第六百四十三夜『男爵の空飛ぶ船の青写真-Distress signal-』

2024/04/30「南」「船」「役に立たない存在」ジャンルは「邪道ファンタジー」


 昔々、あるところに男爵だんしゃくが治める地があった。

 その領地なのだが、田舎も田舎、ドの付く田舎。

 いや、ド田舎という表現はよろしくない。何せ昔々の話なので、戦艦せんかんなんて物はまだ存在しないのであり、ド田舎という表現は近代や現代が舞台なのかと語弊ごへいを招く。

 とにかく、昔々の田舎も田舎、男爵が治める地があった。


 男爵は貴族であったが、その生活は豪勢ごうせいでなければ、その仕事も苛烈ではなかった。

 何せ男爵の領土はあまりにも田舎過ぎて、人間よりも家畜の牛の方が多い程。

 男爵は人並みにはたらき、人並みに余暇を過ごしていた。

 都市の貴族院でビシバシ政務や議会をする者、国境地帯や辺境で領主として外国人相手にガンガン公務を果たす者、そういう貴族も居るが、男爵はそんな人生とは完全に無縁であった。

 しかし田舎の貴族の過ごし方など、知れた物で、とりあえず狩猟シーズンには鹿をったり、もしくは人の少ない土地を良い事に野鳥を集めて空を飛ぼうとたわむれたりした。

 男爵は戯れを好むものの、基本的には堅実で地に着けた人間で、鹿を撃てば正射必中、鳥を集めて空を飛ぶなんて荒唐無稽こうとうむけいは必然失敗した。

 そんな男爵の人となりは領民にも知られており、良く思われていた。


 ある晴れた日、男爵が森の中を歩いている時の事だった。

 男爵が空を飛ぶ鳥を眺めながら散歩をしていると、空から何かが降りて来た。

 その何かとは、鉄色の空飛ぶ円盤えんばんで、うつろ舟と呼ばれるタイプの宇宙船、それが煙を吐きながら森の中、男爵のすぐ目の前へ落ちて来た。

 それは紛れもなく空飛ぶ円盤なのだが、そもそも男爵は精密機械せいみつきかいという概念が希薄きはくで、単に空を飛ぶ乗り物が落ちて来たのだと理解した。

 彼はコンピューターの存在は知っていたし、そもそも古代ギリシャには歯車仕掛けの天文台があり、古代エジプトには飲み物の自動販売機があり、古代ローマにはクレーン車があり、ルネサンス期のイタリアにはヘリコプターがあったのだ。しかし、いきなり宇宙船なんて物を、宇宙船を知らない人に見せても全貌ぜんぼうを悟る事は不可能という物だ。

 男爵が物珍し気に空飛ぶ船を眺めていると、空飛ぶ円盤の外壁がスッと開き、中から船員、即ち宇宙人が降りて来た。

「くそ、こんな辺境の星で不時着なんて! そこの方、この会話は通じているか?」

 宇宙人は服に取り付けた装置を介して男爵に語り掛け、その装置の機能のお陰で宇宙人は男爵に伝わる原語で話が出来た。

「君、今辺境の星と言ったのか? つまり、空に輝いている星々には、君達の様な空を飛ぶ船が沢山あるのか?」

「良かった、翻訳機能は正しく動いている。しかし、このままでは宇宙船を飛ばす事は叶わない……救援信号は出したが、それまでこの土地を使用する許可をいただけないだろうか?」

 宇宙人はそう言うが、男爵には全く意味が分からなかった。

 別に男爵は頭が悪いという訳では無い。むしろ彼は聡明で、頭の回転は早い。

 では何故理解が及ばないかと言うと、そもそも彼は国境地帯の貴族でも都市で王政に関わる貴族でもなく、そしてそもそも人が空を飛ぶ手段をこれまで知らなかった。

 これが意味するところは、男爵は領土や領海を侵犯された場合や、亡命を希望する人間が現れた際のマニュアルが彼には無いのである。

 分からないならば、分からないなりに考える事は出来ようが、今の男爵の頭は宇宙人が乗って来た空飛ぶ船で一杯になっており、まるで考え事が出来なかった。

 渇いた破裂音がひびき、銃口が火を吹いた。

「え? あ?」

 暴発ではない。そもそも男爵は堅実な人間で、猟銃のメンテナンス不足で暴発など起き得ない。

 即ち男爵は空飛ぶ船が欲しくなり、領土侵犯を理由か、それとも銃の故障や暴発を理由にか、宇宙人を射殺したのだ。

 加えてこの一帯は男爵の土地で、人通りは少なく、そして人が居るとしても気心知れた隣人りんじんばかりだ。

 突然現れた異邦人を、その土地の権利者が射殺したからと言って何の非があるだろうか? そして仮に目撃者もくげきしゃがいるとして、男爵と宇宙人のどちらに非があると判断するだろうか?

 男爵は宇宙人を丁寧に森の土の中に埋め、そして村の衆を呼んで船を自宅の脇へと皆で運んだ。

「私は撃つ気は無かった。しかしかの異邦人と揉み合いになり、指が引き金に触れてしまったのだよ。不幸な事故であった……」

 村の人々は男爵の言葉を信じ、そして関心は見た事も無い空飛ぶ船へと推移した。

 村の衆には、これを直せる様な人は居なかったが、都の技術者なら何とかなるのではないだろうか? と、意見が飛び交い、その様な運びとなった。

 男爵としては空飛ぶ船を手放すのは不本意であったが、空飛ぶ船のが解き明かされたならば、自分もそれに与る事が出来るかも知れないと踏み、それを快諾した。

 空飛ぶ船は、明日にでも都へ運ばれ、分析や解析や分解をされる事だろう。


「これはダメだな、まるで原理が分からん。しかし、隣国の技術者なら何か分かるかも知れん」

 結局、都の技術者は根をあげ、その様な運びとなった。


「これはダメだ、まるで歯が立たん。こんなもの、何とか出来るのは友好国の技術者だけだろうな」

 結局、隣国の技術者は根をあげ、その様な運びとなった。


「話にならんな、チンプンカンプンだ。だがひょっとしたら、海の向こうの技術者なら可能かも分からんな」

 結局、友好国の技術者は根をあげ、その様な運びとなった。


 そして……


  * * *


 それから時は流れ、世界各地では度々空飛ぶ円盤が目撃される様になった。

 空飛ぶ円盤はどれもが何かをしきりに探している様子だったが、成果はあげられていない様だった。

 まるで、世界中にバラバラになった救援対象の残骸ざんがいを探している様に。

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