第七百三十九夜『不便な読み物-reinventing the wheel-』

2024/09/16「虫」「コタツ」「残り五秒の才能」ジャンルは「偏愛モノ」


「あー今日は何もやる気がおきん」

 私はコタツの中で、そう呻いた。

 こんな日は、極力コタツの中から出ないに限る。

 私はコタツにこもったまま、携帯端末けいたいたんまつを手に取り、趣味しゅみの読書をする事にした。

「これならコタツに篭ったまま、次の本を取りに行くなんて恐竜が生きてた頃の動作をしなくて済む。あー、現代の利器サイコー……」

 しかし突然、読書中に宣伝のバナーが挟まって来た。それも卑猥ひわいな作品のバナーだ。ついでに言うと、私はその作品にバナーの様な露骨ろこつ情事じょうじのシーンがかげも形も無い事は知っている。

「ええい、邪魔じゃまだ! 消えろ!」

 私は卑猥な宣伝バナーの閉じるマークを押した。確かに押したのだが、携帯端末は卑猥な作品のページへとんでしまった。

「クソっ、クソッ、クソッ、本当に鬱陶うっとうしい!」

 元のページに戻った私は、安寧あんねいな気分で読書を再開した。

 しかし、次は読書中に指が画面下の広告バナーに触れてしまったらしく、広告の元らしきショップページへと飛んでしまった。

「ええい、ふざけんな! 戻れ、戻れ!」

 私は再び元のページに戻り、すっかりページをスクロールし終えた。

 すると、勝手に画面にコマーシャルの動画がせり上がって来た。

『次のエピソードを無料で読みたい方は、こちらの動画をご覧ください』

 コマーシャルの動画は洗顔剤の宣伝らしく、画面いっぱいに角栓が詰まってんだはなのアップが表示された。

「ふざけんじゃねーぞ、この産業廃棄物さんぎょうはいきぶつが! 肥溜めの中に保管した生米だってテメー程の腐臭ふしゅうはしねーぞ! こんな責め苦を味わうなら、ユニコーンの睾丸こうがんを引きちぎってミンチにしたもんを食わされた方がずっとマシだ! オメエは地獄じごくの悪魔の元で仲間のイカれ野郎共と延々解放されない責め苦を味わい続けろ!」

 私は携帯端末のページを閉じて、電源でんげんを切った。


「ああ、クソ……邪魔じゃまをされずに本を読みたい」

 紙の本を読めと言うかも知れないが、紙の本は世に出なくなって久しい。

 今や紙の本は採算が合わないとしてどこも発行していないし、電子書籍でんししょせき連載れんさいを読むとなると、強制的にコマーシャルの数々を見せられるハメになる。

 買い切りの本ならそんな事は無いと反論されるかもしれないが、元々私の趣味は読書というより古本屋巡りなのだ。

 今や古本屋の多くは閉まっていて、残っている古本屋は画一的な営業の店ばかりで風情が無い。

 そんな古本屋もがある時、即ち読書家が死んだ時以外は賑わう事は無く、読書家というと他人の死を虎視眈々こしたんたんと狙う人を指す言葉になってしまっている。最早、古本とは紙の本の事に久しい。

「もう知らん、寝る」

 私は本の虫である事をやめ、貝の様にコタツにこもった。

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