第六百四十九夜『来世からの遺産-paradigm shift-』

2024/05/08「天」「裏切り」「家の中の物語」ジャンルは「指定なし」


 まず初めに、俺は転生者だ。

 俺には前世で死ぬ直前の記憶があり、気が付いたら五体満足で元の健康体な姿のまま、この世界に居た。

 そして、この俺の記憶が偽りでも何でもないのならば、この世界は俺が元居た世界の過去か、極めてそれに近い世界だと思った。


 俺が今居る風景は見渡すばかりの麦穂畑に、巨大で古風な風車小屋が一つ見える。

 畑の真ん中とおぼしき場所には麦穂畑が途絶えていて土がむき出しになっていて、わだちの後が見えて、馬車が通り道の様だ。

 俺は世界史に詳しい訳ではないが、この風景を見て、なんとなく中世ヨーロッパのどこかじゃないかと思った。

 中世ヨーロッパだと判断して理由は、俺が世界史の知識ちしきに乏しく、具体的に今でいうどこの国か分からないし、そもそも当時の国号や地理もサッパリ分からないから。

 よく分からないけど、フランク国王のカールがヨーロッパを統一したんだから全部ヨーロッパで良いだろ。トランプのキングになるくらいの偉人なんだ、よく知らないけどきっとそう。


 そして、俺は本当に中世ヨーロッパにタイムスリップしたのならば、一つ為さねばならない事がある。

 言うまでも無く、現代知識チートズル無双だ。

 無知蒙昧むちもうまい無教養むきょような原始人を啓蒙けいもうして王様の様にあがめられるというのは、SF作品の黎明期れいめいきから有る雛形ひながたの一つで、SFの巨匠達も皆コレに類する作品を必ず創作してる!

 まさか自分がその立場になるとは露程つゆほども思った事は無かったが、今自分がそんな作品の主人公の様になったと思うと、顔中に鳥肌が立つのを感じる!

「さあ考えろ、俺はこの時代、この場所で何を教えて為すんだ?」

 俺はワクワクドキドキ胸をおどらせながら考えた。

 まずは天動説を教えるのはどうだろうか?

 いやダメだ、天動説を唱えたから異端審問にかけられるというのは後世の創作によるところが大きいとも聞くが、そもそも中世の一般人に天動説を教えても反応はかんばしくないだろう。

 そもそも学説なんて物は、聞く方にも意欲や知識を要求する物であって、誰でも新学説を聞いて理解出来るのであれば大学などの高等教育機関こうとうきょういくきかんは役目を半分喪失する事になる!

 加えて言うと、俺は星の軌道の計算なんてとても出来ないし、楕円形だえんけいの面積や外周の求め方も知らない。

 『お前は自分で言っている事や、自分が来た世界の事も知らないのか?』そう現地人に言われたらと思うと、とても胃が痛い。


 では、マヨネーズや醤油しょうゆを作り、この時代の人間を魅了みりょうするのはどうだ? これならば、一般人もよろこんで好意的な反応を示すにちがいない。

 だが、その後はどうなる?

 きっと、後追いで見様見真似のマヨネーズを作る人が出て来るだろう。

 マヨネーズは卵と酢と油で出来ていて、マヨネーズを知らない奴がマネをしたら、きっとサルモネラ菌入りのマヨネーズを作り上げるに違いないだろう。

 そしたら、この世界におけるマヨネーズの本家本元である俺が毒を売りさばき、毒を蔓延まんえんさせに来た悪人とされてしまう!

 人間の悪評や醜聞しゅうぶんとは今も昔も恐ろしい物で、アイルランドの昔話には吟遊詩人マスコミを巧みに操る暴君ぼうくん敵国てきこくの勇士を謀殺ぼうさつする物がある。国を代表する勇士ですら謀殺されるのだから、流れ者の俺などマスコミに簡単に圧殺されるだろう。

 マヨネーズはダメだが、醤油にも問題がある。

 そもそも醤油は大豆由来でなくイワシ由来であれば、同じ物が古代ローマにも存在したので作る事は可能だろうが、これは醤油を作っても知る人からしたら車輪の再発明と見られてしまう。

 第二の問題として、当時のローマには醤油工場を都内に作ってはいけないという法律が存在した。

 イワシをタルにぶち込んで発酵はっこうさせる行為は人里はなれた場所でなければ、皇帝から許可されないという事だ。

 今この場で俺が同じ事をしたとして、匂いが他人様の家の中までただよって来たら文句を言われかねないし、そもそも畑は誰かの私有地だ。

 俺が自分の家で、近所から常にイワシの発酵した匂いがし続けたとしたら、俺はその原因の奴に文句の一つも言うだろう。

 とにかく、マヨネーズも醤油も無理だ。


 ならば、手洗い消毒を伝えるのはどうだろうか?

 中世ヨーロッパは古代ローマに失われていた概念がいねんが少なくなく、古代ギリシャには希薄きはくながらも清潔せいけつの概念はあった。

 今この時代で手洗い消毒を教えれば、きっと俺は偉人として称えまつられるだろう!

 いや、ダメだ! お前らの医療いりょうは全て間違ってました! なんて言ったら、それこそこの時代の人々や組合に袋叩きにされてしまう!


 俺は頭を抱えて、悩んだ。

 何か俺にも出来て、この時代の人間にも受け入れられて、うとまれたりリスクが無く、そして怒りを買わない様な偉業は無いだろうか……?

「あ、そうだ」


  * * *


 ヨーロッパのある地域、ある時代、まだ機械きかいが実用化されてない頃の話。

 人々は朝起きて広場に集まり、最も声が通る者が歌を歌うのに合わせ、身体を動かしていた。

 この習慣を始めてから人々の健康状態は良くなり、以前から見て動けない老人もったと言う話だ。

 人々はこの一連の運動をと呼んでいたが、その言葉の意味は分かっておらず、外の世界から来たラヂオ氏が伝えたからラヂオ体操だと、自分たちの習慣をそう紹介していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る