第七百四十二夜『バカをバカにするバカバカしいバカ話-Small-Time Buccaneer-』

2024/09/20「白色」「氷山」「最強の廃人」ジャンルは「大衆小説」


 夜雲ヨグモ灰暮ハイクレと言う研究者肌の医者が樽編だらむ大学に居た。

 何やら胡散臭うさんくさい研究に没頭しているだの、過去に医療ミスを犯して揉み消しただのと、周囲から陰口を叩かれている男なのだが、その実親しみやすくて柔和な印象を覚える様子の男性だった。


 彼の現在の研究テーマは風邪の特効薬。

 現在の風邪薬というのは本質的には解熱剤げねつざいであって、風邪のウイルスそのものをやっつける特効薬というのは作る事が出来たら、それこそノーベル賞だと言われている。

 そこで、夜雲氏が目を付けたのは『バカは風邪をひかない』という言葉。

 なるほど、バカが風邪に対して先天的な耐性を持つというのであれば、バカから風邪に対する血清やワクチンを作る事が出来るにちがいない。

 血清は抗体であり、ワクチンはほぼ無害になった毒なので、バカから抽出したエッセンスはワクチンではないと反論する人が居るかも知れないが、世の中には自己免疫疾患や人間アレルギーという言葉もある。仮説を組み立てる際には何が起こるか分からないくらいの気持ちでいるべきだ。

 そもそもの話、ワクチンは人体に予習を行わせる予防の手段であり、免疫を取得した結果として病原体をめっする機能きのうを取得した血清とでは同列に語る事自体がおかしいが、夜雲氏は自分の研究に対して好奇心の塊の様に接していた。


 まずは検体の素となるバカの入手だが『バカと煙は高い所にのぼる』

 即ち、夜雲氏はバカと呼ばれる人々を集めてぼう登りを行なわせ、その上澄うわずみを資材とした。

 こうして高い所に登るのが得意なバカから採決したところ、その成分は常人と異なる薬効になりそうな成分が認められた。夜雲氏の仮説は正しかったのである!

「バカに罹患りかんした人体には血液に変化が見られるという実験結果が得られたか……ならば風邪だけでなく、バカに罹患した人間もバカから採った血液からなる血清で治療ちりょうする事が出来る可能性が出て来たな」

 夜雲氏は嬉しそうに結果を眺め、自分の理論を確信した。


 さて、こうなると後は実践段階なのだが、これがまたむずかしい。

 何せ動物実験をするにしても、人間と同じ病気にかかる動物は限られる。ならば人体実験をするべきかと言う話だが、まだ仮説の段階である事には変わらない。

 まさか特効薬だと偽ってテキトーな人に投与した後、観察をする訳にもいかないし、こんなバカみたいな話を治験として行うのも困難。

 ならば類人猿の様に人間と同じ風邪をひく動物で動物実験をするべきなのだろうが、しかしその様な伝手つてもコネも無い。


「もうこうなったら最後の手段だ」

 夜雲氏はわざと風邪をひき、そして自分で自分にバカから採った血清を投与した。

 しかしここで夜雲氏にとって予想外な事が起きた。なんと、バカから抽出したバカの血清は何の薬効も及ぼさなかったのである!

 何せ『バカにつける薬は無い』し『バカは死ななきゃ治らない』

 そもそも血清療法とは、免疫機能を利用して肉体から薬を精製せいせいする医療なのだ、薬が無意味でかかる病気も治る病気も無いならば、それこそ免疫系の意味など初めから無い。

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