第七百二十五夜『不可視の真っ赤な諜報員-Halfling’s shoe shop-』

2024/08/27「南」「映画館」「歪んだ目的」ジャンルは「ギャグコメ」


 皆さんは、スパイという職業しょくぎょうにどんな印象を持っているだろうか?

 姑息こそく? 卑怯ひきょう? 確かにそうかも知れないが、俺がスパイに抱いている印象はズバリ『かっこいい』だ。

 国や組織そしきのために戦う戦士であり、情報をすっぱ抜いて、ともすれば無血開城も可能とする。これがかっこいいと言わずして、何がかっこいいのだろうか?


 そんな訳で、俺はスパイとして平和のために日夜任務をこなしている。

 スパイが平和のための戦士と言うと、何を言っているんだ! と怒る人も居るかも知れないが、そもそもスパイを必要とする様な時勢じせいが平和じゃない。

 言わば、俺達スパイはスパイが必要な世の中を作るためにはたらいているとも言える。


 今、俺が潜入せんにゅうしている国なのだが、なんというか平和ボケをしている呑気な国といった感じの国だ。

 誰も情報スパイを警戒けいかいしてないから情報はすっぱ抜き放題だし、それに加えてそもそも誰もスパイの存在を信じていない。

 俺が現地の人々に、スパイに関してアンケートを取った結果が以下の通りだ。


「スパイ? それは映画やお芝居の中の存在でしょう? 大戦中は実在していたかもしれませんが、今はスパイなんて居ないでしょう」

「スパイが実在を? 何をおっしゃる、ゲームのやり過ぎではないですか?」

「スパイねえ、あんな道具の数々かずかずがもしも実在したら、私達は安心してらせないんじゃないですか?」


 おどろくべき事に、この国の人々はスパイは戦時中にしか存在していないと認識にんしきしており、もしもスパイが実在していると発言とマンガか何かの話をしていると決めつけられる。

 そして何より、この国の人々にとってスパイは非実在の超人のたぐいであるとすら思われている!

 さすがに目の前で他人の私物やプライバシーを物色し始めたら泥棒どろぼう扱いくらいはするだろうが、その相手をスパイだと判断はんだんする事は絶対に無い、そんな国だ。


 その様な国民性もあって、俺の仕事は非常に楽だった。

 人々は内側うちがわから蚕食さんしょくされるという考えは全く無いし、しかしそれで居て国防軍に費用ひようく常識はあり、スパイに対して無力だが、スパイをするだけの理由はあるという状態。

 情報をすっぱ抜けばすっぱ抜く程、俺は組織から重用される様になり、次第に任される任務の重要性やりょうも増えていった。

 まさしく、俺は平和のために無血で戦う理想のスパイそのものだった。


 俺のスパイとしての任務は日に日に更に増えて行った。何せ相手はスパイという認識や猜疑さいぎすらとして曖昧あいまいなのだから、俺が情報をすっぱ抜いても疑いもしない。

『全く素晴らしい。では、次の任務だ。何、君なら出来るだろう。健闘けんとうを祈る』

 俺は組織から任を受け、メッセージをバッチリ記憶きおくし、そしてメッセージそのものを消滅しょうめつさせた。

 いくらスパイを知らない民族が相手だとしても、どこから情報がれるかなんて分からないし、第三勢力だいさんせいりょくのスパイとかち合う可能性だってある。

 負の習慣しゅうかんなんて物は無い方が良い。


 俺のスパイとしてのうでは増々評価され、任される務めは更に増えた。

(いつになったら、スパイが必要無い平和な世の中が来るのかね?)

 俺の仕事は日に日に増えるが、しかしニュースを見聞きしても世界情勢は殆ど全く進展しんてんしない。

 この国にしたって、そうだ。俺というスパイに言い様にすっぱ抜かれ続けているのに平和ボケをし続けているなんて、絶対におかしい!

 俺は周囲の人々から怪しまれないように表向きのシゴト、即ち商店の店員をしつつ、スパイとして情報をすっぱ抜いている。中にはホームレスがありふれている地域ちいきで活動をするため、表向きのシゴトがホームレスというスパイも居るが、今回はそうではない。

 つまりは、俺はこの国の人間として普通に溶け込んで生活をしつつスパイをしているのだが、始めはバカにしているばかりだった平和ボケおこした隣人りんじん共に羨望せんぼうすら覚え始めた。

(スパイなんか存在しない世の中が好ましいと思ってはいるが、そもそも俺に価値はあるのだろうか……?)

 俺は自分で自分の気持ちの整理がつかず、商店の休憩室きゅうけいしつでコーヒーをすすっていた。

 そんな時、組織の一員でも何でもない、現地の仮の同僚どうりょうが俺に対して話しかけて来た。

「なあ、昨日からやってるスパイ映画たか? アレすごいから、まだ観てないなら絶対観た方がいいぜ。そうそう、これ予告編」

 同僚は俺に対して携帯端末の画面を示し、画面ではジェットパックを身に着けたスーツ姿の男が空中を縦横無尽じゅうおうむじんびつつ、飛行船ひこうせんに乗り込むというワンシーンだった。

「冗談きついぜ、そんなものが実在する訳ないだろ」

 俺は一切の含みも思案も無く、ただ思った事を口にした。

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