第七百四十五夜『マジメな窃盗犯-The world is mine-』

2024/09/23「夏」「人間」「憂鬱なヒロイン」ジャンルは「純愛モノ」


 取調室に三人の人間が居た。

 内二人は警察官けいさつかんで、刑事ドラマで見る様なベテランと若輩じゃくはいの二人組だ。

「オラオラ! とっとと動機どうきと手口と仲間の有無を正直かつ事細かに吐くんだよぉ! お前みたいな犯罪者ごときが僕達の時間を浪費ろうひしやがってよお!!」

 若輩の方の警察官は取調室の椅子にも座らず立ったまま、短いかみを振り乱し、ゆるめに気崩した制服やネクタイがはげしく揺れる様な動作を伴いながら、取調室で座している女性の横から恫喝どうかつする様な調子で言った。

 恫喝する様な調子とは言ったが、その両手は自分の腰に据えられており、取り調べ相手に暴力ぼうりょくを振るうもりは無いらしく、兎にも角にも怒鳴る事を目的としている様に見えた。

「そこまでにしておけ、ケン」

 そんな若輩警官を制止するのは、年配の警察官。

 彼は若輩警官とは対照的に制服をえりを正して着ていてネクタイも乱れておらず、短く切りそろえられたその髪を揺らす事無く冷静沈着れいせいちんちゃく態度たいどで、取り調べ相手の女性と対面する形で座したまま、若手警官をたしなめた。

「別に俺達は、お前さんを閉じ込めたりばっしたりしたいんじゃないんだ。知っている事を話してくれ、お前さんが無実ならそう言ってくれ、事情が有って犯罪の片棒を担いでしまったのなら正直に話してくれ、どうあっても俺はお前の味方だ」


 実はこの二人、俗に言う良い警官グッドコップ悪い警官バッドコップと言うもの。

 犯人に対してキツくあたる警察官が居ると、犯人に対して親身にあたる警察官に対して口がゆるくなるという心理効果である。

 太陽は北風があるからあたたかく、捨て犬を拾うから不良は人間らしさを捨てきっておらず、甘い牛乳系飲料はカレーが辛いこそ美味うまいのである。


「しっかし、関係者の声を見るに『悪いことが出来ない人間』『大人しく、マジメそのもの』『義務感が強く、言われた事をそつがなくこなす』ねぇ……世間様の前ではずーーーっと仮面被って過ごして来て、本性表したところを僕達にパクられたって訳だ! ははは、笑える」

 若輩の警察官は口ではそう言うが、目は笑っておらず、取り調べ対象に対して全力で侮蔑ぶべつの色を全身からたたえていた。

「ケン! あまり他人ひとを悪く言うな!!」

「し、しかしジョーさん……」

 年配の警察官は若輩の警察官を叱りつけ、若輩の警察官はモゴモゴと口ごもった。勿論これも両名の演技。

「人間、誰しも気のゆるみや人間関係のしこりから犯罪に巻き込まれる事もあるし、普通は警察俺らの世話になる事も無いんだ。それに、まだ彼女は犯人と決まった訳じゃない」

 そこで若輩の警察官を叱りつける演技をしていた年配の警察官は目を相方から取り調べ相手に再び向き合う。

「何か知っている事、思い当たる事があったら俺に言ってくれ。警察俺達が出来る範囲はんいで力になる」

 そう言うと顔を伏せていた取り調べ相手、悪い事が出来ない、マジメで、義務感が強いらしい女性が顔を上げて口を開いた。

「いえ、違うんです、お巡りさん。私がやりました、私が犯人です、単独犯です」

 これには若輩の警察官も年配の警察官もおどろきをあらわにした。

「あら、あらあら? え? 本当に君一人でやっちゃったの? というか出来ちゃったの? 省のコンピューターへのハッキング! 普通こういうのって少数先鋭のチームでやるものじゃなく? ほんとの本当に? ソリスト?」

 最早自分の役割りを完全に失念している若輩の警察官は目を白黒させ、恫喝の色を一切見せずに興味津々きょうみしんしんの態度でたずねた。

「はい、試しにpasswordって入力したら通っちゃって、そこから芋づる式に国中の省庁の情報全部すっぱ抜いてしまいました!」

 若輩の警察官は天を仰ぎ、年配の警察官は眉をしかめて話を聞いた。

「それから、外務省のページから一般にはまだ公開されてない情報を落としたり、そこから横のつながりのある国々の外務省とか外交官の情報を辿って、国際連合加盟国の機密情報きみつじょうほうは大体全部掴んでしまいました!」

 若輩の警察官は絶句して、年配の警察官は顔を丸めたしわくちゃの新聞紙しんぶんしの様にした。

「……なんでそんな犯行をしたんだ?」

「分かりません。何故だか分かりませんが、私がやらないといけないという使命感というか義務感の様なものに駆られてしまって……」

 取調室の三人はこれからどうしたものかと意気消沈した。


  * * *


 時間は少々さかのぼり、まだ義務感の強い女性が不正アクセスの犯行に及ぶ前の事。

 最近、市井しせいでは「世界を掴め」という歌詞の曲が国民的ヒットをしていて……

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