第七百三十七夜『最も効果的で正当なチート行為-on n’a rien sans rien-』

2024/09/14「砂」「砂時計」「無敵の廃人」ジャンルは「大衆小説」


 今現在、主人公とはチートをするものである。そして、チートとはズルの意。

 何故主人公がズルチートをするものという固定概念こていがいねんが生じたかは分からないが、その遷移せんい自体は諸説あるという形で知っている。


 一説によると、明治時代に巌窟島伯爵いわやじまはくしゃくとかいう男が、梁谷法師はりやほうしなる神の使いから富と地位をさずかり、にくいあん畜生共ちくしょうども報復劇ほうふくげきり広げた時、雛形ひながたが完成したと言われている。

 これは非常にに落ちる説だが、これ以前から仇討であったり貴種流離譚きしゅりゅうりたんは存在し、例えば前者であれば江戸時代の演劇や読み物では歴史上の仇討を題材だいざいとした作品が好まれていたし、後者であればスサノオは天神の身分から追放されて八岐大蛇ヤマタノオロチを退治したりと、それこそ世界中で枚挙にいとまが無い。


 また別の説によると、これらの作品の皮切りはスーパーマンという物がある。

 故郷こきょうを追われた少年が、第二の故郷で超人的な力を振るって悪漢共あっかんどもを成敗する、痛快な作品というのがスーパーマンのオーソドックスな概要がいようと言える。

 しかしこの説もまた、完全とは言えない。


 そもそも主人公がズルチートで戦う作品はおおむね、外的要因で何かしらの祝福を授かっており、そして不思議ふしぎの国のアリスの如く異邦人として見知らぬ場所で冒険をするという雛形に従う事も多い。

 この祝福を授かるという部分に関してはもっと簡単かんたんで、聖書や各種神話を見れば数えきれない程に例を挙げられる。神と約束を受けたアブラハム、アポロンから長寿を授かったシビュラなどが有名かつ題材として適当てきとうか。

 聖書や神話を除外して考えても、悪魔や精霊や神々から思いがけない授かり物をする民話は世界各地に多くあり、形而上けいじじょうの存在から何かを授かるのは人類じんるいの有する集合的無意識しゅうごうてきむいしきと言えるだろう。

 なんなら授かり物をする相手は形而上存在でなくとも、未来から来たロボット等、形而下存在でも問題は無い。


 これらの例からして、主人公が神々から授かったズルチートを異邦で振るうというのは文学史からしたら正当な行為であり、そして人間の本能に適した様子だと言えよう。

 何せ歴史的に正しく、本能に則しているのだから、誰だって反対は出来る筈が無い。

 強いて言うなら、ズルチートという呼称が不適切だと反論はんろんする事は可能であり、それでいて正当性があるだろう。スーパーマンの例で言えば、何せ異星人として普通の身体能力を振るっているだけなのだからズルもへったくれも無い。

 これらの作品に対して好意的で無い人の意見も、努力も無しにズルチート活躍かつやくする主人公が不快という物があり、ズルチートというネガティブな言葉に対しての当たりが大きいと言えよう。

 故に巌窟王もスーパーマンも自分の所業や在り方に悩み、自分の身の振り方は本当に正しいのか悩み、しかし自分なりの正義を信じて善を行なう。ズルチートは彼等の本質ではなく、一構成要素いちこうせいようそに過ぎず、痛快な活躍かつやくすらも一側面に過ぎないのだ。


  * * *


「あークソ、全然アイディアが出てこない」

 私はコンピューターの前でボリボリと頭皮を引っ掻く。

 頭皮を引っ掻いて灰色の脳細胞を活性化させようとしたが、出るのはアイディアではなくフケばかり。

 魅力的みりょくてきな主人公を考えなければと熟考じゅっこうするも、それで魅力的なキャラクターがポン! と出るなら生成AIなんて物はこの世に存在しない。

「こっちはこうして主人公の持ちうる才能だの力だのを必死に努力して考えているというのに……貰い物の力でドヤ顔しているんだから、主人公とかいう連中は本当ズルチーター以外の何者でもないな!」

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