第七百二十六夜『特別なアメリカンドッグ、売ります-loyalty cards-』

2024/08/29「湖」「グラフ」「最後の小学校」ジャンルは「スイーツ(笑)」


 私には少しだけ奇妙な嗜好しこうがある。

 奇妙な嗜好と言っても、他人に言えない様な物ではなく、それどころか多くの人が賛同すると思う。

 私は、アメリカンドッグの根元のカリカリした部分が好きだ。

 そんなものタダの衣だと否定する人が居るかも知れないが、とにかく私はアレが好きだし、私に賛同さんどうする人も少なくない。

 ねがわくば、あのアメリカンドッグのカリカリした部分だけ食べたい。そう思うくらい、私はアメリカンドッグのカリカリした部分が好きなのだ。


  * * *


 場所は移り、ある企業の会議室かいぎしつ

 その中では精力的せいりょくてき若輩じゃくはい社員が資料を提示し、力強く他の参加者達に熱弁を振るっていた。

「以上の調査結果より、アメリカンドッグの根元部分を好む人間は世界に累計るいけい一億人いちおくにん超居る事が統計より分かりました!」

 しかし、会議の参加者達は渋面じゅうめんを浮かべたまま良い顔をしない。

「しかしねえ、そんな商品が通用すると君は本気で思っているのか?」

 けれども若輩社員は自信満々じしんまんまんで、その目は自分の案が通ると信じてうたがわない様子。

「勿論、その点についても考えております。アメリカンドッグの根元部分に付与価値をつける事で、アメリカンドッグの根元部分に興味きょうみが無い人間にも消費者しょうひしゃになってもらいます」

「付与価値?」

 会議の参加者達の関心を得られたと感じたのか、若輩社員は内心よろこび勇み、プレゼンを続けた。

「資料の次のページをごらんください、いくつかのプランを用意しました。第一のプランとして、アメリカンドッグの根元部分にオマケを付けて売る事にします。市政調査の結果、流行のゲーム作品のオマケを付けたアメリカンドッグの末端を期間限定で売る事にすれば、期待以上の利益が出る筈です!」

「なるほど、それならたかがアメリカンドッグの根元部分と言えど売れそうだ」「消費者は期間限定に弱いですものね」「限定商品と銘打てば、転売に出る輩も出るだろうし、これはきっと売れるぞ」

 若輩の社員のプレゼンに、会議室はちょっとしたねつ渦中かちゅうとなった。

 しかし、それでも納得していない会議の参加者も居る。

「そのゲームのオマケとやらがどれだけ購買意欲こうばいいよくつながるか分からないが、本当にそんなに売れるのか?」

 しかし若輩の社員はその事もり込み済み、その自信がらぐことは決してない。

「では資料の第二ページの欄外らんがいをご覧ください。ゲーム作品のオマケですが、これは十数種類を無作為むさくいに封入する形にします。こうすればオマケに関心のある子供が複数日にまたいで安定して購入してくれる事が保証されますし、ロングラン作品をオマケの題材にすれば、子供の時に作品に夢中だった大人がオマケを全種類当てる目的で大量に購入してくれるでしょう。数十年続いているロングラン作品が世代を超えて親子であいされているというのも、アンケートで結果が出ています」

 若輩の社員が示した資料の欄外には、怪獣ゲームのアニメ、魔法少女まほうしょうじょ特撮とくさつヒーローの音の出るオモチャ等に関する人気の調査結果に、それらの売り上げの推移がグラフになっており、これらのロングラン作品が全くおとろえを見せない事が雄弁に描かれていた。

 これには渋面を崩さずにいた会議の参加者も認めざる得ず、渋々若輩の社員の意見に賛同さんどうした。

「なるほど。オマケにする商品を厳選げんせんすれば、この企画は成功しそうだな」

 若輩の社員を妨げる事が出来るものは最早存在せず、自信満々、意気揚々、気炎万丈、勇気凛々ゆうきりんりん

「続いて二つ目のプランですが、アイドルグループとのタイアップです。ご存知の通り大人数のアイドルグループとはファンを同グループ内で分散させる事で客を他グループへと逃さない構造こうぞうをしており、この様な無作為封入式のオマケとの相性が良く……続いて三つ目のプランではカードゲームとタイアップを行ない、タイアップ限定カードを封入し、既存きぞんの人気カードのイラストちがいを封入する事で、他者よりも特別な自分を演出したいという一種の虚栄心きょえいしん射幸心しゃこうしんあおり……他のプランとしては……」


  * * *


 こうして、アメリカンドッグの根元部分のだけを串につけた様な商品『オマケ付きアメリカン衣一本串』はスーパーで、コンビニエンスストアで、食堂に至るまであちこちで売られた。

 企業の思惑通り、慎重に市井しせいの好むところを調査した結果、『オマケ付きアメリカン衣一本串』は飛ぶ様に売れ、連日完売御礼だった。

 一つ誤算があるとしたら、人々は『オマケ付きアメリカン衣一本串』の有する求心力で『オマケ付きアメリカン衣一本串』を購入したり転売しているだけで、アメリカンドッグのカリカリした部分に興味きょうみがある人間は殆ど誰も居なかった事か。

 今や『オマケ付きアメリカン衣一本串』はアメリカンドッグのカリカリした部分が好きな人の手には渡らず、オマケを取り去られた上でゴミ箱に投げ入れられていた。

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