第六百五十夜『至上最大の犯罪計画-SINgularity-』

2024/05/10「台風」「残骸」「悪の山田くん(レア)」ジャンルは「大衆小説」


 山田少年は世を恨んでいた。

 それはもう恨みに恨んで、悪の限りを尽くしてやると心にちかっていた。

 悪の限りを尽くす誓いというのは文字通り、世にある犯罪の数々を全て行なってやろうという事に外ならない。

 しかし、言うは易し行なうはかたしである。

 よくげきや映画で『殺し以外の悪事は何でもやった』とは言うものの、これを文字通りに受け取ると、大変な事になる。

 例えば軽犯罪で捕まりたいならば、公共の場で立小便でもすればいい。

 しかし、通貨偽造の罪やダム破壊の罪は専門の道具や相応の準備じゅんびが必要となる。何せコピーにかけた通貨じゃ人をだます事は出来ないし、個人で所有出来る火薬量ではダムは破壊する事は出来ない。

 加えて世の中で最も重い罪の一つは外患誘致の罪、即ち売国の罪なのだが、これを実行するためには外国の政治家や軍にコネクションを持っている状態で、なおかつ国内の情勢じょうせいを知っていなければならない。正式に売国奴になるには、国防軍やそれに類する組織そしきの高官にでもならなければならないのだ!

 しかし、世にある犯罪を組織の高官か何かにならないといけないというのは良い着眼点と言えよう。

 世にある犯罪の数々をやり尽くすには、一つの罪を犯してはその都度捕まっていては話にならない。

 ならば、高官なり長官なり大臣にでもなって富と力と部下を持たねば成立し得ない。

 それでは特撮作品とくさつさくひんの悪の組織だの、推理作品の犯罪組織だと言う意見もあるかも知れないが、前述の通り国の中枢にある人物でなければ犯罪のコンプリートは達成が出来ない。


 山田少年は血のにじむ様な努力をし始めた。

 何せ山田少年の将来の夢は政治家として大成する事、それこそ防衛大臣か何かになる事なのだ。同級生の悪ガキ共が遊んだり悪事をしている間にも必死に勉強をした。

 しかし、ただのガリ勉では山田少年の夢が成就しない。

 山田少年は課外活動やボランティアにも手を出し、先生方の覚えが良くなる様に努め、生徒会長に立候補して演説で票を集めた。

 何せ山田少年は未来の防衛大臣なのだ、こびを売ったり演説で人々の心を掴めねば何にもなれない。


  * * *


 あれから年月は過ぎ、山田少年……いや、山田氏の努力は身を結んだ。山田氏は今や、防衛省の高官、国政の内情を知る立場だ。

 山田氏と言えば少年時代から真面目で誠実、何をやらせても一生懸命いっしょうけんめい取り組む実直な人柄だと周囲から知られており、防衛省に勤める様になってからもその様な人物で通っており、彼を慕う部下も出来た。


 防衛省に勤める様になってからも、山田氏は勤勉な態度を保った。

 何せ彼は大犯罪計画を企てているのだ、計画には十分な準備が必要であり、決行までずっと民衆や周囲から信用に足る人物だと思われていなければならない。


 時には他の政治家が汚職や醜聞しゅうぶんはたらく事もあり、山田氏はこれを表立って責め立てずに警察けいさつに密告する形で追放した。

 彼の計画には彼の他には国利にならない政治家は必要が無いし、最悪の場合、汚職政治家なんてモノが居たらソイツが売国行為を先に行なうかも知れないのだ。


 山田氏は政治家として勤勉かつ真面目に勤め続け、遂には防衛大臣になった。

 彼の誠実な人格と勤務態度が実を結んだ形となる。

「国の中枢に入り、地位も部下も力も得た。今や、私の計画を実行するのに完璧かんぺきなタイミングか……ダム破壊も、人為的洪水も、売国行為で国を戦火の渦中に放り込む事も出来る」

 山田氏は電話を手に取り、かねてから懇意こんいにしていた外国の軍の高官に連絡を取ろうとして、電話を置いた。

 山田少年の胸中には、かつて理不尽に対する怒りや怨みが渦を巻いていた。

 しかし今の山田氏には復讐心ふくしゅうしん憤怒ふんぬは無く、むしろ透き通った無の様になっていた。

「私の人生は、一体何なんだろうな?」

 机に電話を置いた山田氏は自問自答をして、そして何が何だか分からなくなった。

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