第六百四十夜『道理を捻じ曲げたあり得ない幸運-abyss-』

2024/04/26「水」「PSP」「壊れた大学」ジャンルは「指定なし」


「よっしゃあ! 大当たり!」

 客船の中の賭場で、ある若者が酷く興奮こうふんしていた。

 彼は賭場で大いに賭けてはその都度大いに勝っており、それこそ不自然な程に運が良かった。

「こりゃすげえ! こんなんマジメに勉強するのがバカバカしくなるな、この様子なら一生遊んで暮らせるぜ!」

 彼の強運には秘密があった。

 彼が今身に着けているペンダント、これは彼がある店で魔女から購入こうにゅうした物で、何でもこれは、道理を捻じ曲げて所有者にあり得ない幸運をもたらすらしい。

 勿論若者はこれを信じずに半信半疑だった。

 半信半疑とは、彼はその店の評判や商品や店主の事は良く思っていたが『道理を捻じ曲げたあり得ない幸運』なんて都合の良い物はさすがに信じられないと言ったところ、そもそもそんな幸運をもたらすペンダントなんて、誰も手放さないに決まっている。


  * * *


『いいえ、そのペンダントの力は本物。だけど、力を発揮するのは満月が見える夜間だけなの』


  * * *


 なるほど、若者は魔女の言葉を聞いたその時、幾つかの考えが脳裏を走った。

 例えば宝くじを買うとどうなる? 買う瞬間しゅんかんに満月ならばいいのか? 当選とうせんを聞く瞬間に満月ならいいのか? 満月が見える夜には宝くじ売り場が閉まっている可能性は? 宝くじを買おうとしている瞬間、雲が満月を隠す可能性は?


 これらの考えをまとめた結果が、この客船の中の賭場だ。

 客船の中ならば窓から外をうかがえば月の確認は出来るし、賭場ならば宝くじと異なり時間差も大きくない。

「黒の十三です!」

「よっしゃあ、またも大当たりだ!」

 結果として、若者は魔女が言った通り、道理を捻じ曲げたかの様にあり得ないバカツキを見せた。

「これはいい! だけどこれは繋ぎ、あくまで資金稼ぎだ」

 若者にはもう一つプランがあった。

 それは、日程の調整を済ませた後に旅客機のファーストクラスに乗り、その中で株式の売買を行なう事。

 何せ飛行機は雲の上を飛ぶのだから、雲のせいで満月が見えないなんて事はあり得ない。

 故に、このペンダントの力をもってすれば、満月の間は何のアクシデントも無く幸運を発揮し続ける事だろう。

「いやしかし、興奮して喉が渇いたな。しかし酒類は喉が渇くし、眠くなる。賭場の外に出て、何か飲み物でも買うかな」

 賭場では酒類が豊富に提供されていて、茶類やソーダ類も提供されている。

 しかし賭場の熱気にあてられてしまった事、そして何より賭場で提供されている飲食物は味がくて喉が渇きそうな事から、若者は賭場の外へ出た。

「よし、これはいい。この自動販売機で何か買って、椅子に座って飲むとしよう」

 賭場のすぐ外には、トイレの脇に簡素なベンチと自動販売機とがあった。

 若者は喉の渇きをいやすべく、自動販売機でソーダを購入した。

 すると重い缶が落ちる金属音の次に、自動販売機は軽快な電子音を奏でてルーレットを回し始めた。

「当たりつき自販機か、こういう客船の中にもあるものなんだな」

 客船とは往々にして賭場やプレイコーナーやゲームセンターがあるもの、未成年でも楽しい時間を過ごせるようにという思惑なのだろう。

 自動販売機のルーレットは止まり、当たりを表わすファンファーレと共に重い金属音を鳴らして同じ飲み物をもう一つ排出した。何せ若者は道理を捻じ曲げたあり得ない幸運の持ち主なのだ、飲み物が当たってもう一本なんて当たり前である。

 すると重い缶が落ちる金属音の次に、自動販売機は軽快な電子音を奏でてルーレットを回し始めた。

「一本分しか金を出してないのに、抽選はもう一度やらせてくれるのか。随分景気の良い話だな」

 自動販売機のルーレットは止まり、当たりを表わすファンファーレと共に重い金属音を鳴らして同じ飲み物をもう一つ排出した。

 すると重い缶が落ちる金属音の次に、自動販売機は軽快な電子音を奏でてルーレットを回し始めた。

「おいおいおい、これじゃあ自動販売機の中身が無くなるまで飲み物が出て来ちまうよ」

 既に若者の両手にはズシリと重い缶が複数あり、この調子だと両手でも持ちきれなくなってしまうだろう。

 自動販売機のルーレットは止まり、当たりを表わすファンファーレと共に重い金属音を鳴らして同じ飲み物をもう一つ排出した。

 すると重い缶が落ちる金属音の次に、自動販売機は軽快な電子音を奏でてルーレットを回し始めた。

「これ、いつまでルーレットが回り続けるんだ?」

 若者は疑問を口にした。

 何せ彼は忘れていたのだが、彼はの持ち主なのである。

「これ、明らかに自動販売機の中の量を超えてないか?」

 道理を捻じ曲げたあり得ない幸運というのは、即ち自動販売機の中身が空になる事が無いという事である。何せ自動販売機の中身が無くならないという事はあり得ないのだから。

 既に若者の両手では持ちきれない程の量の缶が、自動販売機から排出されている。

「いつになったらルーレットは止まるんだ? このままじゃ、缶と飲み物の重さで船はどうにかなっちまうんじゃねえのか?」

 若者はそうだと思いつき、自動販売機の裏手に回ってコンセントを引っこ抜いた!

 しかし自動販売機のルーレットは止まらない。

 何せ一部の自動販売機は災害時にも稼働かどうする様に非常電源が備え付けられている物で、この自動販売機も電気の供給が途絶えてもしばらくならば問題無く稼働する様に作られていたのだ。


 客船の廊下では、自動販売機は軽快な電子音を奏でてルーレットを回している。

 自動販売機の電子音は、止まる様子が全く無い。

 雲一つない綺麗な月夜の事だった。

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