第七百三十八夜『手が出る話-hand to hand-』

2024/09/15「東」「家」「真のヒロイン」ジャンルは「ラブコメ」


「なあ、俺が悪かったよ。だから機嫌きげんを治してくれないか?」

 俺の彼女は怒ると怖い。

「………………」

 怒鳴ったり露骨ろこつに怒りをき散らす訳ではないが、怒るとだまってこちらをにらんでくる。

 それだけならいいのだが、本当の本気で怒りが非緋想天ひひそうてんになるとパンチが出るというか腕が飛ぶ。

 しかし、今彼女の機嫌が悪い理由はサッパリ分からない。心当たりが多すぎて、見当もつかない。

「なあ、何が原因か分からないけど、俺が悪かったから機嫌を……」

 その時、彼女の拳が飛んだ。

 亜音速で飛んで来た彼女の拳が俺のほおかすめ、発生したソニックブームが俺の頬を日本刀の様な裂傷れっしょうを生じさせ、俺が座っていた椅子の背後に位置いちするかべに腕がめり込んだ。

 彼女の右肩より先は射出され、断面があらわになっているのが見えた。

「ごめん……」

 彼女は突然態度たいどを一変させ、顔を伏せて小さい声で言った。

「いや、元はと言えば俺が悪いんだ。すまなかった」

 俺は彼女の右腕みぎうでを壁から引っこ抜き、彼女に手渡した。

 彼女は飛んだ腕を断面に添えると、何事も無く綺麗きれいにくっついた。


 俺の彼女はどちらかと言うと、温厚な方だ。

 何でも俺の知り合い曰く、知り合い……つまり俺の知り合いの知り合いにあたる人物が他人を怒らせた結果、手が飛んで行き、その飛んだ手はどこにも当たらなかった結果加速し続け、そのまま大気圏たいきけんを突破してしまい、右腕を失くしてしまったらしい。

 知り合いの右手を失わせてしまった事も痛ましいが、その一方で加速した腕が大気圏を突破したという事は重力圏を突き抜けるだけのスピードを出してしまったという事になり、腕は時速四万キロオーバーで飛んで行ったことになる。


 とにかく俺から言える事は、女性は怒らせるなという事だ。

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