第七百二十四夜『口から漏れている言葉は……-day after day-』

2024/08/26「夏」「パズル」「冷酷なカエル」ジャンルは「王道ファンタジー」


 ある日の事、港のとなり位置いちする公園こうえんに、その男は居た。

 その男は帽子を目深に被り、利き手に持った携帯端末けいたいたんまつを注視し、逆の手からカバンを提げ、ブツブツと口から何かを唱えながら歩いていた。

「塩酸……塩素……毒ガス……」

 通行人はすれちがいざま、帽子を目深に被った男の口かられる言葉にギョッとした。

 何せ口から毒ガスと言葉を漏らしているのだ、手から提げたカバンには薬品が詰まっており、これからどこかで犯罪をしに行くのではないか? と、そう猜疑心さいぎしんすら浮かんできた。

 猜疑心と言うのはポツリ一つ浮かぶと際限なく浮かぶ物で、ここは港町なので観光客が多く、外国人も多く、宿泊施設も多いし、外国行きの船も多い。毒ガスがどうこう呟いていた人物が居たとなると、どこでどうテロ行為でもするのではないかと考えは雪玉が転がる様にドンドン肥大化していった。

 最早通行人の脳内では、帽子を目深に被った男がカバンからありとあらゆる薬品を取り出し、船上で毒ガスを精製せいせいし、タワーホテルで爆薬ばくやくを使い、外国の要人に自白剤や毒薬などを盛る様子すら想像していた。

「いやいや、そんな口から計画を漏らす様な犯罪者が居るだろうか?」

 通行人は、今しがたすれ違った目深に帽子を被った男は資格取得の勉強か何かをしているのだと考え、犯罪者とおぼしき人間など居なかったのだと結論けつろん付けた。

 何故なら、帽子を目深に被った男は携帯端末を注視しながら歩いていたのだ。きっと端末に表示された教科書の内容を音読しながら歩いているのだろう、そうに違いない。

 通行人は特に何もおかしな事は無かったと、そう考える事に努めた。


  * * *


 ある日の事、港の隣に位置する公園に、その男は居た。

 その男は帽子を目深に被り、利き手に持った携帯端末を注視し、逆の手からカバンを提げ、ブツブツと口から何かを唱えながら歩いていた。

ほお……切り落として……溶けるまで……つぶして……」

 通行人はすれ違いざま、帽子を目深に被った男の口から漏れる言葉にギョッとした。

 何せ口から不穏な言葉の数々を漏らしているのだ、手から提げたカバンには凶器がズッシリ詰まっており、これからどこかで犯罪をしに行くのではないか? と、そう猜疑心すら浮かんできた。

 猜疑心と言うのはポツリ一つ浮かぶと際限なく浮かぶ物で、ここは港町なので観光客が多く、外国人も多く、宿泊施設も多いし、外国行きの船も多い。不穏な言葉をアレコレ呟いていた人物が居たとなると、どこでどうテロ行為でもするのではないかと考えは雪玉が転がる様にドンドン肥大化していった。

 最早通行人の脳内では、帽子を目深に被った男がカバンからありとあらゆる凶器を取り出し、船上で刃傷沙汰ニンジョウザタを起こし、タワーホテルに忍び込んで人体切断や証拠隠滅しょうこいんめつを行い、外国の要人にハンマーで殴りつける様子すら想像していた。

「いやいや、そんな口から計画を漏らす様な犯罪者が居る筈が無い!」

 通行人は、今しがたすれ違った目深に帽子を被った男は今晩の夕飯を何にしようかレシピか何かを音読しているのだと考え、犯罪者と思しき人間など居なかったのだと結論付けた。

 何故なら、帽子を目深に被った男は携帯端末を注視しながら歩いていたのだ。きっと端末に表示された料理本の内容を音読しながら歩いているのだろう、そうに違いない。

 通行人は特に何もおかしな事は無かったと、そう考える事に努めた。


  * * *


 ある日の事、港の隣に位置する公園に、その男は居た。

 その男は帽子を目深に被り、利き手に持った携帯端末を注視し、逆の手からカバンを提げ、ブツブツと口から何かを唱えながら歩いていた。

「教主様……生まれた初子……乳飲み子が好ましく……まだ歩けぬ嬰児みどり……手首と足首に刃を通し……規定量きていりょうに……この時、生き血でなければ……」

 通行人はすれ違いざま、帽子を目深に被った男の口から漏れる言葉にギョッとした。

 何せ口から不穏な言葉の数々を漏らしているのだ、手から提げたカバンには口に出すのもはばかられる様なおぞましい物がズッシリ詰まっており、これからどこかで犯罪をしに行くのではないか? と、そう猜疑心すら浮かんできた。

 猜疑心と言うのはポツリ一つ浮かぶと際限なく浮かぶ物で、ここは港町なので観光客が多く、外国人も多く、宿泊施設も多いし、外国行きの船も多い。悍ましい言葉を呟いていた人物が居たとなると、どこでどう何をするのか分からないという考えは雪玉が転がる様にドンドン肥大化していった。

 最早通行人の脳内では、帽子を目深に被った男がカバンから言葉言い表すのもむずかしい様な代物の数々を取り出し、船上で公序良俗こうじょりょうぞくに反する様な行ないをはたらき、タワーホテルで想像するのも恐ろしい様な会合に参加し、外国の要人も一枚んでいる様子すら想像していた。

「いやいや、そんな口から計画を漏らす様な犯罪者が居る筈が無いよな……?」

 通行人は、今しがたすれ違った目深に帽子を被った男は居なかったし、その口から不穏な言葉の数々が聞こえたのも全ては幻覚、犯罪者と思しき人間など居なかったのだと結論付けた。

 何故なら、帽子を目深に被った男は携帯端末を注視しながら歩いていたのだ。携帯端末を見ながら歩いている人間は多いが、逆に言うと端末を見ながら歩いていた人間なんてものはどこにでも居る様なもので、つまりは先程の帽子を目深に被った男は(こんな人間が居たら嫌だな……)という妄想のあまり見えてしまった幻覚に違いない。

 通行人は特に何もおかしな事は無かったと、そう考える事に努めた。


  * * *


 ある日の事、港の隣に位置する公園にある建物の屋内に、その男は居た。

「この業界に居ると、世間の狭さを感じるんだ」

 その男は帽子を目深に被り、将棋盤しょうぎばんを凝視しながら、熟考じゅっこうをしながら、ブツブツと口から何かを唱える最中、はっきりとした口調くちょうでそう言った。

 ここは港の隣に公園にあるカフェで、帽子を目深に被った男はコーヒーを飲みながら対局をしている最中だった。

「世間の狭さねぇ、その心は? ほい、王手飛車取り」

 帽子を目深に被った男と対面している男は、将棋を指しながら興味きょうみ深そうに質問をした。

「では歩で止めます。いやな、私は将棋が弱いだろう? もっと言うと、こうして対面で遊ぶゲーム全般ぜんぱんが弱いんだ、リバーシもカードも麻雀マージャンも弱い。例外は双六だな」

「お前は考えが口に出るもんな。飛車取り、角成り」

 帽子を目深に被った男と対面している男は将棋を指す手をゆるめず、しかし彼の言葉を肯定した。

「銀で取ります。それで、こないだ街で私と似た様な人間かな? 考え事をしながらブツブツ言いながら歩いている人間が居たんだ。まあ、一種の二宮金次郎だな」

「なるほどなるほど、つまりはお前と同じ位将棋が弱そうな奴を街で見かけたと。あ、王手」

「まあ、そういうところ。投了、ありがとうございました」

 帽子を目深に被った男はそう宣言すると、回想戦も無しに盤面を崩して駒を並べ始めた。

「それで、その将棋が弱そうな奴がどうしたんだ?」

 帽子を目深に被った男と対面している男は彼をとがめるでもなし、彼の話に興味が移った様子で尋ねた。

「ああ、あれは頭の中で文章を作っている感じだった。私もそうだから分かる」

「うん、お前さっき『角を切らせて……』とか作戦口にしてたからな」

「やめてくれ、話を戻すぞ」

 帽子を目深に被った男は、恥ずかしそうに笑いながら話を続けた。

「多分そいつは頭の中で文章を作っていたんだと思うんだけど、その内容が面白かったんだ。毒ガスとか、頬を切り落とすとか、教団の教祖様の生贄いけにえがどうとか」

「全く脈絡が無いな」

 帽子を目深に被った男と対面している男はバッサリと一蹴いっしゅうした。

「ああ、脈絡が無い。それ、多分新作ゲームの内容だ」

「新作ゲーム?」

 帽子を目深に被った男と対面している男は不思議ふしぎそうにして、それとは対照的に帽子を目深に被った男は確信を得て自信満々にしている。

「現代の街だと、換気機能かんききのうが建物にそなわってたりして毒ガスって結構けっこう兵器としては短所ばかりなんだ。そもそも入手がむずかしかったり、足がつきやすいって理由もある。つまり毒ガスってのは比喩ひゆか絵空事ってのが推測できる」

「なるほど」

「次に頬肉を切り落とすってのは、料理本や料理作品だと結構けっこうある表現だ。毒ガスが出ている最中にとなりで呑気に食事をしているシーンのある作品もあるが、少々不自然と言うか、例えばこれがアニメの脚本家きゃくほんかの独り言だとすると詰め込み過ぎだな。これは一種の史実ネタだが、ヤドクガエルってのは矢毒蛙と字を当てて、狩猟に使うからヤドクガエルなんだ。私が知っている中だと狩猟したモンスターを料理して食べるって作品はおおむね人気がねる傾向があるし、きっとその人はゲームクリエイターだと推測した。って言うのが二つ目の理由」

「ふむふむ」

「最後に、仮にあなたがカルト教団の一員だと仮定して、自分の所属している宗教を教団って呼ぶ? 名前じゃなく、教祖様って肩書で呼ぶ? そもそも街の往来で生贄がどうとか口をすべらす? ついでに言うと、日本のゲームで宗教団体が出て来て、全く全然腐敗ふはいしていない作品ってどれくらいある?」

「あり得ないな、全然あり得ない。だからゲームの脚本家に違いないって事か」

 帽子を目深に被った男と対面していた男はすっかりに落ちた様子で、頷いていた。

「おっと、そろそろ組合の会合があるんだ。失礼するぜ」

「おう、俺もそろそろ帰るわ」

 二人はそう言ってカフェの皿やカップを返却し、将棋盤と駒を片付け、二、三言葉を交わして解散かいさんした。

 帽子を目深に被った男と対面していた男は急ぎ足で駅の方へ向かい、帽子を目深に被った男はそれを見送りつつ、ゆっくりと歩き、そして頭に浮かんだ言葉を口にした。

「やれやれ、出来の悪い同志の失態しったいをごまかすってのも一苦労だな……」

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