第六百四十七夜『外さない仮面-surface-』

2024/05/05「部屋」「人形」「暗黒の中学校」ジャンルは「時代小説」


 時は江戸、あるところに常に仮面を被っている少年が居た。

 常に仮面を被っているというのはうそでも偽りでもなく、弁当を食べる時も、どんな時も仮面を外さない。

 仮面を絶対外さないので、体格から少年とは言ったものの、ひょっとしたら女性かも知れないし、加えて言うと少年という様な年じゃないかも知れない。

 少年は寺子屋に通っているのだが、周囲の子供達はあらぬうわさを立てたりした。

 曰く、彼は人間の振りをしている人形だとか、或いは、彼はのっぺらぼうが仮面で偽って人間に溶け込んでいるのだとか、それこそ根も葉もない事が口々に言われた。

 そうなると「あいつの仮面をはいでやろう!」そう息巻く輩もでてくる。

 無論、そんな事をするのは子供達ばかりで、分別のある大人はそんな事はしない。

(きっと他人に言えぬ都合があるのだろう……)

 常に仮面を着けているのなら、恐らく顔に傷か火傷か、はたまたデキモノでもあって顔を隠しているのだろう。

 そう考えて、大人たちは仮面の少年を気にもしないが、子供達はそうもいかない。不審がって面白がって仮面をふんだくろうと狙う。

 しかし仮面の少年の方もサルものひっかくもの、仮面をひったくろうとしても相手の腕をひね上げるし、仮面を取り落とさせようとしてもしっかりと固定されていて、これが落ちない。

「今日というは今日は、アイツの仮面をぶんどってやるぞ!」

 そう言うものの、毎回ダメ。それが仮面の少年に絡む悪ガキの毎日であった。


「火事だ!」

 ある日、その町で火災が起こった。

 別段、これもくだんの悪ガキ共の仕業という訳では無い。

 悪ガキどもはヤンチャで意地悪だが、外道ではないのだ。

 そもそも付け火は重罪であり、そんな事も分からぬ悪ガキ共でなし、何故付け火が重罪なのか、火災がいかように恐ろしいか、そこまでの想像力の無いクソガキではない。

 しかし火災から逃れると逃れた避難先ひなんさき、件の仮面をした少年の姿が無い。

 さては火災におっかなビックリ、仮面を取り落としたか? とそう思うも、そもそも近所の見知った顔ばかりで仮面の少年とおぼしき姿がそもそも無い。

(もしや逃げ遅れたのでは?)

 しかし背後は轟々ごうごうと家屋を飲み込みかねない火災の手の内、火消が事態を鎮静化させようと健闘しているものの、人を探して中に入るのは無理難題むりなんだい

(ひょっとして、アイツは素顔を見られるならばと火の中に居残る事を選んだのか?)

 悪ガキ共の頭に、そんな嫌な考えが浮かんだ。

 火災は順調に消火されつつあったが、家屋はとても住めるような状態じょうたいではなかった。


  * * *


 すっかり焼け焦げて、壊された形で全焼を免れた長屋の中に奇妙な物があった。

 ソレは人型ではあるが人形ではなく、人型ではあるが決定的に生きた人間ではなく、人型だが表情が存在せず、そして何よりも頭部が無い死体だった。

 頭部が無い死体が奇妙か否かで意見が分かれるかも知れないが、とにかくソレは奇妙なモノだった。

 何せソレは確かに人体の様に見えるのだが、頭部が綺麗きれいにスパッと一刀両断されたかの様にも見え、その一方で最初から頭部が無いかの様に首が無いにも関わらず切断面と思しき部分は綺麗だった。

 見る人が見れば、一流の処刑人でもここまで綺麗に首を断つ事は不可能だと見て取れ、この首の無い体が不審だと思った事だろう。

 まるで最初から首が無い生物が倒れているだけか、或いは首だけの生物が仮面ならぬに使っていた物を捨ておいて何処どこかへと去って行ったかのようだった。

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