第六百四十五夜『よその世界の気楽な官能器-Succubus Rapsodie-』

2024/05/02「秋」「メトロノーム」「業務用の恩返し」ジャンルは「大衆小説」


 ある時、うちにビデオレターが届いた。

 ビデオレターが届いたと言っても、僕にはそんな心当たりは無いし、そもそも僕の顧客に記録映像を寄越す様な客は思い当たらない。

 しかしビデオレターと一緒に入っていた注文書には、確かにうちで取り扱っている書籍しょせきであり、これが何かのカモフラージュでなければSFで見る様なウイルスメールなんかではないだろうし、そこまで回りくどい事をする人も存在しないだろう。

「注文は『悪食探偵』文庫版全巻に『食いしん坊探偵』愛蔵版全巻と、それから『殺し屋の昼食』既刊全巻か……何と言うか、人を食ったような素直じゃないマンガばかりだな」

 僕が知る限り『悪食探偵』は殺人現場に残された遺体いたいや犯人の思惑をサカナに食事をするのが大好きという、異常な人物が主人公のマンガで『食いしん坊探偵』は殺人現場に残された食べ残しを喜んで食べる、異常な人物が主人公のマンガだし『殺し屋の昼食』は抗争や拷問や殺人の間に昼食を食べる、異常な人物が主人公マンガだ。

「そういう趣味のお客さんなんだろうが、なんだか腑に落ちないな……」

 だってそうであろう、死体を見ながら美味しそうに食事をする人間が主人公のマンガばかりを注文する客……これはおかしい注文ではないが、妙な注文だと言えよう。

「ま、そういうお客さんもいるわな」

 そう思いながら、僕は注文書に添付されていたビデオレターを再生した。


 そこには宇宙人が居た。

 宇宙人と言っても、SF映画でよく見る様な火星人ではない。

 その宇宙人は女性で、白い肌と黒い羽根や甲殻の様な物で肉体を形成してあって、頭からは毛髪が硬質化した様に見える角が二本生えていて、臀部でんぶからと思しき位置から尻尾が垂れていて、尻尾の先端はバキュームかドレーンの様な組織そしきを形成していた。

 簡潔かんけつに言って、女性は戯画ぎがや仮装祭で見る様な悪魔だった。

 ビデオレターの中の女悪魔が話し始めた。


 ―――


 突然の注文とメッセージを失礼します。

 本当はただ本を注文するだけだったのですが、どうしてもあなたには私共わたくしどもの事を知って頂きたかったのです。

 私共わたくしどもからサキュバスとかインキュバスと言う呼称で知られている生物です。

 サキュバスやインキュバスと言っても浮気や不倫の擬人化たる悪魔ではなく、一種の生物。

 最初に私共わたくしどもを見た人間がサキュバスとインキュバスだと認識し、今日こんにちに至るまでそう呼んでいるので、私共わたくしどもも便宜上そう名乗ります。

 あなた方は私共わたくしどもを交接を飲食としている生物と認知していますが、それも最初に私共わたくしどもを見た人間によるところ。

 そもそも私共わたくしどもサキュバスとインキュバスは生物学上は同じ生物ですが、生物学上の性別は無く、単為生殖で子を成します。この時サキュバスからインキュバス、インキュバスからサキュバスが生まれる事もある故、種として同じ生物だと私共わたくしども私共わたくしどもを定義しています。

 しかし私共わたくしども雌雄しゆうで体内の酵素こうそが異なり、排出やデトックスの内容も雌雄で異なります。

 これが何を意味するかと言うと、私共わたくしどもは互いに交接を行なう事で排泄物を相手に送り、交接椀から栄養を受けとります。

 即ち、我々はあなた方の認知で言うところの植物に似て、サキュバスとインキュバスは交接椀を使い、互いにとっての排泄物を押し付けて肥料を受けとる生態せいたいをしています。

 この様な生態をしている故、最初に私共わたくしどもを見たあなた方は「交尾を食事代わりに行なう悪魔だ!」と言ったのでしょう。

 確かに私共わたくしどもは人間に近い外見をしており、交接椀を交わす事を食事だと認知しています。

 しかし私共わたくしどもにとって交尾は恥ずかしい事ではなく、当り前にサキュバス前でする行為なのです。

 この様な一方的な語りをしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

 しかし、そんな考え方や習慣を持つ知的生命体が存在するという事を、どうしても知っていただきたくなり、この様なメッセージを送った所存です。

 願わくば、これからも良き関係を保てますように。


 ―――


 ビデオレターを見終わって、僕はクラクラと眩暈めまいを感じた。

 悪魔の様な生物が実在していて、その正体は別の知的生命体で、しかも植物の様な生態? まるで意味が分からない。

 そしてこのメッセージが創作の映像作品でないなら、この世界のどこかに……それこそ郵便や宅配が届く範囲はんいにサキュバスは実在していて、インキュバスと交尾にしか見えない食事を行なっている事になる。

 ひょっとしたら、街ですれ違った相手が角を隠したサキュバスかも知れないのだ!

 そして、そう考えている最中に、僕はある考えが浮かんだ。

「『連中にとって交尾は恥ずかしい事ではなく、当り前にサキュバス前でする行為』か……交尾や睡眠が恥ずかしくない行為の生命体なのか?」

 僕の頭の中では、公の場で睡眠や交尾をジャンジャカ行なう人間の様な外見の悪魔が居る場面が広がった。

 しかし、それだけではない。連中は交尾は人前でする事で、交尾が食事だと言った。

 ではその逆は?

 僕は注文されたマンガの表紙を見た。

 表紙には、死体が視線の先にあるであろうにも関わらず、黙々と美味そうな天ぷらうどんを食べている名探偵の姿があった。無論、表紙の絵には死体は描かれていない。

 ひょっとしたら、このマンガは連中にとっては、死体の前でセックスをする様な敗退的で不道徳な刺激の強いポルノ作品なのではないか? そんな刺激の強い娯楽だからこそ、三作品を全巻いっぺんに注文したのではないか?

 僕は頭に浮いて来た、その様なつまらない考えを一笑し、注文書に添付されて来たビデオレターをゴミ箱に捨てた。

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