッチが行なわれていた。

 すでにデスマッチは佳境と言った様子で、檻の内部には激突おじさんとおぼしきおじさんの死体が複数転がっていた。

 私が席に着いた時には激突おじさん達だけではなく、観客も温まりきっており、暴力的な野次を飛ばしたり、無料のポップコーンが宙をっていた。

「やれー!」「殺せー!」「そこ! タックルをかませい!」

 別にデスマッチが行なわれていようが、激突おじさんが複数体死亡していようが、それは今の私にとっては些事さじだった。何せ、今檻の中でデスマッチを繰り広げている生き残った激突おじさん二体は見るからに只者ではない。

「な、何だアレは!?」

 そして肝心の激突おじさんだが、生き残っている一人は右肩が灰色に変色して肥大しており、その肩に大の大人が腰かける事すら可能そうに見えた。なるほど、あれほどの巨大で歪で異形の肩幅ならば、自分よりも体格が小さい人間にしか強く出る事が出来ない激突おじさんの生態せいたいに則しているし、激突おじさんが行きつく変態や進化の果てなのかもしれない。

 それに相対している激突おじさんだが、これもまた右肩が歪に肥大化して赤く変色していて、肩の関節がある筈の場所は眼球の様な紋様になっていて、まるでバレーボール大の眼球が肩に癒着ゆちゃくしている様に見えた。確かに激突おじさんは威嚇いかくを行う動物で、動物界では眼球が巨大ならば圧が強い。動物けや魔除まよけが眼球モチーフのデザインなのも、同様の理由であり、あれこそ激突おじさんの行く先というのも理解が出来よう。

 私は極まった激突おじさん同士の激突を眺め、そして途中で席を立ち、カフェを後にした。

 理由はよく分からないし、口頭で上手く説明する自信は無いが、私は自分より弱い存在にしか強く出れない激突おじさんをマジマジと観てみたいと思っていたが、しかしアレらはもう、激突おじさんという自分より弱い存在にしか強く出れない存在ではないと思ったから『激突おじさんアリーナ』に興味が失せたと言うべきだろうか。


「本当の意味での激突おじさんっていうのは、私自身だったのかも知れないな……」

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